Blue Moon Part 1
”Recipe
ドライジン 30ml
バイオレットリキュール 15ml
レモンジュース 15ml
レモンピール 適量
シェーカーに氷とジン、バイオレットリキュール、レモンジュースを入れてシェイク。
グラスに注ぎレモンピールを絞って飾る。
「叶わぬ願い」、「出来ない相談」という意味を持つCocktailでもある”
カランという音が響き、ドアの向こうにはバーカウンターがあった。
『いらっしませ、ようこそ『BAR Pousse-Cafe』へ』
カウンターの向こうから、声がする。
黒いベストに蝶ネクタイ、白いワイシャツを着たバーテンダーがいた。
銀色の髪の毛に、蒼い瞳...外人さんかと思ったが、日本語が流暢だ。
「あ、あの…ここって、新宿の歌舞伎町のゴールデン街…ですよね?」
『いえ、違いますよ?ここは『Pousse-Cafe』…幾重にも色彩が重なった世界です』
会話になっていない。色彩が重なった世界?どう言う事だろう?
「でも、あたしはさっきまで新宿の歌舞伎町のゴールデン街を歩いていたんですけど…」
『その様ですね…もしかして『何かに悩んでいる』状況ですかね?今の貴女からは「色彩」が見えないので...』
迷う?「色彩」が見えない?占いでもしてるのだろうか…入る店を間違えたのだろうか。そう思っていると
『貴女には、本来「持っているべき色彩」があるはずです。
しかし、それすら見えない…「Monochromeの迷宮」に入り込んでしまった。
せっかくですから貴女の「色彩」を取り戻しませんか?』
そう言うと、バーテンダーはカウンターの席を勧めてくれた。
あたしはバーテンダーが勧めるままに、リュックとサックスの入ったケースを横において席につく。
「あの、「色彩が見えない」ってオーラか何かですか?」
『いいえ、違います。貴女が「本来持っている色彩」です。残念ながら、今はMonochromeの状況ですが…』
Monochrome…白と黒の世界って事かな? 色がない。それってどう言う事なんだろう?
「Monochrome、ですか。 でもあたしには色は分からないですよ。
だって...私「第一色覚」を持ってますから…」
そう、私は「第一色覚」という障碍を持っていた。
単色は分かるのだが、中間色は分からない「遺伝性の目の障碍」
『色覚の問題ではありません。そうですね…簡単に言えば「まだ塗られていない塗り絵」みたいな状況でしょうか。もしくは「白黒写真」を見ている感じといえばわかりますか?』
「塗られていない塗り絵」…確かに白と黒だけだ。「白黒写真」確かに色がない。
それと「私の持っている色彩」とは何の関係があるのだろうか?
そう思っていると、バーテンダーはシェーカーを片手に取った。
『さて、貴女の失った「色彩」を一緒に取り戻しましょう…』
そう言うと氷を入れ、何種類かの液体を入れる。
シェーカーの蓋を閉めると、シェーカーを振り出した。
小刻みなRhythmが心地良く聞こえる。
カクテルグラスに、シェーカーから液体が注がれた。
薄紫色のCocktailだ。最後にレモンピールを絞って、あたしの前に
コースターを出し、カクテルグラスを差し出した。
『お待たせいたしました。「Blue Moon」です』
ちょっと待って…あたしは確かに花園神社から「Blue Moon」を飲みたくて
ゴールデン街を彷徨っていた。でも、このバーテンダーには何も言っていない…
「あ、あの…どうして「Blue Moon」をあたしに?」
『今の貴女は、何か思い詰めていらっしゃいます。
しかもそれは「出来ない相談事」なのではありませんか?
ですから、貴女に必要なのはこの「Blue Moon」なのです』
すべて見透かされている…どうして?何でわかるの?
困惑しているあたしに、バーテンダーは言葉を続けた。
『今の貴女には、どうしても「叶わない願い」がある。
それを抱えたまま他の事をしても上手く行く事はありません。
でも「叶わない願い」を誰かに相談する事すら出来ない。それがどんなに仲の良い親族であっても…
だから貴女は1ヶ月に2回目の満月「Blue Moon」に願いを託したいのでしょう?
それが「Monochromeの迷宮に入り込んでしまって、自分の色彩を失った貴女」なのです』
目の前に出された「Blue Moon」
「叶わぬ願い」や「出来ない相談」…このCocktailの意味だ。
あたしの今の状況を、このCocktailが打破してくれるのだろうか?
