第27話 最弱の主 ~穏やかな夜~

 その夜、斬蔵とセレスにエレナ、そしてラザは城に泊まる事となった。斬蔵とセレスとエレナにとっては二度目の、そしてラザは初めて過ごすレイクフォレストの城での夜。ちなみにセレスとエレナが同室なのは昨夜と同じだが、心の余裕は全然違う。二人は振舞われた豪華な食事と、ふかふかのベッドを心から堪能する事が出来た。


「ねえ、セレス」


 ベッドの中からエレナが呼んだ。枕元には大事そうにリヴァイアサンが宿る剣、斬蔵が言うところの魔剣ムラサメが置いてある。


「こんな凄い剣の持ち主が私なんかで良いのかなぁ……?」


 実はエレナはリヴァイアサンに『主』と呼ばれてから、ずっと考えていた。まだ聖職者のタマゴでしか無い自分にこの剣の持ち主が務まるのだろうかと。


「うーん、リヴァイアサンがエレナを選んでくれたんでしょ? だから良いんじゃないかなぁ」


 ストレートに答えたセレスの目に、エレナの枕元にちょこんと座る少女の姿が映った。


「リヴァイアサン!」


 驚いて声を上げたセレスにリヴァイアサンはにこやかに手を振ると、エレナに向かって尋ねた。


「エレナ、あなた、自分に自信が無いの?」


 突然姿を現し、問いかけてきたリヴァイアサンにエレナは小さく頷いた。


「だって、私なんか頭悪いし剣の腕だって……ちょっとは自信有ったけど、イフリートは倒せなかったし……もしあの時、私じゃ無くって斬蔵さんがあの剣を抜いていれば……」


 言うとエレナは言葉を詰まらせてしまった。その後に続くであろう言葉はエレナとリヴァイアサンのやり取りを黙って聞いていたセレスにも容易に想像出来る。


「あっさり倒せちゃったかもね」


 言ったのは、もちろんリヴァイアサンだ。やはりそう思われていたのかとエレナは肩を落とし、俯いて溜息を吐いた。


「ですよねー。ごめんなさい、私みたいなのが調子に乗って剣を抜いちゃって」


 エレナは俯いたまま精一杯元気な口調で言うが、泣いているのだろうか、その肩は震えている。するとリヴァイアサンは怒った様に声を荒げ、エレナを怒鳴りつけた。


「何言ってるの! それじゃエレナはいい加減な気持ちで剣を抜いたって言うの!?」


 イフリートすら屈服させたリヴァイアサンの怒り声だ。震え上がってしまってもおかしくないところだが、エレナは怯える事も無く、ただ首を大きく横に振った。口では『調子に乗って』などと言ってはいたが、あの時エレナは本気でセレスを助ける為に生命を投げ出す覚悟だった。もちろんそんな事、リヴァイアサンはお見通しだ。だからこそエレナを助け、自らの主と認めたのだ。


「あのねエレナ、よく聞いて。私はエレナだから力を貸したのよ」


 リヴァイアサンの優しい声にエレナが顔を上げると、目の前にはリヴァイアサンのいつもの笑顔があった。


「私は長く生きてきたから強い者を何人も知ってるわ。でも、強い者は力に溺れ、いつしか私の力を自分の力だと勘違いしちゃうのよね。それで……身を滅ぼすの」


 リヴァイアサンは、しれっと結構とんでもない事を笑顔で言った。


『身を滅ぼす』という言葉の重さに何も言えないでいるエレナにリヴァイアサンは楽しげに告げた。


「正直、ザンゾーさんだっけ? が剣を抜いてイフリートを倒してたら、私が姿を現す事は無かったでしょうね。あっ、別に私があの人の事を嫌いって訳じゃ無いのよ。単に私の出る幕じゃ無いかなって思っただけ。だってあの人、強いもの。まあ、私の力は欲しかったみたいだけどね」


