Denki Bran Part 1

"薬用であった輸入ブランデーに、ワイン、ジン、ベルモットなどをブレンドした

アルコール度数45%の「電気ブラン」

(発売当初は「電氣ブランデー」 といった。)

後に神谷バーでの看板メニューとなり、多くの文学作品に登場するほど、

幅広い人に愛される商品となっている。


基本的にはよく冷やした電気ブランをショットグラスで。

もしくは氷を入れたグラスでオンザロックでも楽しめる1杯である"



やっと軌道に乗って来たと思った出来事…

それが急に変更になる。

あたしにとっては、急に物事が変わる=イレギュラーとなるわけで…

それが原因でパニックやら過呼吸やら、いろいろと引き起こす原因にもなる。


今日もそうだった。

「この間の映像、追加で撮影したい所あるから集まってくれる?」

夜の急なグループLINEは、あたしを完全なるイレギュラーに導いてくれた。


「この間撮ったのじゃだめなの?」

「あれ以外に欲しいシーンがあるんだよ。BARのシーンとか。

シェーカーを振るとか、お酒を出すシーンとかがちょっと欲しいんだ」

「あとアフレコも必要になりますね…」

「どうしても納得いかない台詞があるから、そこは直したいんだよね」


もう、みんなで言いたい事ばかり。

正直、今から追加撮影しても仕上がるのに時間がすごくかかること、

そして、その編集には本来の上映時間の何十倍もの時間がかかること。

それを解って言ってるのだろうか?しかもほぼ全員参加なんて無理…


「その日は、18時までに終われば大丈夫」

「18時以降じゃないと行けない」

「遅くなる様なら欠席したい」


こんな意見ばかり出てくる様では、まとまりもない…

あたしはと言えば…


「あたしはその日、通院が入ってるから夕方じゃないと難しいし、

次の日も朝からお弁当作りが入ってるから、遅くまではいれないよ」


そう返した。

もともと、このグループに関しては、あまり乗り気ではなかった…

だからいつもは通知を切っている。ただ、気が付けば未読通知が入っていて、

それを読んでパニックになるのが現状だ…

結局は全員が集まれる日に追加撮影をする事になった。


追加撮影前日、グループのLINEが動いた。荷物のパッキングの最中にだ…


「申し訳ない、俺、いけなくなった…」


カメラ担当のメンバーが急用で来れなくなった。


「カメラは姐さんに預けるから。あと、姐さん、Q2の用意お願い。

それでアフレコして。って言ってもアフレコの必要ないと思うんだけどね」

「ちょっと待った。あたし、カメラ使えないよ?」

「大丈夫。14時までにスタジオに来てくれればそこで指示するから」

「じゃあ、何持って行けばいい?シェーカーと、ショットグラス、お酒と、空き瓶でしょ?あとカメラは受け取るとして…Q2の用意ね。わかった。」


LINEの言葉を見ながら荷物をまとめ始めた。

お酒…メンバーの1人が気にしていた「電気ブラン」を買っておいた。

あたしは飲めないけど、まあ、BARのシーンであればちょっとはいいのかなぁなんて思いながら、でもなんだか気になる事があった…


「『電気ブラン』って…どんな味なんだろう?」


以前、ライブの打ち上げで紙コップに1/4の電気ブランを飲んだ半数が、

その場で倒れたのを見ている。かなりきついお酒だという事は分かっていた。

瓶に残った1/3の電気ブランを女の子2人で一口づつ飲みあって、

最終的には相討ちという形で2人とも完全に潰れたのを見ている。

ある意味、危険なお酒なんだろうなぁ…

そんな事を思いながら、パッキングの荷物に入れた。

追加撮影当日、14時に待ち合わせているスタジオへ。

コールマンのリュックに、大きめのトートバックをもって出かけた。


「姐さん、お待たせ。ごめんね、なんだか色々と任せる事になって…」

「大丈夫。何とかなるだろうし、あたしも終わったらすぐに帰るつもりだから。

18時半には始められると思うんだ」

「そっか、なら大丈夫かな。カメラはこれをね…」


そんな会話をしながらカメラの使い方を教えてもらう。

その後、15時まで音楽理論の勉強を一緒に受ける。

途中、知らない言葉に何度か固まりながらも音楽理論を終えて、駅まで一緒に帰る。


「まあ、あまり無理しないでね」

「いや、もう無茶してるから…」

「やっぱり。姐さんは何時もそうだからなぁ」

「終わったらカメラは預かって帰ってくればいいんでしょ?」

「うん、次に逢う時に持って着てくれればいいよ」

「いや、怖いから…壊したら大変だから、早めに逢って返したいのが本音」

「そこはお互いの時間調整して、決めようよ」

「そうだけど…」


人のカメラを預かる...それだけでもあたしにとってはかなりのプレッシャーだ…

駅に着くと、それぞれ違う場所に向かうため改札をくぐり、別れる。


