第31話 朝食……リヴァイアサンの分が無い!?

 自分語りを終えた斬蔵の腹がぐーっと鳴った。


「ザンゾーさん、お腹空いてるみたいですね」


「ああ、腹減ったな。ちゃんと朝飯は出るんだろうな?」


 クスッと笑うセレスに斬蔵がお腹に手を当てながら言うと、重かった空気が和んだ。だが、今の斬蔵にはそんな事よりもっと気になる事があった。


「それはそうと、いつ俺の刀を鍛え直してくれるんだ?」


 子供の様に目を輝かせて尋ねる斬蔵にエレナは何故か偉そうな顔で答えた。


「そんなの、私に聞かれても解るわけ無いじゃない。リヴァイアサンに聞いてみてよ」


 そしてエレナは「私が剣を持ち歩いていて良かったでしょ?」と言わんばかりに剣に呼びかけた。するとリヴァイアサンが例によって少女の姿で現れた。


「そんなに早く剣を直したいの?」


「もちろんだ」


 尋ねるリヴァイアサンに斬蔵は即答した。リヴァイアサンがやれやれと言った顔でエレナを見ると、エレナの頭に一つの考えが浮かんだ。


「そうね、斬蔵さんが私と勝負してくれたらすぐにでも」


「嬢ちゃん、いくらなんでもそりゃ冗談がキツ過ぎるぜ」


 剣の勝負なら百戦錬磨の斬蔵がエレナに負ける事など十中八九有り得ない。だが、それはあくまで純粋な剣の勝負での話。エレナが使うのはリヴァイアサンが宿る剣、斬蔵が言うところの『魔剣ムラサメ』だ。万に一つも勝ち目は無かろう。おまけに愛用の闇牙はとてもではないが使える状態では無い。


「エレナ、そんな事言ってザンゾーさん困ってるじゃない。エレナに怪我させる訳にはいかないもの。ねっ、ザンゾーさん」


 空気を読んだのか、はたまた本気で言っているのか定かでは無いがセレスの助け舟が出て、斬蔵はほっとしながら言った。


「そうだな。真剣じゃ無く、練習用の模擬刀とかでならやってやっても良いけどな。当たっても痛く無いヤツな」


 するとエレナは笑顔で答えた。


「うん、もちろんそのつもりよ。私はまだリヴァイアサンを使える腕じゃ無いもの。ちょっとでも多く練習して強くなりたいの!」


 予想を裏切るエレナの反応にセレスも斬蔵も驚いたが、リヴァイアサンだけは嬉しそうだった。今までリヴァイアサンの力を手に入れた者はすぐにその力を使いたがった。しかしエレナはそうは言わずに自分が早くリヴァイアサンの主として相応しい者になろうとしている。それが嬉しかったのだ。

 エレナを主と見込んで良かったと心から思ったリヴァイアサンはすっかり気を良くして斬蔵に昼食までエレナとの勝負に付き合ってくれたらその後に剣を鍛え直す事を約束した。


「そうか! じゃあ今からでもヤルか?」


 喜んだ斬蔵が気の早い返事をするとセレスが呆れた顔で言った。


「その前に朝ご飯ですよ。まったくザンゾーさん、子供みたいなんですから」


 セレスに子供扱いされ、本来なら完全に立場の無い斬蔵だが今は闇牙を鍛え直してもらう事しか頭に無い。二つ返事で「よし、朝飯行くぞ!」と揚々と歩き出したが、二、三歩歩いて足が止まった。


「朝飯って、ドコ行けば食えるんだ?」


 そう言えば、二晩続けて城に泊めてもらったとは言え、まともに食事を取れたのは昨日の夜だけだった。もちろんこれは斬蔵達が招かれざる客だとかウィリエール王がケチだとか言う事では無く、非常事態だったからなのだが、何にしても昨晩の食事場所などドコだったか三人共覚えていないし、そもそも朝食が約束されている訳では無いのだ。廊下で四人(厳密に言えば三人と一匹)が頭を突き合わせて悩んでいると、モーリスがラザと共に歩いて来た。


「これこれ、そんな物を持って王城内をうろうろするものでは無いぞ」


 モーリスは斬蔵の抜き身の闇牙とエレナの魔剣ムラサメを見て顔を顰めたが、リヴァイアサンも居る事に気付き、頭を悩ませた。


「リヴァイアサン殿、そなたはあの剣から離れる事は出来無いのですかな?」


 恐る恐る尋ねるモーリスにリヴァイアサンは笑顔で首を横に振った。


「ううん、そんな事無いよ。あの剣は私にとって『止まり木』みたいなものでしかないの。剣なんか持ってなくても私はエレナが望めば一緒に居るわよ」


 リヴァイアサンの答えを聞いて胸を撫で下ろしたモーリスはエレナに言った。


「だ、そうだ。だからその剣は部屋に置いてきなさい。斬蔵殿も、剣を抜いたままで城内を歩くのはお控え願えますかな。もう戦争は終わったのですから」


 本来なら刀を手元から離す事など考えられない斬蔵だが、さすがにこれは従うしか無い。第一闇牙を持っていたところで使い物になりそうに無いのだ。それに丸腰だとしても、体術にも自信は有る。実際、過去の戦闘で闇牙が曲がってしまった際には体術を駆使して戦ったり、敵の武器を奪った事だって有る。


