Pousse-Cafe
刹那(せつな)
路地裏に現れた「BAR」~Open~
「貴女には、才能がないのよ…諦めなさい」
そう言われてショックを受けた。
あれだけ頑張ったのに、その一言で、音楽が嫌いになりそうだ。
愛用のソプラノサックスを手にもち、コールマンのリュックを背負って
新宿の歌舞伎町の辺りをふらついて、気が付くと大きな神社に出逢った。
『花園神社』と書かれた場所の鳥居をくぐると、本殿に行く手前に小さな石の鳥居があった。
『芸能浅間神社』と書かれた場所…藤恵子の歌碑がその中にあるのを見つけた。
「芸事の神様か。また次のオーディション受けたいからお詣りするかなぁ…」
柄杓に手水を1杯すくい、左手、右手、そして口を漱ぎ、残った水で柄杓を清める。
寺社仏閣の作法は心得ている。賽銭箱にお賽銭を入れ、2礼して2拍手。
「今日はだめだったけど、次はうまく行きますように...見護ってくださいませ」
そう願うと1礼して、その場を離れる。次は本殿へのお詣りだ。
同じ様に柄杓で手と口を清め、本殿でもお賽銭をいれ、2礼2拍手、願い事をして1礼。本殿の階段を降りると、目の前に白梅が見えた。
「綺麗だなぁ…この白梅」
そう思った次の瞬間、携帯で写真を撮り、インスタグラムにあげていた。
そして、白梅の傍に座り込んで考える。
「あたしって本当に音楽、向いてないのかな?」
カラオケでは1人で60曲以上歌うし、もともとピアノをやっていたからある程度の音階は理解できる。幼稚園の時のピアノの先生は親に
『お子さん「絶対音感」があるみたいですから、ピアノよりもバイオリンかフルートを習わせた方がいいと思うのですが…』
そう言ったらしい。今やっているソプラノサックスも、まだ始めたばかりだった。
ただ、普通は1ヶ月以上かかってならせるマウスピースを、あたしは中学の仮入部で1回で鳴らす事ができた。
「すごい!ぜひうちの部活に入ってよ!」
先輩にそう言われたが、体育会系並みの動きについていけないと判断してその時は諦めていた。大人になって「何か楽器がしたい」そう思って、ソプラノサックスを始めたのが5年前。でも、当時すぐに挫折した。もう一度練習を始めたのは、つい2か月前のことだ。
B♭メジャーならリコーダーの様に抑える指は簡単だからすぐに吹ける様になった。
でも、急に♯や♭が入るとまだ運指が付いて行かないから出来なくて…
結局今日は無様な姿を見せる事になってしまった。
「これからどうしよう…」
座り込んで考える。
音楽から完全に手を引くか、それとも続けるか…迷いながらスマホを見つめる。
電話帳の画面に叔父貴の電話番号があった。それを見て、躊躇う事もなく叔父貴に電話をした。
「もしもし、あたし」
『おう、元気か?』
「元気だよ。って言うかそっち雪すごいらしいね…」
『まあな。そうじゃないと函館じゃないだろうよ』
叔父貴は函館に住んでいる。
10年以上も前に亡くなった祖母の家に住んでいるのだ。
「そうだけどさ…相変わらず仏壇にお水供えないのね。お酒は供えた形跡があるみたいだけど…」
『酒はな。水は凍るからだめだ』
「だからご飯も供えないと…」
『俺、ご飯炊かねぇもん。リンゴとかバナナはあげてるぞ?』
「後で自分が食べるんでしょ、どうせ…」
『おうよ。分かってるじゃんか。さすがだねぇ…』
電話で仏壇の供え物を注意をしているが、あたしは昔から話をしていると相手の部屋の中とかが、何となく視えてしまう。
本来ならそんな事は出来ないはずなのに、あたしにはなぜか視えるのだ。
仏壇の注意をしながら、叔父貴との他愛もない会話が続く。
この会話が、あたしにとっては落ち着くのだ。
叔父貴は甥や姪を「弟や妹のようなもの」という感覚で接してくれる。
だから、あたしも叔父貴の事はあだ名で呼び、タメ口で話す。
『で、何かあったんだろ?こんな時間に電話してくるって事は…』
「うん。実はね…オーディション落ちたわ」
『そっか…ってまだやってるのか?いい加減諦めたらどうだよ』
「諦められないのがあたしの特徴だからね」
『今日は何のオーディション?』
「ソプラノサックス。最近やっと音が出る様になったんだ」
『お前がサックス?出来るのか?』
「できるよ…中学の時にブラスバンドに入れって散々言われたもの。仮入部で1発でマウスピース鳴らしたんだもん。まあ、曲が簡単すぎる曲だったし、音程が出来るようになって2ヶ月だからねぇ…」
『いや、それでオーディションはあまりにも急だな…』
「まあね…特攻して玉砕したわ」
『これからはどうするんだ?』
「そうだね...知り合いに音楽事務所やってる人がいるからその人と1度話するかな…」
『なんだかなぁ…ま、お前なら成功するじゃねぇの?って言うか今どこにいるんだよ』
「今?新宿の花園神社。白梅が綺麗だよ」
『10時過ぎてるんだから、さっさと家に帰れよ。さすがに東京だってまだ寒いだろうよ。この間も雪で電車止まるとか…大都市は雪国に比べて脆いねぇ』
「それ、言われても反論できないじゃんか」
『まあ、まだ寒いんだから風邪ひくなよ』
そんな話をして電話を切る。2時間近く話をしていたようだ。空を見上げると、月が夜空を照らしていた。
「今月は、もう一回満月見れるんだっけ。確か『Blue Moon』あったはず…」
スマホの画面から月齢が解るアプリを見ると3日後に『Blue Moon』と出ていた。
あと3日で『Blue Moon』か。何処で見ようかなぁ…
そう思ったと同時に『Blue Moon』というCocktailがあるのを思い出した。
「『Blue Moon』が飲みたくなったな。何処かのBARにでも行こうかな」
そう言うと立ち上がり、白梅と別れを告げて歌舞伎町のゴールデン街に向かって歩いていた。
歌舞伎町にあるゴールデン街は、細い路地が何本も繋がって出来た場所。
小さな飲み屋やBARが犇めき合っている。
「夜間飛行」に「十六夜」などと言った看板を眺めながら、路地を歩く。
路地も終わりを告げようとした瞬間、急に眩暈がして、あたしはその場に座り込んでしまった。
「持病のメニエールの発作かな?薬はちゃんと飲んでいるのに…」
そう思いながらゆっくりと目を開けて立ち上がると、目の前に見慣れない看板が見えた。
『BAR Pousse-Cafe』という文字と、1つのグラスに7色の層が見えるCocktailの看板…
よく歌舞伎町には来るが、こんなBARは見た事がない。
来た道を振り返ると、何故かそこにあったBARが並んだ路地は消えていた。
「なにこれ…どう言う事?」
そう思いながら、目の前のBARの扉に触れる。
重厚な扉の感触に「これは本当に存在するんだ…」と感じさせられてしまう。
色々と悩んでいたが、覚悟を決めてその扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます