Angel's Kiss Part 2

家に帰ってきて、荷物を置く。

キャップとMA-1を脱ぐと、PCの前に座る。

メールを確認すると、知り合いからのメールやDMが届いていた。

その中に音楽事務所の総括からのメールがあった。すぐにメールを開く。

昨日、オーディションに落ちた事と今後の事を話していたのだ。

その返事だろう…


「オーディションだめだったか…でも、まだ希望はあるから諦めないでね。

姐さんは家のバンドでもそうだけど、スタッフとしても必要だし。

そう言えば、姐さんって所属契約してたっけ?

してなかったら所属契約しようか。一応、考えておいてくれるかな?」


所属契約は結んでいない。

でもそうなると色々と大変になるんじゃないかな?

そんな事を思いながらメールを見ていた。

でも、向こうは所属してみないかと言ってくれている。


「どうしよう…所属か。した方が良いのかな?

来人なら何て言うだろう?」


そう思ったら、鍵が気になって仕方がない。

夕方に来人の所に行こう。そう考えてメールを閉じる。

その後は、ネットサーフィン。

SNSで知り合いの近況を見て時間が過ぎる。

食事を摂る事も忘れていた。


スマホからLINEの音がした。見てみると知り合いの男の子からだった。


「こないだはお疲れ様!次のライブって決まってるの?

決まってたら教えてね。また行けたら行くから」


ライブ…次は何時だっけ?

