Denki Bran Part 3

『さて、邪魔な奴は消えた。そろそろ本当の話をしてもいいんじゃねぇの?「Knight」様よ…』

「その呼び名まで知ってるんだ。通りでお前には隠し事が出来ねぇ訳だ。

だったら俺が何で此処にいるのか、知ってるんだろ?」

『綾香の「楯」。綾香から痛みを奪うため、痛みを教えないためだろ?』

「痛みを教えない、奪うって言うのは語弊があるな…少なくても「刹那」は痛みを知ってるよ。ただ、理不尽な理由で与えられる痛みは「刹那」には必要ない。だから俺が請け負う」

『「Knight」様って言うのは、随分と護る相手を過保護に扱うんだな。時には突き放せばいいのに…』

「こいつの心の拠り所が「俺」だっただけ。勿論「刹那」もそれには同意している。

時に「刹那」がリスカをしようとしたら、俺が「刹那」を無理やり閉じ込める。

死にたいって言えば言わせないようにする。それの何が悪い?」

『それを綾香は知ってるのか?判ってて、理解してるのか?』

「してるさ…今こうやって話している事も「刹那」は全部見てるし、聴いてるよ?

ただ、表に出ないだけだ」

『それは本当に綾香が望んでる事なのか?それとも、お前の自己満足じゃねぇのか?「龍影」…』

「自己満足ね…それはあるかもしれねぇな」

『そんな事だから、綾香は成長しないんだよ!精神年齢だって、27のままだ。

カウンセリングを受けたって、薬が増えるだけじゃねぇか。お前は薬を減らしてやろうって気はねぇのかよ?』

「薬を飲むのは俺じゃない。「刹那」だからな。あいつの好きにさせてるよ」

『だからって20年以上も同じ薬を飲ませたら、もう治療じゃねぇ。それは『薬物依存』だ。

初めは1錠で済んでたのに、今じゃ許容範囲の6錠まで飲むだろ?それがだめだから他の薬も飲んでさ…それで本当にいいのか?』

「まあできれば薬には頼ってもらいたくないな。でもリスカするよりはずっとましだ」

『刃物の管理は「龍影」、お前だな?だからリスカをさせない。その為の手錠型のブレスレット…』

「そこにも気づいた?流石だな。そうだよ。「刹那」の「罪」と「罰」はこの手錠に籠められている。」

『綾香が抱えてた「いくつもの闇」はお前が隠してたんだろ?でもそれを隠せない事態に陥った…俺等に出逢ったからだ』

「そう言う事。だから俺は「刹那」がここに来る時は隠れてたってわけ。You understand?」

『気に喰わねぇ…』

「来人だっけ?あいつは「刹那」に寄り添う事が正しいと思ってる。

お前は逆に「刹那」を突き放す様にして、見護っている」

『てめぇが正しいと思ったら間違いだ。綾香のためにならない。時には綾香に苦痛を与えろよ!』

「それが昔のトラウマを生む事になってもか?「刹那」がトラウマを抱えた時にどうなるか、お前は知ってるのか?」

『そ、それは……』


さっきまで威勢の良かった来夢が、急に黙り込んだ。

綾香がトラウマに落ちた時…それを見た事がなかったのだ。

それを知っているのか、龍影は続ける。


「何も知らない奴が言うな。「刹那」がトラウマの中に入った時に救えるのは俺だけだ。「Monochromeの迷宮」よりもたちが悪く、簡単に救えない…それが「刹那の持つトラウマ」だ」


