第32話 正義感の強い女の子がトラブルを起こすのはお約束
ひとしきり笑った後、斬蔵はエレナに尋ねた。
「帰んのは良いけどよ、剣の稽古はどうするよ?」
『剣の稽古』と聞いて怪訝な顔をするモーリスに斬蔵が事の次第を説明すると、城で剣の稽古など言語道断、聖マリウス学園の武道場でする様にとキツく言われ、刀の鍛え直しについてはレイクフォレスト一番の腕を持つ王室御用達の鍛冶屋を紹介してもらう事になった。
「よし、解った。じゃあ、とっとと学園に戻ろうぜ。ラザはどうする?」
斬蔵がラザを誘うが、聖マリウス学園は女子校だ。無闇に男性を入れる訳にはいかない。モーリスは少し考えたが、ラザがドグマ王の使者として紳士的な態度を取り続けていた点を考慮し、それを認める事にした。
*
ウィリエール王に挨拶を済ませた斬蔵達は聖マリウス学園へと戻った。オルベアの働きで戦争が終わった事は既に知らせられていたらしくレイクフォレストの町を歩く斬蔵達に町の人々は称賛の声を上げたが、クリムゾンフレイムの軍服を着ているラザに対してだけは冷たい視線が向けられた。特にひと暴れして良いところを見せよう、あわよくばそれを機に仕官をという思いで義勇軍に加わった男達からは罵声も浴びせられたりもしたが、ラザはじっと耐えていた。
「私が責められるのは仕方が無い。全ての非は我々にあるのだから」
呟くラザに斬蔵は何も言えなかった。本当なら「気にすんなよ」とでも言ってやりたいところなのだが、クリムゾンフレイムの兵に家を壊された者も居るだろうと思うとそういう訳にもいかなかったのだ。
その時だった。
「あなた達、いい加減にしなさいよ!」
セレスが声を上げた。エレナは「また無駄な正義感で厄介事の種を作っちゃって」と頭を抱え、ラザは驚いた顔でセレスを見た。斬蔵はと言えば「何か面白い事が始まるんじゃないか」とニヤニヤしている。
「何だと、このガキ!」
「俺達は義勇軍だぜ! 国の為に命張ろうって腹ぁ括ってんだ。敵を貶して何が悪いってんだよ?」
男達は口々に言いながらセレスに詰め寄ろうと集まってきた。だがセレスは気圧される事無く言い張った。
「この人だって被害者なのよ。全てはイフリートが仕組んだ事だったんだから」
だが、そんな理屈が通る相手では無い。
「うるせぇ、この小娘!」
尚も話をしようとするセレスに男達の中の一人が手を上げようとした。
殴られる! そう思って身を強ばらせたセレスの顔に男の拳が届く寸前、斬蔵がそれを掌で受け止めて不機嫌な顔で男を睨みつけた。
「おい、手前ぇ、嬢ちゃんに手ぇ上げようなんざ、良い根性してんじゃねぇかよ。この国にも腐ったヤツってのは居るモンなんだな」
その目は殺気立ち、ともすれば受け止めた拳をそのまま握り潰してしまうのではないかと思う程に力が込められている。
「痛ぇっ! 離せ、この野郎」
男は必死に斬蔵の手を振り解こうとするが、幼い頃から忍者としての修行に明け暮れ、片手どころか小指一本で自分の巨体を支える事が出来る程に鍛え上げた斬蔵の手から逃れる事は不可能だ。
「良いか、よく聞きやがれ。俺が噂の救世主様だ。で、コイツ、クリムゾンフレイムのラザってんだが、俺とコイツは戦いが終わって兄弟の契を交わした。コイツの敵は俺の敵だ。なあ、モーリス大先生」
斬蔵に突然話を振られ、モーリスがやれやれといった顔で男達の前に出た。その瞬間、男達の態度は一変した。
「モ、モーリスって、あの!?」
「レザインより遥かに高い実力を持ちながらも大神官の座をレザインに譲った、レイクフォレストの生ける伝説!!」
超大物の登場に驚愕し、説明じみたセリフを口にしながら騒ぎ立てる男達にモーリスは笑いながら言った。
「またこんな時にだけ『大先生』か。まったく斬蔵殿にも困ったもんじゃわい。それにしても儂もなかなかの有名人なんじゃな」
「何が『なかなかの有名人』だよ。『生ける伝説』とまで言われてんじゃねぇかよ」
小声で突っ込む斬蔵を気にも留めずモーリスは男達を穏やかに諭し始めた。
「この娘の言った事は本当じゃ。なんせその場に居合わせたんじゃからな、この娘も、儂もな。だからここは儂に免じて許してやってくれんかの、クリムゾンフレイムを」
言うとモーリスは男達に頭を下げた。こうなると困ったのは男達の方だ。
「お、おい、どうする?」
「どうするも何も、『生ける伝説』が頭を下げてんだぞ」
「これで逆らってみろ。俺達、間違い無く……」
「し、失礼しました!」
男達は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。するとセレスはほっとしたのか、へなへなと腰が抜けた様に道に座り込んでしまった。
「もう、セレスったら後先考えずに行動するからいっつもこんな目に遭うのよ。ちょっとは反省しなさいよね」
エレナが諌めると、セレスは素直に謝ったが、こんな事は今までも何度も有ったらしく、エレナの怒りは収まらない。だが、結局最後には根負けしてしまうのがエレナだった。
「本当に、危ない事だけはしないでよね。ザンゾーさんが居たから殴られずに済んだから良かったけど、私じゃザンゾーさんみたいに素早く反応出来無いんだから」
エレナの言葉に「ごめんね」を繰り返すセレスだが、「とか言いながら、どうせまた同じ事を繰り返すんだろうな」と思いながらエレナは溜息を吐くばかりだった。
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