第10話 戦場へ? いや、その前に

「……で、話を整理するとだな、セレスちゃんの祈りが神様に通じて俺がココ、レイクフォレストとやらに送り込まれたって訳だ」


 脱衣場の床に胡座をかきながらセレスから説明を受けた斬蔵が解った様な解ってない様な顔で言うとセレスは小さく頷いた。


「厚かましいお願いなのですが、ザンゾーさん、どうかこの国を助けていただけないでしょうか?」


 縋る様に言うセレスに斬蔵は少し黙って考えたが、答えはすぐに出た様だ。


「まあ、俺としても危ないところを助けてもらった様なモンだからな。俺に出来る事ならやってやるぜ」


 斬蔵からすれば、セレスの言う神様が斬蔵をレイクフォレストとやらに遣わしたおかげで妙な術を使う男から逃れられたのだ。その借りを返す事になるし、相手が『火の国』と言うのであれば、その戦いはいつかまたあの男とやり合う時の糧になるだろう。


 斬蔵の答えにセレスの顔が明るくなった。


「じゃあ、早速ですけどザンゾーさん、一緒に来てくれますか」


「行くって、戦場か?」


 斬蔵は不敵な笑いを浮かべた。妖刀ムラマサはなんとか手に入れたものの、最後は命からがら池に逃げ込み、気が付けば聞いた事も無い国に居る。しかも配下の仲間達がどうなったか分からない。そんな嫌な思いを払拭するには戦場で暴れるのが一番だ。たとえそれがどんな戦場だったとしても。しかし、セレスは斬蔵の期待を見事に裏切った。


「いいえ、聖マリウス学園の学園長のところです。学園長を通じて大神官や騎士団、そして国王にザンゾーさんをレイクフォレストの救世主として紹介していただこうかと」


「えっ、戦いに行くんじゃ無いのか? 救世主ってほら、戦場に颯爽と現れて、敵をバッタバッタと薙ぎ倒してさ……」


 身振り手振りで斬蔵は救世主に対する陳腐なイメージをセレスに伝えようとするが、戦争自体がまだ始まっていないのだ。斬蔵は渋々セレスと共に聖マリウス学園長モーリスに会いに行く事に同意し、生乾きの忍者装束に手を伸ばした。


「冷てぇが、着れん事は無いな」


 上衣に袖を通し、肩を竦めて呟いた斬蔵に、エレナが一緒に行くと言い出した。やはりセレスの事が心配なのだろう。ジルも一緒にと手を挙げたが、怯えているフローラを見たエレナが首を横に振った。


「セレスには私が付いてるから大丈夫。ジルはフローラをお願いね」


 そんな風に言われてしまったジルは、エレナの言葉に従うしか無い。


「わかったわ。エレナ、セレスを頼むわよ」


 ジルはエレナに言うと、斬蔵に向き直り、頭を下げた。


「ザンゾーさん、二人をよろしくお願いします」


「ほう、『この国』じゃ無く、『この二人』をよろしくってかい。気に入ったぜ、嬢ちゃん」


 斬蔵は愉快そうに笑うと愛刀闇牙を腰に差し、妖刀ムラマサを手にして少し考えた。


「一応持って行っとくか。失くしたら困るからな」


 大事そうにムラマサを背中に縛り付けると斬蔵の準備は整った。


「んじゃ、行くか。救世主様の自己紹介によ」


 ニヤリと笑う斬蔵にセレスは頼もしさと一抹の不安を抱えたが、迷っている時間は無い。これが神様のお導きなのだと信じるしかないのだ。

 セレスと斬蔵、そしてエレナは学園の寮を出ると、空には月が煌々と輝き、夜道を照らしていた。まるでセレスを祝福するかの様に。


 セレスが向かったのは王城だった。クリムゾンフレイムの侵攻を明日に控え、モーリス学園長を始め、大神官や騎士団長と言った面々が集まっているだろうと考えての事だ。

 城門は何人もの屈強な兵が守りを固めていた。もうすぐ戦争が始まるのだから当然の事ながら城の警備はいつもより強固なものとなっている。セレスは少し怯んだが、勇気を振り絞って自分が聖マリウス学園の学園生だという事と学園長のモーリスに会いに来た事を伝えるが、兵達は状況が状況な上に、見慣れぬ姿をした大男の存在に判断に悩んだ。もちろん状況が状況なだからこそセレスは斬蔵を城に連れて来たのだが、城門を守る兵としては「はいそうですか」と通す訳にもいかない。


「おいおい、悩んでる場合じゃ無いだろ、何なら俺はココで待ってるからよ。女の子二人なら城に入れてやっても大丈夫だろ? それでも心配だってのなら、俺は座ってっから槍でも突きつけとけよ。そうすりゃあ、ちっとは安心出来るだろ?」


 判断に悩む兵達に痺れを切らした斬蔵が言うと、セレスは悲愴な顔となった。


「救世主のザンゾーさんにそんな事、させられる訳無いじゃないですか!」


 だが、斬蔵は何の事はないといった顔でセレスに笑いかけた。


「構わんよ。そんだけの事で嬢ちゃんが城に入れてもらえるんならよ」


 言うと斬蔵はどっかりと地面に胡座をかいて座り込んで腕組みをすると兵達に顔を向け、人好きのする笑顔でニカっと笑った。


「なあ、頼むわ。後ろからでも前からでも良いからよ。でも、突きつけるだけだぜ。本当に刺すのは俺が敵だって決まってからにしてくれよな」


 そうまでされては兵達も女の子二人に怖気付いたと思われるのが嫌なのだろう、二人の兵がセレスとエレナを城内へと迎え入れようとし、残りの兵達は斬蔵に槍を向けた。


「ザンゾーさん!」


 その光景が目に入ったセレスは怯えた声で悲鳴に近い声を上げたが、斬蔵は澄ました顔で手を振った。


「大丈夫だって。行って来い」



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