Cinderella Part 2

「でも、この子が『あの場所から動けない』ってどう言う事?」

『それな…この子は普通の子じゃないんだよ』


あたしはカウンターに座り、その隣に少女が座っている。

来人はあたしに「カモミールティー」を淹れてくれ、

来夢はサンドイッチを作ってくれた。

そして、来夢は少女の前に桜色のアイスを出して言う。


『お前にはこれ、桜餅の味のアイスだ。好きだろ?』

「おおきに。でもお兄ちゃん、どうして分かったん?」

『お前、なんで綾香の所に行った?綾香が「選ばれた人」だからか?』

「違うよ。何時も来てはるから」

「あのごめん、話が全く見えないんだけど…」

『だよね。来夢、凛音にちゃんと説明しないとダメだよ』

『面倒くさいんだよ、それが』

『でも、分からないんじゃ解決しないよ?』

「って言うか、なんで桜の花も鳥居も、急に色が変わったんだろう?」

『それは、この子が『Monochromeの迷宮』に入りかけたからだよ。

この子はあの神社に棲んでるんだ』


神社に棲んでいる?もしかして宮司さんの子供かな?

そんな事を考えていると来夢が馬鹿にした様に笑っている。


「何よ、来夢…なにがおかしいの?」

『だってさ、神社に棲んでいる=宮司の子って...あまりにも安易に考えすぎだからさ』

『来夢、何時までもふざけないで。凛音、この子は神社の桜に棲んでいるだよ』

「え……神社の桜に?どう見ても人間じゃないの」

『違うよ。凛音の事が心配だったんだよ…彼女は』

「お兄ちゃん…じゃなかったお姉ちゃんだったわ。

いつも夜に来てお参りしてはるでしょ?しかも必ず感謝してはる。

珍しいんよ?感謝する人って…」


この子、何で初めて逢ったあたしの事知ってるんだろう?

いつもライブの後に寄るから、夜になってるし…

必ずライブの成功を感謝している事も知っている。


「お姉ちゃん、難儀やなぁ…いつも感謝してるのに、その後必ずあの場所で落ち込んでるんよ。

なんで神様に『助けて』って言わへんの?」

「だって神様に『助けて』って言ってもなかなか助けてくれないよ?」

「いつも『神頼み』しかせぇへん人には、神様は助けてくれへんよ。

ちゃんと感謝をする人には神様は助けてくれるんよ?」


そう言いながら少女はアイスを食べている。

それを聞いた来夢は眼鏡を直しながらあたしを見て言う。


『綾香って律儀だな。 必ず感謝してから出来る願い事してさ。

でもな、頼れる奴には頼った方が良いぞ?いつも我慢してばっかじゃねえか』

『凛音は優しいからね…でも、どうして今日に限って凛音に

「Monochromeの迷宮」が見えたんだろうか?』


確かに、あたしには花園神社の色彩が消えて行くのが見えた。

本当に色がどんどん無くなって、黒と白の世界になっていく所を…

来人の淹れてくれたカモミールティーが身体を温めて、リラックスさせてくれる。


『多分だが…今回の原因はこの子だ。この子が『闇』を抱えてる。

そうなんだろ?『稲荷の子狐』…』

「お兄ちゃんにはお見通しなんやな…来夢って言わはったっけ?

流石は『本音と闇』を視る力がある御人やわ。『晴明』はんと関係あるんかいな?」

「せ、『晴明』さん?それって、もしかして『安倍晴明』の事?」

「お姉ちゃん、『晴明』はん知ってるん?そんなに長生きしてないでしょ?」

「いや、本とかで見る有名な陰陽師だから…」

『凛音はさすがに『安倍晴明』の時代にはいないよ。

もしいたとしたら、それは遠い過去の前世だろうけどね』

「来人は『色彩』が視えるんやね。でも、うちは2人に逢いに来れへん。

そこにちょうどお姉ちゃんが来はったから、力を借りたくて…」

「それって、あたしの事?何であたしなの?」

「お姉ちゃん、ここの『鍵』持ってはるし…あたしが視えるんよね?

あの場所で他の人に声かけても、誰も気づいてくれへんかったから…

それに、神社の色がなくなるのも視えはったでしょ?」


この少女の言う通り、確かに鳥居の色も桜の花の色も消えるのを見た。

でも何時からその様な現象が見える様になったんだろう?

