Denki Bran Part 2
20時近くに最後のメンバーが来た。まずは彼女の着替えシーンからの撮影。
カメラの使い方を教えて、あたしは撮影の様子を見守る事しか出来なかった…
演技指導も脚本も出来ないし、あたしの演技する場面ではなかったから…
簡単に言ってしまえば、あたしは機材要員だと思っていた。
カメラと小道具を持ってくれば撮影は出来る…
撮影用の道具を持っていたのはあたしだけなので、あたしがいなければ始まらないのが本音。
着替えシーンの後は、シェーカーを振るシーン、シェーカーからカクテルを注ぐシーン、持っていった電気ブランをショットグラスに次ぐシーン等、いくつかパターンを撮った。
それだけで1時間半もかかった。時計は20時半をさしている。
そこからアフレコの準備。動画を見ながら声をQ2に撮っていく。
あたしは終電を調べようにも、調べられない…
あたしの携帯にしか、動画がないのだ。
他のみんなは「動画が見れなかった」「携帯に入れる方法が解らない」と言う理由だ。
アフレコをしながら、途中みんなでお酒を飲む。
それぞれ買ってきたお酒を飲んだり、電気ブランを飲んだり…
あたしは基本的に1人じゃない時は飲まない主義なので、ジュースを飲んでいた。
シェーカーで『Cinderella』を作って、自分で飲む。
来人がつくってくれた『Cinderella』には程遠かった…
あたし以外の3人が電気ブランを飲んでいるのを見て、急に興味が出てきた。
「電気ブランって、どんな味がするんだろう?」
そう思ったあたしは、徐に電気ブランの瓶を振り、キャップを開けて
キャップに付いているほんの少しの液体を小指に取って舐めてみた。
痺れる様な痛みと、癖の強すぎる味。これを飲むなんて無理だ…
「なにこれ。何か舌が痛いんだけど…」
「だから『電気ブラン』なんだってば…ホント姐さん飲めないんだな」
「飲めないよ!家ではジン1択なんだから…」
「え、姐さん飲めるの?」
「ジンならね。家でジンジャエールで割った『ジンバック』とかトマトジュースで割った『ブラッディ・サム』とかなら飲める」
「変わったのばっかだな」
仕方ないじゃないの。ハイボールもサワーも飲めないんだから…
結局アフレコの途中で、終電に間に合わない事になり、その日はそれで終わった。
荷物をまとめて1人のメンバーと別れ、電車に乗って新宿駅で他のメンバー2人と別れた。
小田急線の乗り場で時刻表を確認すると、最終のロマンスカーに乗れる事が分かった。
ロマンスカーの切符を手にして席に座ると、一気に疲れが出てきた。
それと同時にLINEが入る。今日来れなくなった総括からだった。
阿佐ヶ谷を出る時に「今終わった」と連絡を入れておいたのを見たのだろう。
「電車大丈夫か?何をやったのか報告を頼む」
「電車は大丈夫。最終のロマンスカー乗れたから。
今日やったのは追加撮影がいくつか、後はアフレコやってる途中でタイムアップ」
「何でアフレコやってんの?いらないって言ったのに…」
「まあ、仕方ないでしょ。脚本家と演技指導がディテールに拘るし、
もう一人のメンバーも自分で映像作るから、その辺りの意見の一致って奴?」
「はぁ…ある程度は想定してたけど、思った通りだったか。姐さんは大丈夫か?」
「………リスカしたいって言ったら怒る?」
「?」
「だってディテールに拘る3人相手に、あたし1人はきついって。本当は帰りたかったよ?でも機材持ってるのあたしだけだから帰れないしさ…
まさか精神安定剤2錠も噛み砕くとは思わなかったよ」
「とりあえず、データだけ先に送ってもらっていい?」
「明日速達で出すわ」
「頼むね。姐さん、ホント今日はありがとうね。ゆっくり休んでね」
「いや、休めないわ。家に帰ったらデータの処理があるし…」
そこまでLINEで報告すると、もう疲れしかなかった。
最寄駅の1つ前までロマンスカーに乗り、そこから1駅分、各駅停車に乗って帰る。
荷物の重さと疲れで、身体が悲鳴をあげていた。
自宅の最寄り駅につくと、コンビニでシードルとチョコレートを買った。
家に帰ると、音声データにタイトルをつけて、USBメモリに移動させて、同じ内容をPCのドライバーに保存する。時計は午前2時を指していた。
明日の朝早いんだった…そう思うと、何時も飲む薬を用意する。
精神安定剤に、漢方薬、メニエール病の薬、喉の薬等、全部で18種類ほど。
そこに、頓服の薬を4錠追加した。今日はこれがないとだめだ…
全部の薬を2つのオブラートに分けて包んで飲む。
無意識に誰かに助けてほしかったのだろう。薬が効いて朧げな記憶の中、
ヘッドフォンで音楽を聴きながら、気が付くと首からかけている銀の鍵を握りしめていた…
『凛音、凛音ってば!』
遠くで来人の大きな声がする。
でも身体が思うように動かない。多分薬のせいだろう。
『綾香、無茶したな?しかも飲めないのに「電気ブラン」なんて舐めやがって…
ちょっと待った、こいつODしてやがる…何でこんな事になってるんだ?