そう思いつつ、グラスを持とうとすると…
『少し待ってください。このCocktailを上から見ると「月」が見えますよ?』
Cocktailに月?どう言う事だろう…そう思いながらそっとグラスを上から見ると、中に照明が映る。そう、それはまるで「月」の様だった。
「あ…本当だ。「月」、見えますね。」
『でしょ?ではどうぞ。お飲みください』
Winkをしながら微笑むバーテンダーの言葉通り、
あたしはグラスを手に取って、ゆっくりと薄紫のCocktailを口に含んだ。
ジンの香りにバイオレットリキュールの香り、そしてレモンジュースのさっぱりとした口当たり。
こんなに美味しいCocktailを飲んだのは久しぶりだ。
半分位飲んだ所で手を止め、目を閉じると、Cobalt Blueの空に浮かぶ銀色の満月が見えた。
「美味しい…」
『気に行っていただけて光栄です。ところで…Cobalt Blueの空に浮かんだ銀色の月に、願い事は出来ましたか?』
願い事?そう言えば何もしてない。
って言うか、どうしてあたしが見た月を知っているのだろうか?
「いえ…まだ何も。でも、どうしてあたしが今見た月を知ってるんですか?」
『私には、貴女の「色彩」が見えますから…まだCocktailは残っています。
残りのCocktailで見えた月に願い事をしてみてはいかがですか?』
その言葉に頷くと、あたしは残りのCocktailを口に含んで、目を閉じる。
銀色の月は、まだその場にあった。
どんなに叶わない願いでも良い。今願う事は全部お願いしないと…
願い事を思い浮かべると、銀色の月が薄紫に染まった気がした。
ゆっくりと目を開けると、バーテンダーが微笑んでいた。
『貴女の願い、Artemisは聞き届けてくれたと思いますよ。
貴女の「色彩」も見つかったようですね…
地平線に沈んだ夕日の名残のOrangeと、白い三日月が銀色に染まるCobalt Blueの空のGradation…
それが「貴女の本来の色彩」とは。珍しいですね。
普通の人は1色しかない事が多いのに、貴女にはたくさんの「色」がある。
それにあの言葉...さては「選ばれた人」ですね?』
「選ばれた人」?「あの言葉」?また不思議な事言うなぁ…
クラスをカウンターに置きながら、そんな事を思う。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。ところで「選ばれた人」って、どう言う事ですか?」
『貴女の「色彩」の中にある言葉が見えました。「風の色を聴いて、風の音を視なさい」と…過去にGipsyの方が紡いだ言葉の様ですが、何か心当たりは?』
「その言葉…はっきりとは分からないんですが、遠い昔にタロットカードを操るおばあさんに言われた気がするんです。確かに貴方の言うようにGipsyの方だったかと。
でも、最近の記憶ではなくて。頭の片隅にその言葉だけが残されているんです。時々引っかかってて…でも、それが何か?」
変な事言ったかなぁ…と思ってバーテンダーを見ると
彼は微笑みながら頷いて、銀の鍵の付いたネックレスをカウンターの上においた。
『やはりそうでしたか。その言葉は「選ばれた人」にだけ言われる「言霊」です。
貴女が突然「Monochromeの迷宮」に入ったのも、そのせいではないかと…
貴女は「招かれる客」という感じですね、このBARに。
この鍵はそう言った「選ばれた人」だけが持つ事を許される鍵です。
「Monochromeの迷宮」に入らなくとも、貴女が来たい時に、この鍵に願いを込めて握りしめて下さい。
そうすれば、私は何時でも何処でも、この『BAR Pousse-Cafe』を開けましょう…』
「え…そんな簡単にここに来れるって…良いんですか?」
『ええ。勿論です。貴女は「選ばれた人」なのですから…時に、貴女は金属アレルギーはありませんよね?金属アレルギーがあったらサックスは演奏できませんから…』
「あ、ないです。生牡蠣はありますけど」
『おや、これは大変。次から来ていただく時のおつまみから「牡蠣」は外しましょう。』
「あ、ありがとうございます。Master…」
『Masterはやめて下さい。そう言えばまだ名前を名乗っていませんでしたね。
改めまして、私は『BAR Pousse-Cafe』のバーテンダー、「来人(らいと)」です。
以後お見知りおきを…』
「はい、来人さん。私は「凜音(りんね)」です。
これからよろしくお願いします」
『凛音さん…「輪廻」と同じ読み方ですね。やはり何か縁がある様です。』
「来人(らいと)」さんか…そう言うとネックレスを受け取り、身に着けてみる。
Antiqueの鍵はSilverで出来ており、チェーンもSilverだ。
これで何時でもここに来れる…そう思うと大事にしないといけないと思った。
鍵の裏を見ると「Rinne」と彫られていた。いつの間にこんな細工がされたんだろう?来人さんは魔法使いなのだろうか?
そんな事を思っているうちに、ある疑問を思い出した。
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