死ヲ見ツメル獣
遠くから誰かの声が聞こえる。それは
体から力が抜け、
多分これが
眠りと死がゆっくりと地続きになり、ボクが
世界が遠ざかって、
……全てが、
……消え、る……。
布団を
思わず身体を
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」
頭を
「大丈夫、大丈夫です」
そばにいたクスィが言い聞かせるみたいに繰り返し、同時に照明が
差し出された
薬がなければ
薬が効力を
肉体に作用する薬品が心を落ち着かせるのなら、それは心の
ボクの様子を見て
「ボクは駄目な人間だ。結局君を不完全な状態で仕上げ、この世界
それは
「いいんですよ。人は
クスィはボクの心を
きっと死を見つめる事のできる人間が、それでもなお命を
生きているという
それは
「その全てにあなたは強い罪悪感を
続けられた言葉に胸が
「……そう、か」
「そうですよ」
「では散歩にでも行きましょう。今のあなたは眠りたくないでしょうから……」
◆◆◆
クスィに
そこからぼんやり月を眺めていると、クスィがサイダーの
受け取った
「もう一杯、お飲みになりますか?」
そう聞いたクスィの声に答えず。空になった
「……一つだけ聞いてもいいかな」
「なんでしょう?」
クスィはすぐに返事をくれた。それでもボクはまだ迷っていた。聞けば答えは与えられるだろう。けれどそれは
クスィは途切れてしまったボクの言葉を
「……クスィ……君は、……本当は何なんだ?」
迷いながら発した声は酷く
さっきまで
「……どうしても、知りたいですか?」
返されたのは、
「それを聞いてしまっても後悔しませんか?」
再び降りる沈黙。全てはボクの答えに
「……ボクは……知っておきたい」
「分かりました」
クスィが持っていたサイダーの
窓から差し込む月明りがクスィの
恐れから硬直したボクの前でクスィは手を動かし、自らの胸にあてた。
「僕のことを忘れてしまった
今までとは違う口調に記憶が一瞬で
「……オク、ルス?」
「ええ、そう、そうですよ」
「正確に言えば、今ここにいる私はオクルスから伸びた
まるで意味が分からない。クスィは彼が操作している
「つまり君は、オクルスが作った
「いいえ、それは違います。そもそもオクルスは人間ではありませんから」
「人間じゃ無い?」
問いかけは、ただの繰り返しみたいになった。
「ええ、貴方の信号は月に反射していたのではなく、月そのものに届いていたのです、オクルスと名乗った私はそこから返信を送っていました。オクルスの根本は月、それ自体に
視線が上空に見えている
「
「あれは嘘ですよ。けれど、別に悪気があった
「
「そうです。人類が滅びかけたあの戦争ですよ」
あの戦争と言われてもボクにとっては体験したわけでは無い歴史上の記録に過ぎない。そんなボクの前で、彼女の背面の
「大戦以前、世界は二分されていました」
地図が、一瞬で
「それぞれの陣営を率いる大国は、直接戦争こそ避けようとしていましたが、代理戦争は発生していましたし、血の流れない形での闘争も行われていました。その
世界地図が、光を放ちながら、空へ向かって真っすぐに飛んでいくロケットの映像へと変わり、それから小さな人工探査機がいくつも表示された。
「宇宙開発競争におけるもっとも単純な勝利条件は先に
「いや、でも月には行けない。行けるはずがない」
「月への
常識を
「両陣営の探査機には形こそ
「
「当時の先端技術。その
「その
そして月をまるごと作り変える
それがオクルスであり私なのです。言葉としては私達と言った方が近いですが、無数に存在する私はそれでいて同一である
打ち明けられた全てをそのまま信じるならば、ある意味においてこの惑星に生命が誕生し、人類に
「さて、
そんな時、この惑星からの電波を受信しました。通信者は此方のことを知らないようでしたので、それは此方に向けられた通信では無く惑星外の
そこまで言われて全てが理解できたような気がした。
「その失敗した通信が、じいちゃんが最後に受け取った通信で、対応できるように作った後の通信が、ボクがやりとりしていた通信なのか」
「ええ」
「
「それは当時のあなたが自分の事をボクと言っていたからです。もともと私に性別はありません。なので私は
「それならもしもボクが少年として君を作ったなら」
「私は少年となっていました」
「クスィ……いや、オクルスか」
どう呼べばいいか分からなかった。目の前に居るクスィはボクが与えた形によってそうなったのであって、本当はオクルスで、けれどオクルスには性別が無い。女性としてのクスィと男性だと思っていたオクルス。記憶からボクの意識は二つの
「そう難しく考える必要はありません。今の私はクスィです。あなたが形を与え、そう名付けた。それでもうまく処理できないのなら、オクルスの娘だとでも考えてくれればいいのですよ」
そう言われて、とりあえずそれをそのまま受け入れる事にした。
「あの時オクルスは時間が無いと言って、それから通信ができなくなった」
「ええ、だからあなたは、オクルスは人間で、死んでしまったのだと思った」
それに
「あの頃は人類の技術が進歩した事により、あなたとの通信を
「そうか、そうだろうね」
月に落とされた彼女の始まりは、兵器利用という目的だった。
「ひとつだけ勘違いしないで
クスィが
「どうして今まで、教えてくれなかった?」
「それがあなたにとっての
「……ああ」
クスィの言うようにボクは恐れていた。奇跡だと思っていたそれが誰かの仕組んだ
「後悔していますか?」
不安そうに問われて、ボクは笑ってしまった。
「いや……」
全てを知っても、不思議と
そんな中で、どうしていいか分からなくなって、あの機械に
ボクは彼女に救われたのだ。それが不完全なものであったとしても確かに
「君は、人類が
人がずっと探し求めた空想上の存在。自らを救ってくれる都合のいいモノ。
「伸ばした手を
クスィはボクが思っていたよりもずっと奇跡的な存在だった。ボクの反応に
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