「じゃあ、後はよろしく。終わったら報告はしてね」

「わかった。やれるだけやってみるよ」


そう言うと、足取りが重いまま、阿佐ヶ谷へ向かった。


阿佐ヶ谷の駅についたのは16時ちょっと前。

駅に付いた事をグループLINEで伝えると


「早い!ちょっと用事済ませてくるから、高架下にあるテラスで待っててくれる?」

「わかった。じゃあテラス探してそこにいるよ」


基本的に集合時間より早い時間にいないと気が済まない。

でも…今回は2時間も早かった。

普段なら本屋に行ったりするのだが、阿佐ヶ谷の駅周辺の情報がないので動き様がない。

コーヒー屋に入ってもいいのだが、タバコが吸えない…

結局、高円寺方向に歩いた所にあるテラス席に座って、近くのお店でジュースを買い、それを飲みながら持って来た本を読んで時間をつぶす。

いつもなら電車の中の退屈しのぎに持っている本なのだが、今日は違う。

結果、電車の中から読んでいた1冊を読了してしまった。

2冊目を読み始めた頃、グループの仲間が1人きた。


「姐さん、お待たせ。って言っても18時半まで家使えないからなぁ」

「仕方ないよ。まだみんな来ないし。あ、1人今日休みだよ。体調良くないみたい」

「そっか…まあ、仕方ないよね」

「1人はバイトの後に来るから、18時過ぎだと思うよ?」

「バイトからくるのか…まあ、その人の撮影はないからね。ちなみにどんな感じに仕上がったの?」


そう言われて、あたしは自分の携帯に入れてある動画を見せる。


「ここの繋がり方がちょっとね…だから追加でいれたいんだわ」

「ある意味不自然だもんね…」

「姐さんが持って来てくれたシェーカーとお酒でうまく場繋ぎ出来ればいいかな。

後はメイド服の着替えシーンもいれたいと思ってるよ」


そんなことを話しているうちに、だんだんと日が傾き始めた。

気が付けば空はCobaltBlueに染まっている。

そして、あたしの携帯のライトが青く点滅していた。


「あれ?青の点滅…誰かから連絡あったかな?」


そう言って携帯を見ると、同じグループの子からメールが来ていた。


「今日スマホ忘れちゃったんだけど、今どういう感じ?」


おいおい、スマホなかったらLINEが見れないだろうよ…

そう思って送ってきた相手を見ると、電話番号でメールを送っている。


「何で、スマホないのにあたしの電話番号知ってるんだろう?」 


とにかく連絡をしないと…

メールのほうが早いのか、それとも電話の方がいいのか…

メールしたほうが良いかな。そう思っていると、相手から電話が来た。

でも、出るのが遅れて、電話に出る事が出来なかった。

なので、こちらから電話する事に…完全なるイレギュラーに緊張した。

相手はすぐに電話に出た。


「おつかれ、今どこ?」

「今、阿佐ヶ谷の駅だけど、何処にいるの?」

「アニメストリートの方に歩いた所にあるテラスにもう1人のメンバーといるよ」

「じゃあそこに行けばいいの?」

「うん。18時半まで家は使えないらしいから…」

「わかった、今から行くわ」


そう言うと電話は切れた。

緊張しかない。イレギュラーが多すぎて過呼吸になりそうだ…

でも、周りには気が付かれたくない。カバンから薬を取り出すと同時に

ミントタブレットを取り出して、タブレットと一緒に薬を噛み砕いた。


CobaltBlueの色が深くなる頃、みんなで撮影場所でもあるメンバーの家へ。

途中でオレンジジュースと氷、レモンジュースを買う。


「姐さん、それ何に使うの?」

「あ、これ?シェーカーでカクテル作るの。ノンアルコールの『Cinderella』ってやつ」

「そうなんだ…って言うか姐さん、シェーカー振れるの?」

「一応、練習した事あるし、知り合いにバーテンダーいるから何度か見た事あるよ」


ここで来人の名前は出したくなかった。出したら色々詮索されそうだ…

家について、準備を始めるともう一人のメンバーから連絡が来た。


「すみません、駅の中で迷子になって今東京駅です。急いでそっちに向かいます。

家の場所をLINEの位置情報で教えてくれれば向かいますので…」


位置情報?どうやるんだろう?そんな事を思いながらLINEの画面を見ると

『位置情報』という欄があった。それを押すと、今いる場所が住所と共に現れる。

それを相手に送って、待つ事になった。その間に、もう一度3人で動画を確認する。


「この場所がさ、あまりにも時間概念ないんだよね…」

「この台詞、もっと感情を殺してもいいなぁ」


脚本家と演技指導の会話には付いて行けなかった…

あたしはただ、2人の話を聞いて、この後の動きを自分なりに考え始める事しか出来なかった。

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