第33話 エレナの本気・斬蔵の本気
聖マリウス学園に帰り着くと、斬蔵とラザは学園長室、つまりモーリスの部屋で一息入れる事となり、セレスとエレナは寮の自室へと戻った。
「セレス、エレナ、無事で良かった!」
無事に戻って来たセレスとエレナの姿を見て、フローラが泣きながら抱き着いて来た。ジルは口では憎まれ口を叩きながらも喜びは隠しきれていない。しかし、エレナが下げている剣に気付き、驚きの声を上げた。
「コレって、ザンゾーさんが持ってた剣じゃないの!? 何故エレナが? まさかザンゾーさん……」
ジルは斬蔵がセレスとエレナを守る為に戦い、敗れ、その遺品として剣を持って帰ってきたと勘違いしたのだ。
「ち、違うわよ。実はね……」
エレナは城で起こった信じられない様な出来事を話し、自分がこの剣、リヴァイアサンの主になったのだと胸を張った。
斬蔵とラザは学園長室で少し休んだ後、教えてもらった鍛冶屋へ行こうと学園長室を出ることにした。そして扉を開けようとしたところで斬蔵が思い出した様に言った。
「おっと、大事な事を忘れてた」
リヴァイアサンを連れて行かなければセレスの考えが実行出来無いのだ。斬蔵がエレナの部屋を教えてくれる様に頼むとモーリスは「部外者の男性だけを女子寮に入れる訳にはいかん」と、ラザを含めた三人でセレスとエレナの部屋に行く事にした。
女子寮を男三人が連れ立って歩くのは、羨ましい、いや、ある種異様な光景だ。しかも先頭はモーリス学園長で、後ろを歩く二人は剣を下げている。寮生達が奇異の目で見る中、モーリスはドアの前で止まった。
「セレス君、エレナ君、入っても良いかね?」
やはりセレスとエレナの部屋だ。モーリスの声に慌ててドアを開けたセレスに斬蔵は軽く手を振ると、またモーリスに怒られるのではないかとセレスの後ろにコソコソと隠れているエレナに言った。
「エレナ、剣の稽古を付けてやるから準備しろ」
斬蔵は意外と律儀な男の様だ。「鍛冶屋に行くのではなかったのか?」という顔のモーリスに「エレナとの約束ですんで、ちょっとお待ち願えますか」と頭を下げ、斬蔵はエレナと共に「大樹百枝式武技術」の稽古場へと向かった。
「道具はこれで良いですか?」
エレナは稽古用の木製の剣を二本手に取り、斬蔵に示した。その一本を斬蔵は受け取ると、コンコンと木の刀身を拳で軽く叩き、感触を確かめると難しい顔をして、思い付いた様に忍者装束の上着を脱ぎだした。
「きゃあっ、ザンゾーさん、何を!?」
いきなり服を脱ぎだした斬蔵が自分に何かえっちな事でもするのかと驚いて声を上げたエレナを冷めた目で見ながら斬蔵は黙って木製の剣に脱いだ上着をグルグルと巻き付けた。
「よし、こんなモンだろ。いいぜ、思いっきりかかってきな」
斬蔵は堅い木で作られた刀身に上着を巻く事によって叩かれた時の痛みを少しでも柔らげてやろうと考えたのだ。だが、その行為はエレナの自尊心を傷付けた。
「もうっ、バカにして!」
エレナは叫びながら真っ直ぐに斬蔵に突っ込み、剣を振り下ろすが、その場から一歩も動かずに斬蔵は上体だけを躱して太刀筋から外れるとエレナの頭にポコンと軽く一撃を与えた。
「なんだ、全然なってないじゃねーか。昨日の気合はドコ行ったよ?」
呆れ気味に言う斬蔵にエレナはムキになって何度も打ち込んだが、悲しい事に実力差は歴然、エレナの剣は斬蔵に掠りもしない。打ち疲れてハアハアと息を切らすエレナに斬蔵は上着をグルグル巻きにした剣を弄びながら言った。
