Angel's Kiss Part 4
それを聞いた来人は急にカウンターに入る。
冷えたグラスを取り出し、茶色の液体を注ぐ。
そして白いクリームをグラスに注ぎ、赤いチェリーを添えた。
『今の凜音にはこれが必要だと思う。「Angel's Kiss」だよ』
『相変わらずいいセンスだな、来人。
「天使のキス」とは…もしかして綾香の両親の願いか?』
『わからないよ、そこまでは。
でも、今の凜音に合うCocktailはこれだと思ったんだ』
『未知数の才能…って奴だな。Cocktailの腕はお前が引き継いだからな、来人』
『来夢は、食事が得意でしょ?だから2人でこのBARをやっているんじゃないか。
凜音、飲んでみて』
来人が微笑みながらCocktailを勧める。
あたしはゆっくりとグラスを持ち上げて口にして目を閉じる。
群青色の空に光輝く満月。時折流れる雲の切れ間から
「Jacob's ladder」とも呼ばれる光が地面に落ちる。
1人花園神社に立って、その光を見つめるあたしがいた。
ゆっくりと目を開けると、来夢と来人があたしを見つめて微笑んでいる。
『まさか「Jacob's ladder」が見れるとはね。凛音はやっぱり「選ばれた人」だ…
「Angel's Kiss」を飲んで、ここまでの色彩が見える人はいないんだよ』
『「Angel's Kiss」で「Jacob's ladder」…もしかして綾香は「共感覚」の持ち主か?』
「きょう…かんかく?」
『そう「共感覚」。文字に色が見えたり、音に波や形、色が見えたりする人を言うんだ。
綾香の場合は…例えば今日買ったその小説。本を読んだり音楽を聴くと、小説の内容や歌詞がCinemaの様になって見える事があるんじゃないか?
ここからは俺の推測だが、綾香は来人のCocktailを飲むと、それに合った風景が浮かぶ。俺の作る食事を食べると、過去の愉しい思い出をCinemaの様に思い出す…違うか?』
「共感覚」…考えた事もなかったが、確かに本を読んだり音楽を聴くと映像が浮かぶ。
それこそ映画の様に見えるのだ…その事を来夢と来人に話した事はない。
「それ、よくある。後は夢を見て泣いてて、目が覚めると本当に泣いてる事もある」
『多分それも「共感覚」が強いんだろうな…ま、それだけ「感受性が豊か」ともいえる。だけど、それを「奇妙」とか「変だ」とか思わない事だ。
「共感覚」は特別な人にしかない「特徴」だ。
綾香はそれを身に着けている。それは「他の人にはない素晴らしい感覚」なのさ…』
『僕と来夢は、持っている「共感覚」が違う。
だから僕はCocktailを担当、来夢は食事を担当している
この「BAR Pousse-Cafe」には別名がある。それは「Lime Light」…
僕達の名前「来夢、来人」と一緒なんだよ。これは誰にも話していない。僕と来夢と凛音だけの秘密だよ』
来人がそう言うと、来夢は、はにかんだ笑みを浮かべる。
いつの間にか来夢は、眼鏡をかけていた…
「あたしは、あたしのままでいいの?周りと比較しなくていいの?」
『する必要はないよ。だって、凛音は凛音じゃない』
『人と比較してたら、自分の欠点しか見えねぇよ。
それを繰り返したら、また「闇」に喰われそうになって、迷宮から抜け出せなくなる。それでも良いのかよ、綾香…』
来人と来夢ではあたしの呼び方が違う。
でも、それを指摘する気にはならなかった。
2人には何か事情があって、呼び方を変えているのだろう。
それでも「あたし」を見ている事には変わりなかった。
「そっか…昔の事とか、他の人と比べたらだめなのか。
確かにさっきまでスクランブル交差点を歩く人達を見て、あたしは「存在意義」が分からなかった。
でも、今はあたし自身のままでいたい。自分の好きな事をしたい…」
『それが綾香の良い所だ。それを見失うなよ』
『凛音には、両親の想いも、僕達もいる…
それに、これからの凛音の活動を後押ししてくれる人もいるみたいだし…
大丈夫だよ、うまく行くから。「Jacob's ladder」が見えるんだから。ね、来夢』
『だな。あんな景色を見たのは久しぶりだ。しかも花園神社って言うのが綾香らしい。それだけ大事な場所なんだな、綾香にとって歌舞伎町のあの神社は
来人が鍵を渡した理由もわかる。もう大丈夫だな』
2人にそう言われたら、本当に大丈夫な気がしてきた。
「うん、わかった。来人、来夢…」
『また何かあったら、何時でもおいで。凛音…』
『ああ、何時でも待っててやるよ。但し、1日3食とは言わねぇ、1食でもきちんと食事をしろ。
そうしないと、メニエール病は改善しないぞ?
1日2リットルの水分補給も忘れないようにな。わかったか、綾香…』
「来夢、あたしのこと色々詮索し過ぎ。でも、気をつける。
来人もありがとう。また来るよ」
ここに来た時の不安と焦燥感は、いつの間にかなくなっていた。
もう大丈夫。あたしには来人と来夢がいる…
カウンターを離れると、ドアの前まで進んだが、ふと気になる事があって振り返って聞いて見る。
「来人と来夢には、あたしはどう見えるの?」
『凛音の事?僕は大事な友達だと思ってるよ』
『俺は…手のかかる妹、だな』
「そっか。ちょっと気になってね…じゃ、また!」
そう言うと手を振ってドアを出た。残された来人と来夢…
『ああ言う時って、どう言えば良いんだろう?来夢…』
『俺には少なくとも綾香は彼女とは呼べないな。ま、来人の答えで合ってるんじゃないか?綾香にはどうやら心に想う人がいるみたいだしな』
『あ…だから「Blue Moon」か』
『綾香に作った初めてのCocktailだな。
まあ、1人になると寂しい時もあるからな。きっと愛情が欲しいんだろうよ。
親と距離を置いたのも、普通の子の思春期の頃みたいだけど…
あいつには思春期も反抗期もなかったみたいだし』
『凛音の想いは、届くのかな…』
『それは月が知ってるんじゃないか?綾香、必ず月を見ているみたいだし』
本当の答えは誰も知らない…
知っているのは、空に浮かぶ月だけだった。
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