来人、ペリエにライム絞って持って来い!』
『え、ODって…もしかしてオーバードーズってこと?凛音、何があったんだろう?』
『多分だけど、イレギュラーの連続と理不尽な要求に耐え切れなかったんだろう。
リスカしたいって言う欲求もあるが、それは抑え込んでるらしい。だからODで済んでるんだ』
来夢の言葉に、来人はグラスに氷を入れ、ペリエを注ぎ、ライムを多めに絞った。
グラスの中に1/8のライムを入れ、来夢の所に持ってくる。
『兄さん、これでいいかな?ちょっとライム多くしたけど…』
『ああ、上出来だ。これで綾香が目を覚ますといいんだけどな…』
半分意識のないあたしの口に、来夢はペリエを注ぎこむ。
寝ている人間に液体を入れる=呼吸困難になるわけで…
あたしは噎せながら目を覚ました。
「ごほっ、ごほっ…く、苦しいよ。溺死するじゃないの!ちょっと、何してくれてんのよ!」
そう言って目を覚ましたあたし。一緒に住んでいるルームメイトがやったのかと思い
相手を探して怒鳴るが…ルームメイトはいない。代わりに来夢と来人がそこにはいた。
「来夢に来人…ってここ何処?あたし家にいたのに…」
『やっと目が覚めたか。ったく、何してんだよ。ODなんかしやがって』
「ODって…何であんたがその事知ってんのよ!」
『お前、ここにどうやってきたか覚えてるか?』
「知らないわよ!あたしは家でお酒飲んで、そのあと薬飲んで…」
『その薬が何時もより多いんだよ。なんで1回に2錠って処方されたセロクエルを4錠も飲んでる?
しかもデパスだって許容範囲は6錠なのに10錠も飲みやがって!』
『来夢、もういいでしょ。凛音、無事だったんだし…』
『そう言う問題じゃねぇよ!だいたい来人は綾香に甘すぎる。俺等は綾香の親じゃねぇんだよ!』
『でも凛音、ちゃんと起きたじゃん』
『だから、起きる起きないの問題じゃねぇんだよ!第一こいつの飲んでる薬はな、
酒と一緒に飲むと相乗効果で薬の効果が強く出過ぎるものばっかりなんだ。
セロクエルは特に危険なものの1つ。それを綾香はわかっててやってるんだぞ?
綾香、お前死にたいのか?』
来夢の言葉に俯く事しか出来なかった。
死にたくないと言えば嘘になる。リストカットしたいのも本音。
でも、リストカットをしたら縁を切る人がいるから出来ない。
だからあたしは『薬をアルコールで飲む』という暴挙に出たのだ。
「死にたくないって言えば嘘になるけど、リスカよりはましでしょ?」
次の瞬間、乾いた音と一緒にあたしの頬に痛みが走った。来夢が叩いたのだ…
来人は来夢を止める間もなく、持っていたグラスを落としグラスの割れる音が響いた。
『ふざけんな!何時までも悲劇のヒロインでいたいのか、綾香…
お前ってそんなに弱かったのかよ!』
来夢の言葉に、あたしの中で何かが変わっていく…
ゆっくりと目を閉じて深呼吸をすると、
次の瞬間、あたしは目を開き、目の前の来夢を睨み付けていた。
『来夢!いくらなんでもやりすぎだよ!何で凛音に手をあげるの?』
『愛情を知らない奴は、過保護に育てられたか、本当の痛みを知らない奴だ』
「誰が痛みを知らねぇって?って言うかてめぇ、誰だ?」
『凛音…?なんか変だよ?』
「凛音?ああ「刹那」の事か。あいつなら寝てるよ。だから俺が出てきた」
『……お前か。あの場所で「電気ブラン」舐めたのは…ODの許可を出したのも、
薬をシードルで飲んだのもお前が企てた事だろ?「龍影」(りゅうえい)…』
「俺を知ってるとは…あんた普通の人間じゃねぇな。来夢だっけ?お前、あいつの何なんだ?」
『ちょっと、あの…僕には話しが見えないんだけど、君は凛音じゃないの?』
「お前が来人か…「刹那」が世話になってるみたいだな」
『「刹那」?僕は「凛音」と「綾香」って名前しか知らないよ?「刹那」って……誰?』
『来人、お前はちょっと奥にいろ。俺はこいつと話がある。後で説明するから』
来夢に言われた来人は、戸惑いながらも頷くとカウンターの奥の部屋に入って行った。
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