PCでスケジュールサイトを開いて確認をする。次は2か月後だ。


「この間はありがとうね。

次は2か月後だから、また詳細が判ったら連絡するよ」


返事を入れて、スマホを見つめる。来人の所ではスマホが使えない…

来人とLINEとかしたいのに、出来ない。そう思ったら、なんだか切なくなった。

いてもたってもいられなくなってPCを切るとMA-1を羽織り、ブーツを履いて外に出た。

また新宿に行って、来人に逢おう…それしか考えずに電車に飛び乗った。


1時間程で、最寄駅から新宿に着いた。

紀伊国屋書店で本をザッピングして、気に行った小説を買う。

多い時は1回で5冊とか買っている。今日は3冊…少ない方だ。


「今日は渋谷に行こうかな…」


思い立ったら埼京線に乗り、渋谷に来ていた。

スタバでコーヒーを飲みながら、窓の外を見つめる。

夕方のスクランブル交差点は人であふれていた。

リクルートスーツを着た就活生や自撮りをしている異国の人…

それを眺めながらコーヒーを飲むあたし。

正反対の生活をしている…そう思った。

あんなに忙しそうに歩いているのを見て、自分がバイトもしてない事に

なんだか違和感を感じた。


「そうだよね。このぐらいの歳だったら、仕事してる方が普通だよね…

あたし、なにしてるんだろう?」


せっかくカウンセリングに行って、少しは楽になったのに…

結局また鬱状態に陥る。

来人だってバーテンダーって仕事してるのに、あたしは何もしていない。

ただ、親が遺してくれた遺産と年金で過ごしている。


「このままでいいのかな?あたし…こんな状況で、生活してるって言えるのかな?」


疑問しか浮かばなくなった。余計な事しか考えられない。

それが「Monochromeの迷宮」の入り口になる事など知らずに…

スタバを出てセンター街をを歩きながら、無意識に胸の鍵を握りしめていた。


「どうしたらいいんだろう、あたしは…」


そう呟いた刹那、目の前が歪む。眩暈にも似た状況...頭を抑える。

次の瞬間、目の前に見慣れた風景が姿を現した。

『BAR Pousse-Cafe』だ。


「あれ?ここ渋谷なのに…どうして?」


戸惑いながら目の前の扉をゆっくりと押した。


『いらっしゃいませ…って凛音?どうしたの?』


来人の声を聴いた瞬間、あたしは泣きそうになった。


「来人…あたしどうしたらいい?」

『凛音、落ち着いて。とにかく座って、ね?』


来人はカウンターから出てくると、あたしの手を取り、カウンターに座らせた。


『今日は渋谷にいたんだね。もしかして「Monochromeの迷宮」に入っちゃった?』

「わからない。スクランブル交差点を見てたら、みんなが忙しそうにしてるの見て…

それ見たら今のあたしがこのままでいいのかって思って…」

『凛音はそのままでいいんだ。周りと自分を比べる必要はないんだよ』


来人にそう言われた瞬間、あたしの瞳から涙が零れ落ちた。

何も出来ないあたしがこの世界に存在しちゃいけないんじゃないか…

そう思ったらますます涙は溢れてくる。


『来人、お客さん?』


聴きなれない声に顔をあげると、もう一人のバーテンダーがいた。

金髪に翠の瞳、ハーフリムの眼鏡をかけている。でも来人に似ている。


『来夢(らいむ)…どうして出てきたの?』

『だってお客さんでしょ?しかも完全に迷ってる。

もう出られない程の迷宮に迷い込んでるよ、その子。あーあ。さては来人、お前が泣かせたか?』

『いや、僕がそんな事するわけないだろ?凛音、何があったの?もう泣かないでよ…』


来人はあたしが泣く姿に狼狽えてしまう。

来夢と呼ばれたその人は、あたしの事を見て頭を抱える。

そして、銀色の鍵に気が付くと


『あれ?その鍵…来人、渡したの?』

『この間ね。彼女が凛音。「選ばれた人」がいるって言っただろ?

それは彼女の事だよ。凛音、こちらは「来夢(らいむ)」。僕の双子の兄だ』

『来人、今はそんな自己紹介をしてる場合じゃない。

このままじゃ、彼女は戻ってこれなくなる…

彼女の色彩が永遠になくなる。これは俺の仕事だ。

凛音だっけ?それとも綾香?どっちが困ってるの?』


急に呼ばれた名前に驚いて顔をあげた。何であたしの本名知ってるの、この来夢って人…


「な、なんであたしの名前知ってるの?あたし、貴方には逢った事ないのに!」

『俺にはお前の「本音」…本当の姿が見える。だから本当の名前「綾香」って呼んだんだ。

それより、何時からその状況だ?まともに飯も食わないで、大量の薬…

リストカットにいじめ、親の死…昔からいくつ「闇」を抱えて来たんだよ?』


触れられたくない過去…思い出したくない記憶。

本名を呼ばれるのは、叔父貴と病院だけでいいのに…

どうしてこの人はそれを分かってくれないんだろう。

そう思った瞬間、急に怒りが込み上げてきた。


「昔の事…来人にも話した事ないのに。

どうして、そうやって人の心の中に土足で入ってくるのよ!」

『そうやって「闇」を増やしてきたんだな…でもお前にはそれを乗り越える力があるだろ!

なのにすぐに自分を卑下してさ、だから「闇」に喰われるんだよ!

そのままだともう戻れないぞ?お前の本当の世界にも、ここにも…』


ここに来れない?どう言う事?この鍵があれば来れるんじゃないの?

不安になって胸の鍵を握りしめる。


『凛音…来夢の言う事は本当だよ。来夢には「本音」と「闇」が見える。

だから来夢は凛音の所に来たんだ。ごめん、今の僕には凛音を助けられない…』

「そんな…嘘でしょ?来人…」


下を向く来人の顔は、自分に対応出来ないこの状況を悔しんでいるのが見えた。

間髪入れずに来夢が詰め寄る。


『そのまま「闇」に喰われたら、お前の色彩は失われ、鍵は色を失う。

だからここには来れないし、本当の世界にも帰れない…

「Monochromeの迷宮」に閉じ込められるんだぞ!

お前はそれでも良いのか?みんなと一緒に音楽続けるんだろ?

2か月後のライブにも出るんだろ?お前を待ってる奴がいるんだろ?

それとも昔の世界に戻りたいのか?それは嫌なんだろ?

だったらお前の色彩を失う前に「闇」に喰われる前に立ち向かえ!』

「戻りたくないよ!あんな昔みたいな世界に…

だったらあたしはどうしたらいいのよ!それを教えてよ!

助けてよ!誰か…あたしを助けてよ!」


泣き叫ぶあたしに、来夢は眼鏡を外して鋭い瞳で見つめる。

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