「わかったよ。コイツは部屋に置いてくるから、朝飯の場所に連れてってくれよな」


          *


 昨日戦った所とは別の広間にはテーブルに五人分の朝食の準備がしてあった。モーリス、ラザ、セレス、エレナ、そして斬蔵の五人分だ。ちなみに大神官のレザインと騎士団長のオルベアは別室でウィリエール王と、一般の神官や騎士は泊まりで勤務する者用の食堂で朝食を取るらしい。


「あっ、リヴァイアサンの分が無いじゃない」


 ここに来てエレナが言い出した。それはそうだろう、ウィリエール王もリヴァイアサンが斬蔵達と一緒に朝食を取るなど考えもしなかったのだ。


「こ、これは失礼しました。すぐに用意致します」


 使用人が慌てて広間から飛び出そうとしたが、リヴァイアサンはそれを止めた。


「私なら大丈夫よ。エレナ、私の事は気にしないで沢山食べてちょうだい」


 リヴァイアサンの言葉に使用人が困っているとエレナが笑顔で言った。


「じゃあ、私と半分こしよ!」


 リヴァイアサンが人間の食べ物を食べるのかどうかは定かでは無いが、ともかくエレナはリヴァイアサンをさておいて自分達だけが食べるのは嫌な気がしたのだ。リヴァイアサンとしては人間の食べ物など正直どうでも良かったのだが、エレナの気遣いを嬉しく思い、素直に頷くとエレナの隣の椅子にちょこんと座った。


 用意された朝食は、スープにサラダとサンドイッチに果物といったもので、それらを分けあって食べるエレナとリヴァイアサンは正に仲の良い姉妹の様だ。もちろん見た目はエレナが姉でリヴァイアサンが妹にしか見え無いが、実際はリヴァイアサンの方が遥かにお姉さんと言うか……なにしろ『ウンディーネ』と言う名前を聞いたのは二百年ぶりぐらいだと言っていたのだから。


 セレスやエレナにとっては普通の料理だが、斬蔵にとっては珍しいと言うか、初めて見る食べ物ばかりだった。スープを見ては「変わった味噌汁だ」とかサンドイッチを見ては「任務の時に使う携行食に良いんじゃないか?」とか思いながらも味付けは口に合った様で、あっという間に平らげてしまった。そんな折り、モーリスがおもむろに口を開いた。


「朝食が終わったら学園に戻るから、ちゃんとウィリエール様にご挨拶する様にな」


 それを聞いたエレナの顔が一気に曇り、嘆く様に言葉を漏らした。


「はあ……これでお城での生活もおしまいなのね……」


 気持ちは解らないでも無い。セレスに付き合って斬蔵を連れて城に来たのが一昨日の事。その夜は怖くて眠れず、昨日は戦闘で城内がとんでもない事になり、やっと戦闘が終わって落ち着いたのが夕方なのだ。せっかくお城に入れてもらえたのに楽しめたのは一晩とちょっとだけなのだから。

 ちなみにウィリエール王には娘は居るが息子は居ない。つまりレイクフォレストに王子様はいないのだ。もし王子が居ればエレナの事だ、「帰るの嫌だ、王子様に会いたい」とか駄々をこねてモーリスを怒らせていたに違い無いが、今のエレナは単に「もっとお城で優雅な生活を楽しみたかった」と嘆くばかりだ。


 そんなエレナに向かって怒声が飛んだ。


「当たり前だろうが! 聖職者のタマゴが二晩も城に泊めてもらった事自体が異例も異例、寛大なウィリエール様によくお礼を言う様にな!」


「ひぃっ、ごめんなさい。わかりましたわかりました!」


 もちろん怒声の主はモーリスだ。怒鳴りつけられたエレナは必死に頭を下げ、それを見た斬蔵は大笑いした。


「残念だったな嬢ちゃん。まあ良い夢が見れたとでも思っとくんだな」


「良い夢? こんなの悪夢ですよ、悪夢!」


 確かにお城に泊まれたのは良かったかもしれないが、事の発端はリムゾンフレイムがレイクフォレストに攻めてきた事だし、今もモーリスに怒られているのだ。エレナにとっては悪夢としか言い様が無いだろう。


「はっはっはっ、夢ってのは覚めるモンなんだよ。良い夢だろうが悪夢だろうがな」


 斬蔵はそう言ってまた笑った。だが、その時斬蔵は知らなかった。今吐いた言葉がそっくり自分に帰って来る事を。





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