カモミールティーの入ったカップを見つめながら考える。

それを見た来人がおもむろにシェーカーを取り出した。


『さて『稲荷の子狐』でしたっけ?貴女の失った色彩を一緒に取り戻しましょうか…』


そう言う来人にあたしは驚く。


「ちょっと待って来人。いくら精霊でも相手は子供だよ?

Cocktailは…お酒だからだめなんじゃないの?」

『綾香、甘いな…Cocktailにもいろいろあるんだよ。

まあ、黙ってなって。来人ならちゃんとぴったりの一杯を作るから』


来夢に言われて、あたしは来人の手元を見つめる。

来人はシェーカーに氷を入れると、3つのジュースを入れて、刻み良いリズムでシェーカーを振る。

そして2つのグラスにシェーカーの液体を入れると、あたしと少女の前においた。


『お待たせしました。「Cinderella」です』

「『Cinderella』…確かそんなCocktailあったような…」

『2人とも、飲んでみて』


来人に促されて、少女はグラスを持つと、Cocktailを飲む。

あたしもちょっと不安になりながら、Cocktailを口にした。


さわやかな風が吹き抜け、見えたのはなぜか京都の竹林…

綺麗な緑色の中に白い狐が見えた。

そして、狐の傍には平安時代の装束を身に纏った男の人が立って微笑んでいる。

眩しい光に目を背けたその刹那、満開の大きな枝垂桜が姿を現した。

その樹の根元には、先程の白い狐と男の人…

そこに向かって子狐が走っていく。

子狐は途中で振り返ると、あたしを見て頭を下げ、桜の樹の元へ走って行った…


目を開けて隣を見ると、少女の姿はは消えていた。

空になったグラスに桜の花が1枝、差してある。

『迷子だったんですね。誰にも気づかれないまま、帰り路を失っていたのでしょうか…』

『だろうな。そこに綾香が現れた。いつも感謝しかしない…それが神様に気に入られたんだろう。

にしてもあの稲荷は確か…「夫婦和合」とかじゃなかったか?だから綾香に頼ったのか…』

「……?何であたし?」

『彼氏がいないから』

「だから、どうしてそこになるのよ!」

『彼氏がいる女の子に、男の神様が頼めねぇだろうよ!』

『2人とも喧嘩しないで。本当に、どうしていつもそんなに言い合いになるのさ…

もしかして来夢、凛音の事好きなの?』

「ちょっと来人…変な事言わないでよ!」

『んなわけねえだろうが!』


このやり取りを聴いてたのだろうか…

グラスに差された枝が、かすかに揺れた気がした。


「あ…揺れた」

『地震か?』

「違うよ、ほら…それ」


あたしがグラスを指さすと、枝はかすかに揺れる。


『彼女らしいですね…』

『ああ、本当だな』

「ねえ、どうして『Cinderella』だったの?

桜の色のCocktailでもよかったと思うんだけど…」

『凛音、「Cinderella」を飲んでどう思った?』

「アルコールの味はしなかった」

『「Cinderella」はノンアルコールのCocktail…

桜の色のノンアルコールCocktailは少ないんだよ。

それに、彼女は子狐…つまり子供。

子供はお酒を飲めないでしょ?だから「Cinderella」なんだよ』


あたしが思ってた事を、来人はシェーカーを持った時にすでに予見してた?

だから3つのジュースを組み合わせたノンアルコールCocktailだったのか…


『それだけじゃない。あいつはまだ修行の身。だからお酒は控えてるのさ』

『でも、まさか『葛の葉の君』の眷属だったとはね…』

「もしかしてあの竹林と白い狐って、そういうこと?」

『そう。だから『安倍晴明』公の名前も出てくるわけだ。

にしても…新宿から京都が見えるとはな。流石は綾香、「共感覚」の持ち主だな』


これは褒められてるのだろうか?考えながら、残ったCocktailを飲む。

さっぱりとした味。それでいてお酒が入っていない。何となく寂しい気がする。


「ねえ来人、あたしのにはジンを一滴入れてくれてもよかったんじゃない?」

『だめ。それをやったら「Cinderella」の魔法が解けるよ、凛音…』

『ノンアルコールCocktailの「Cinderella」だからな。アルコールを入れるのは邪道だ。もう一度Cocktailを勉強してきな、綾香』


来夢の言葉に、ちょっといじけながら、あたしは桜の枝を見つめていた。

これが夢なら、醒めないでほしい…そう思いながら。

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