「Monochromeの迷宮」よりも悪く、簡単に救えない…

その言葉に来夢は自分の無力さを嘆いた。


『じゃあ、どうすればいいんだよ!どうしたら俺等は綾香を助けられる?』

「今まで通りにしてればいいだろ?お前らの出来る事をしろよ。俺は俺で出来る事をする。

それじゃだめなのか?ちなみに、俺には薬は効かないよ?「刹那」の飲んだ薬は「刹那」にしか効かないんだ。だから俺が酒を飲んでも問題はない」

『今日、薬を飲んだ時に酒で飲んだのは?』

「他に水分がなかったからな。ステンレスボトルの中身も空だった」

『それだけ?それだけの理由で?』

「そう言う事。ただ、なんで「刹那」がここに来たかは俺は知らない。

それは「刹那」に聞いてくれ…まだお喋りしたいか?」

『いや…いいわ。来人、呼んでも大丈夫か?』

「いいんじゃね?あいつにも俺の事理解させないとだめだろ?」

『わかった。来人には俺から簡単に話しておく。とりあえず、水は用意出来るからそれ飲んで待っててくれ』


そう言うと、来夢はグラスに氷とスライスしたレモンを入れ、水を入れてカウンターに座っている綾香(中身は龍影)に出した。

龍影はグラスを傾けると氷の音を愉しみ、ゆっくりと冷えた水を口に含んだ。

その間、カウンターの奥では来夢と来人が凛音の状況を話している。


『来夢、それどういうこと?』

『まあ、簡単に言えば「多重人格」みたいなものだ。今ここに来ているのは綾香じゃない。

「龍影」って言う男なんだよ…』

『「龍影」って人と「凛音」は同一人物って事?』

『まあ、表から見れば同一人物だけどな…中見は全然違う。綾香の過去の出来事の中で綾香を護る為に出来た「楯」の様な存在が「龍影」って奴なんだよ』

『なんだか良く解らないなぁ…』

『まあ、綾香には変わりはない。ただ…「龍影」は俺等よりも綾香を知っている。

綾香がトラウマに溺れた時は、俺等は助けられないから「龍影」に助けを求めないといけないんだ』

『……で、いまその「龍影」って人は何してるの?』

『カウンターで水飲んでる。レモン入りのね。俺、カクテル作れねぇし』

『僕が出て言っても大丈夫?』

『問題はない。俺も一緒にいるから…』


顔を曇らせたまま、来人がカウンターに出てきた。

来夢はハーフリムの眼鏡を拭きながら奥から続いて出てくる。

「話は済んだのか?来夢…だっけ?」

『まあな。そっちが来人。カクテル担当だ。何か飲みたいのなら来人に頼めばいい』

「来人ね。随分暗い顔してんけど、大丈夫か?もしかして「刹那」じゃなくてショック受けてるとか?」

『そんな事ないよ。ただ、まだ僕は信じられないだけだ』

「まあ簡単に信じろと言った所で無駄な話だ。で、カクテル作れるんだろ?」

『作れるけど…君の「色彩」が解らないんだ』

「「色彩」?」

『言い忘れてた。来人はここに来た客の持っている「色彩」を基にカクテルを作る。

ただ、お前みたいに「楯」として出てくる相手を目の前にするのは初めてなのさ…

だから戸惑っているんだ』

「そう言う事か…じゃあ頑張って探してみな。俺はヒントは与えねぇよ」


そう言うと龍影は水の入ったグラスを振りながら、氷の音を愉しんでいる。

本当にヒントを与える気はないらしい…

来人はその様子を見つめる。目の前にいるのは凛音のはずなのに、口調も性格も違う。

凛音の色彩は簡単に見つかったのに、龍影の色彩が見えない。

霞がかかったようにしか見えないのだ。

来夢は2人を見つめながら考える。

綾香ならどんな酒を好むのか…それに合ったおつまみ、食事は…

でも目の前にいるのは綾香の「楯」として出てきた人格…

綾香と好みは絶対に違うだろう。

綾香が食べないものを食べる…綾香が嫌いなものを食べられるはず。


ふと何かを思いついたのか、来夢は鯵を取り出して捌き始めた。

鯵の上に大葉と梅肉を乗せ、くるくると巻いて行く。

来人はというと、グラスに氷を入れて、考え込む。


『確か凛音は「電気ブラン」を飲めないのに舐めているって言ってた…

それってもしかして、本当は凛音ではなく龍影が飲みたかったから?』


急に閃いた考えに迷いはなかった。

カウンターの裏の棚から「電気ブラン」を取り出すと、躊躇う事もなく

氷の入ったクラスに注ぐ。そして、冷凍庫からグラスを取りだすと、

生ビールを注ぎ、2つのグラスを龍影の前に出した。


『お待たせしました。電気ブランのロックです。チェイサーはこのビールで…』

「おいおい、来人…チェイサーに酒を出す奴がいるか?チェイサーは普通水だろ?」

『こっちも出来た。お前なら食べられるだろ、梅干し。それから来人の事だが、

飲んでから文句を言え。こいつの作るCocktailは間違いはない』


来夢の言葉に不機嫌な顔をしながら、電気ブランを一口飲む。

痺れるような口当たりに驚く…

ブランデーの中にジンやワイン、キュラソー、薬草と言った色々なものが入っている。

「生薬」と言っても過言ではないだろう。

間を置かずにチェイサーで出された生ビールを飲んで目を見開いた。

さっきまでの電気ブランの痺れる感覚がすっと消えたのだ。

ビールがチェイサーになるとは…龍影は驚きを隠せない。

そして、一緒に出された鯵の刺身を1口食べる。

鯵の程よい脂に、大葉の爽やかさと梅肉の酸味…総てが計算し尽された仕上がり。

それに気が付いた龍影は急に声をあげて笑い出した。

突然の出来事に来人は狼狽えるが、来夢は眼鏡を直して、冷静に龍影に問う。


『龍影、何が可笑しい?』

「こんな芸当、どこに行ってもなかったからな。これは俺の負けだ。

チェイサーにビールを出すバーテンダーが何処にいるかと思ったが、これはこれで合っている。しかも酒の肴に梅肉と大葉を巻いた鯵とは…いや参った」

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