「こんな小細工するまでも無かったか。どうしたエレナ。打ってこいよ、何つったっけ? 何とか秘奥義百花繚乱ってヤツをよ!」
『打ってこい』と言われても、そんな技、その場の勢いで出たハッタリでしか無い。しかしここはやるしか無い。エレナは大きく息を吸い、技の名を叫んだ。
「大樹百枝式武技術剣技秘奥義 百花繚乱!」
同時に呼吸と力の続く限り連続で剣撃を繰り出した。だが、斬蔵はその一撃一撃を完全に見切って躱したり剣で弾き返したりする。
「どうしたエレナ、お前の本気はそんなモンか?」
余裕で言う斬蔵にエレナの動きが止まった。完全に息が上がってしまったのだ。ゼイゼイ言いながらエレナはヘタリ込み、悔しそうに言い返した。
「な……何よ、ザンゾーさん、避けるばっかりで攻撃して来ないじゃない。私の事、バカにしてるの?」
斬蔵としてはエレナに怪我をさせない為に全て受けに回っていたのだが、エレナはそれを望んではいない。そんな強い意志がエレナの目に現れている。
「そっか、悪かったな。じゃあ早く呼吸を整えろ。見せてやるよ、俺の本気の剣をな」
斬蔵を取り巻く空気が変わった。これが殺気という物なのだろうかとエレナは思わずゾクっとしたが、なんとか呼吸を整えて立ち上がり、剣を構えた。
「あの時見せてやっただろ……イフリートには弾かれちまったけどな。行くぜ、闇駆ける狼牙!」
叫ぶや否や、エレナの視界から斬蔵が消えた。と同時に鈍い衝撃が襲い、エレナは吹っ飛ばされてしまった。
「あいたたた……」
吹っ飛ばされて尻餅を着いたエレナに斬蔵は慌てて飛び寄った。
「大丈夫か、エレナ!?」
心配そうな声の斬蔵にエレナはがっくりと肩を落としながら答えた。
「ザンゾーさん、酷いよ。全然本気出して無いじゃない、分身して無いもん……」
エレナの言う通り、斬蔵は「本気の剣」と言いながらも本気は出していなかった。分身の術は使っていないし、踏み込む途中で剣を投げ出し、エレナに与えたのは掌底での打撃だ。
「悪い、嘘付いちまったな。でもな、踏み込みの速さは本物だぜ。アレが俺の本気の最速の剣だ」
詫びる様に斬蔵が言うと、エレナは微かに微笑んだ。
「そうなんだ。まあ、どっちにしても私が敵う相手じゃ無いものね」
「当たり前だろ。コイツが俺の仕事なんだからな。嬢ちゃん相手に通用しない技じゃ生きてけないってんだよ」
「そりゃそうよね。ザンゾーさん、ありがとうございました」
剣を杖にエレナは立ち上がると斬蔵に頭を下げた。すると拍手をする音が響いた。見るとセレスとモーリス、そしてラザが揃って手を叩いていた。
「エレナ、よく頑張ったな。敵う筈が無いと知りながら斬蔵殿に立ち向かう姿、見事だったぞ。そして斬蔵殿、本気でエレナの相手をしていただいて、ありがとうございました」
エレナへの褒め言葉の後、斬蔵に礼を言い、モーリスは深々と頭を下げた。すると斬蔵の耳元で聞き覚えのある声がした。
「私からもお礼を言うわ。エレナとの約束を守ってくれてありがとう。今度は私が約束を守る番ね」
気が付くと、いつの間にか斬蔵の隣にリヴァイアサンの姿が有った。
「さあ、行きましょうか。セレス、エレナの事をよろしくね」
リヴァイアサンは疲れきったエレナを気遣いながら、闇牙を鍛え直す為に斬蔵、モーリスそしてラザと共に鍛冶屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます