第26話 斬蔵はエレナにとっては救世主だった
エレナが言うとリヴァイアサンは嬉しそうに頷いた。
「貴方を新しい主に選んでやっぱり良かったわ」
リヴァイアサンが嬉しかったのは、エレナが斬蔵の剣を直す事を許可したからでは無かった。『主』の口から『お願いします』という言葉が出たのが嬉しかったのだ。
実はこの時リヴァイアサンは、もしエレナがいきなり命令する様な態度を示そうものなら、エレナの事を気に言って主としたのは間違いだったとして見捨てようと思っていたのだった。
実際にリヴァイアサンは何人もの気に入った人物の剣となり、数々の戦いで剣の持ち主を助けて来たが、それはイフリートの様に誰かに強いられて仕えるのでは無く、言ってしまえば『気まぐれ』で気に入った者に力を貸していただけの話。持ち主に嫌気が差して力を貸す事を止め、その結果戦いに破れて戦場に散ってしまった者も数多く居た。そしてそんな事が重なるうちにムラサメは持ち主の身を滅ぼす妖刀と恐れられ、いつしかムラマサと勘違いされ、人里離れた神社に封印されてしまったのだ。
「そうと決まればクリムゾンフレイム一番の鍛冶屋の所へ参りましょう。斬蔵殿の剣を見事打ち直してご覧にいれましょう」
「いや、それには及ばねぇ。闇牙はココで打ち直してもらうとするぜ」
ガンズが言うが、斬蔵はそれを辞退し、小声でごにょごにょとリヴァイアサンに一言二言話した。
「うーん、試してはみるけど、どうかしらねぇ」
斬蔵に何か頼まれたのだろう、リヴァイアサンは少し困った顔をしている。
「いや、無理だったら無理で良いんだよ。出来たらってだけのコトだから。頼むよ」
「わかったわ。でも、ダメだったらその時はごめんね」
「ありがてぇ、頼むぜ。もちろんダメだったって文句なんか言わねぇよ」
頭を下げる斬蔵にリヴァイアサンは苦笑いしながら頷いた。
話が一通りまとまったところでガンズは兵達を連れて一度クリムゾンフレイムに戻る事となった。イフリートの主であるラザを一人レイクフォレストに残して。
「ラザ、一人残してすまない。すぐに迎えに来るからな」
一人残されるラザの身を案じるガンズを笑い飛ばすかの様に斬蔵が言った。
「心配すんなって。レイクフォレストとクリムゾンフレイムは仲直りしたんだ。それに俺なんか、この国に来た時ぁ、知り合いなんて一人も居なかったんだからな」
斬蔵に同調する様にウィリエール王も口を開いた。
「ガンズ王子、ラザ殿は私が責任持ってお預かりしよう。捕虜などでは無く、友人として」
ウィリエール王の心強い言葉に跪き、頭を下げるガンズにオルベアが騎士団長直々に国境までの付き添いをしようと申し出た。もう戦いが終わった事を知らない者がクリムゾンフレイムの兵を見て間違いが起こらない様にという配慮からだ。
ガンズは重ね重ね申し訳ないとオルベアにも頭を下げると兵達と共にオルベアが指揮する数人の騎士達に導かれ、クリムゾンフレイムへと戻って行った。
国境までの道すがら、行進するクリムゾンフレイムの兵達を見るレイクフォレストの町の人々の目には畏怖と怒りが入り混じっていて、義勇軍の中には隙あらば一矢報いて名を上げてやろうという者も居たが、騎士団長のオルベアが睨みを効かせていたので幸いにも間違いは起こらずに済んだ。
「早く国中に『戦争は終わったのだ』と触れ回らなければならないな」
オルベアは、しみじみと思った。クリムゾンフレイムのドグマ王が今回の件でウィリエール王に会いに来るまでにそれを徹底しておかないと、下手すれば跳ねっ返りがドグマ王の首を狙うなどという不祥事が起こりかねない。もし、そんな事になればまた戦争だ。しかもそうなると、その戦争の大義はクリムゾンフレイムに有る。戦後処理の大変さに身が引き締まる思いのオルベアだった。
無事に国境までガンズ達を送り届けたオルベアはガンズに別れを告げる際に、自分の考えを話した。すぐにでもドグマ王と共にまたレイクフォレストを訪れる様な口ぶりだったが、両国の関係が良好となった事がレイクフォレスト国内に浸透するまで待った方が良いのではないかという事を。
確かにその通りかもしれないとガンズは考えたが、あまり遅くなるとウィリエール王に対しての礼儀や、ラザの件もある。少しでも早く事を進めたい気持ちを抑えて出したガンズの答えは、三日後にドグマ王と共にウィリエール王を訪ねるので、それまでにレイクフォレストとクリムゾンフレイムの関係が良好となった事を周知の物としておいて欲しいという事だった。
「承知しました。ウィリエール王にお伝え致します。ドグマ様にもよろしくお伝え下さい」
オルベアはガンズと別れ、城へと急いだ。たった今決まった事をウィリエール王に伝え、三日以内に国中にクリムゾンフレイムとの戦争が終わった事を伝える手筈を整える為に。
*
その頃、セレスとエレナはモーリスの前で正座させられ、説教を食らっていた。
「まったくお前達ときたら、儂がお前達を戦争に巻き込みたくないという気持ちがまるで解っとらん! エレナ君はともかく、セレス君までもが……」
モーリスがそこまで言った時、エレナが口を尖らせた。
「えーっ、それってどういう意味ですかぁ!? 元はと言えばセレスが救世主がどうとか言い出したのにぃっ!」
口では守るとかなんとか言っておきながら、エレナはあっさりとセレスをモーリスに売ってしまった。だが、セレスは恨み言の一つも口にすること無くモーリスに潔く詫びを入れた。するとモーリスは優しい目でセレスを見ながら説く様に言った。
「君の国を思う気持ちは嬉しいよ。だが、もし君達の身に何かあれば、私は君達の親御さんに会わせる顔が無い。解ってくれるかな?」
モーリスの言葉にセレスが黙って頷くと、モーリスは続いてエレナの方を見た。この時、エレナは自分もセレスと同じ様に優しく説かれるものだとばかり思っていたのだが、エレナを見るモーリスの目は恐ろしいものだった。
「エレナ、このバカ者が!」
「えーっ、何でセレスには優しかったのに、私にはそんな怖いんですかぁ!?」
予想外のモーリスの怒声に狼狽し、焦るエレナにモーリスは厳しい言葉を吐き続けた。
「お前というヤツは危ないコトばっかりしおって! リヴァイアサンのおかげで奇跡的に助かったから良いものの、お前は死んでてもおかしくないのだぞ!!」
血相を変えてまくし立てるモーリスに返す言葉が無く、しゅんとしてしまったエレナに斬蔵が助け舟を出した。
「まあまあ落ち着いて下さいよ、モーリス先生。エレナもきっと反省してますって。そもそもエレナがこの俺でさえも『妖刀ムラマサ』だってビビってた剣を抜いた勇気を見込んでリヴァイアサンが味方に付いてくれたんですから。もしあの時、剣を抜いたのがエレナじゃ無くって俺だったら、リヴァイアサンは味方になってくれなかったかもしれないんですよ」
斬蔵の言う事ももっともだ。モーリスは渋い顔をしていたが、最後にはエレナを許すしか無かった。
「ザンゾーさん、ありがとう」
エレナが感謝の言葉を述べるが、斬蔵としては思っていた事を言っただけ。それどころか「あの時、剣を抜いたのが自分だったらどうなっていたんだろう?」と少しばかり考えたりしていた。だが、リヴァイアサンに聞く訳にもいかない。
「はっはっはっ、レイクフォレストの救世主にはなり損ねたが、嬢ちゃんの救世主にはなれたみたいだな」と、おどけて笑った。
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