 やはり斬蔵があの時剣を抜いていればリヴァイアサンの力は借りれなかった様だ。残念、可哀想な斬蔵。唖然としているエレナにリヴァイアサンは尚も話し続けた。


「あなたは言ってみれば『私が主と認めた最弱の人間』なの。でも、自分の弱さを知ってるからこそあなたはもっと強くなれるし、道を見誤って身を滅ぼす事も無い」


『最弱』と言われて苦笑いするしかないエレナだったが、彼女の頭に一つ疑問が浮かんだ。


「じゃあ、もし、私が強くなったら? 私から離れちゃうの?」


 至極もっともな疑問にリヴァイアサンは悪戯っぽい笑顔で答えた。


「うーん、わかんない。それはその時のあなた次第だから」


 これまた至極もっともな答えだ。セレスはエレナの肩を叩いて言った。


「リヴァイアサンに見捨てられない様な、立派な聖職者にならないとね!」


          *


 同じ頃、斬蔵は部屋で一人ベッドで横になっていたが、おもむろに起き上がり、食事の時に一本ちょろまかした酒の瓶を手にラザの部屋に向かった。


「ラザ、起きてるか? 起きてるよな? 一杯付き合えよ」


 ドア越しに声をかけ、返事も待たずにドアを開けて部屋にずかずかと入り込んだ斬蔵に驚く事も無く、いや、待っていたかの様にラザはベッドに横たわっていた身体を起こすと斬蔵に椅子を勧め、小さなテーブルを挟んで自分も椅子に座った。


「ツマミが無くっても大丈夫だよな?」


 斬蔵は酒瓶の蓋を歯でこじ開けると口を付け、ぐいっと一口呷るとラザに差し出した。これは斬蔵にとっては『毒など入って無い』事を証明する儀式みたいなものだったのだが、ラザにとってこれは深い意味を持つ行為だった様だ。


「斬蔵殿、私と兄弟の契を交わそうと言うのか?」


 クリムゾンフレイムでは一本の酒を直接飲み合うという事はそういう意味を持つらしい。それを聞いて斬蔵は豪快に笑った。


「ついさっきまで戦り合ってた俺達が兄弟にってか? ソイツは良いな。俺の国じゃそういう時は『盃を交わす』んだぜ。おう、俺とアンタは今から兄弟分だ」


「では、負けた私は弟分だな。これからは『兄さん』と呼ばせてもらおう」


 ラザが神妙な顔で頭を下げると、斬蔵はいきなり面白く無さそうな顔になった。


「バカな事言ってんじゃねぇよ。兄も弟も無ぇ、五分で良いじゃねぇか」


「斬蔵殿……」


 斬蔵は負かした相手に対して『五分の兄弟分』となろうと言うのだ。思ってもみない言葉に感激し、酒の瓶を受け取ったまま動かずにいるラザに斬蔵は手を伸ばした。


「四の五の言ってないで早く飲めよ。んで、とっとと俺に回せ」


 言いながらニカっと笑う斬蔵に、ラザの心は完全に持って行かれた。ングングと喉を鳴らして結構な量を胃に流し込むと、ラザは腕で口元を拭い、酒瓶を斬蔵に渡した。


「おう、良い飲みっぷりじゃねぇか。こりゃ一本じゃ足んねぇかもな」


 言うと斬蔵も負けじとばかりに一気に酒を呷り、口を離した時には瓶の中身は半分程になってしまっていた。最初、斬蔵は一口飲んだだけだったので、恐ろしい事にこの二人、実質一往復だけで大きな瓶の酒を半分程飲んだ事になる。


 酒が入れば話も弾む。二人が打ち解けるのに時間は然程かからなかった。これが忍者たる斬蔵の『人たらし』の手腕なのか? いや、そうでは無い。斬蔵は忍者という血生臭い世界の住人でありながら、元来の人の良さ・取っ付きやすさを持っているのだ。そう言えば、斬蔵とセレスが出会った時もそうだった。斬蔵とはそういう男なのだ。



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