通信士ノ記録
ヘッドホンを
並んだ
‐hello、hello
‐
そこまで打ち込んで手を止めた。椅子を深く倒し、古代の
雲一つない空には
「馬鹿だろ、じいちゃん」
届かないと知りながら
じいちゃんが最後に通信していたのと同じ時期、同じ時間に
けれど、そう思いながらも通信を
じいちゃんが最後にした
‐いつか、これを読んでくれるかもしれない。
そう始められた文章の下には‐
‐あの日の空気は冬の匂いがしていた。空には私の心とは
踏み出す一歩で世界が壊れてしまえばいいと強く踏みしめても、怒りは気を抜けば
単純な裏切り。いや私が信じていただけで向こうにとってみれば初めから私との関係など存在しなかったのだろう。
学校を選んだのは、当て付けだった。それが私にできるささやかな
昼間に開けておいた窓から中に入った。
鍵をもとに戻すと扉は
全てを壊しつくす
それに反応した人影が顔を上げてこちらを見た。
彼が何も言わず、私を無視したから、私は怒りを思い返し、決行するのだと近くの手すりへ向かった。
触れた手すりは
「もし飛び降りようとしてるなら、
「……遺書を持ってる」
私は驚いてしまった心を
「ああ、そうか。でもそれでどうなるっていうんだ。君が此処で飛び降りたなら、此処は事件現場になって、きっと僕は証言をしなくちゃいけなくなる」
「そんなの、此処に居た事を黙ってればいいでしょ」
「それで僕が此処にいた事が分かれば、こんな時間に此処にいた
そんな事を言う彼に対して私は怒りを覚えて「自分の事しか考えてないんだね」と
「君だって今まさにそうだろ。他に何があるっていうんだ。誰だって自分の事以外どうでもいいんだよ。それともまさか止めるべきだとでも?見ず知らずの君を
まったくその通りだと思いながら、それでも言い返した。
「じゃあ帰れば?その後で死んであげるから」
「嫌だ。先にいたのは僕で僕は前から此処を使ってる」
「此処はあなたの所有地じゃない」
「君のでもないだろ」
そこまで言葉を投げ合って解ったのは、彼は
「とにかく此処で死ぬのは
強い口調でそう言われてついに私は言い返せなくなった。けれど今にして思えば、私が本気だったなら彼が止める間もなく目的を果たせていただろう。だからそうしなかったのは、きっと本当はそうしたくなかったからなのだ。
ただその時はそんな事に思い
死のうと思って出てきたから
「巻いてろ、そのほうが少しだけ静かだ」
上着も
それから私は寒さに
「此処で何してるの?」
「……宇宙からの信号を待ってる」
何も返ってこないと思った沈黙の後で、そっけなく返事があった。だから、続けて聞いた。
「そんな小さな通信機で宇宙に向けて信号が送れるの?」
「送れない」
「じゃあ、受信だけ出来るんだ」
「できない」
彼の言葉を何回か頭の中で
「……何してるの?」
まったく意味が分からなかった。つまり彼は、役に立たない通信機を持って望遠鏡を
「あの星は?」
「知らない」
私が
「ああ、そう、じゃあどれがオリオン座?北極星は?」
「教科書か何かで探してくれ」
「そんなの持ってない」
「じゃあ、見つけるのは不可能だ」
「……それで何見てるの?」
まともな答えは返ってこないだろうと思いながら一応
「地球外の
そんな事も知らないのかというように言われたけれど、星の一つも知らないで望遠鏡を持っていても何の説得力も無い気がした。
私が
「あ、えっと、結局此処で何してるの?」
彼は望遠鏡から顔を離して空を見上げ、それから数秒沈黙した後でこっちを向いた。
「この通信機では基本的に宇宙からの信号を受信できない。現在考えられているようなそれらの信号を受信するにはもっと巨大な受信装置がいる。それは、宇宙からの信号が、人類が過去にそうしたように、おおよその見当で発信されたものか、別の目的で発進された信号が
「つまり、宇宙に住んでる
彼は
「それに
「もしそうなったら、どうするの?」
「……何処かへ連れて行ってもらう。ここじゃない何処かへ」
結局彼は夜が明けるまで動かなかったから、その日、私は
その日の夜も死のうと思って
いつしかそれが
そんな日が何故だかずっと続くような気がしていた。けれどある日、空を
彼がいたから死ねなかったのだから、彼がいないなら死ねるのだ。やっと目的が達成されるというのに何故だか足は重かった。
望遠鏡と通信機は持たずに
「今日は星なんて見えないのに……」
彼が何も言わなかったから、私が口を開いた。
「どうせ、通信なんて届きはしないんだ。……ただ、今日此処へ来なければ、君が……死んでしまうのではないかと思ったから」
そんな事の
「私はあなたにとってノイズだった
自分でそれに気付いて
「違う。確かに、君はノイズだった。けれどそれがない世界をもう想像できなくなってしまった。君を救う言葉も
そんな事を彼が言ったから、
彼が
記録にはその
そして二人は山奥の
時が流れ、
まだ二人が生きていた頃、深夜に
「……届いた?」
ボクにそう聞いたあの時のばあちゃんは、きっと
「戻ろう」と差し出した手に向けて伸ばされた指は枯れ枝のように細く
「そう、じゃあ、また明日ね」
そう言って、嬉しそうに
けれど、だからといってどうにもならなかった。
ばあちゃんの身体に、
それが繰り返される日々の中で、じいちゃんは信号を探し続けた。まるで返信さえあれば、それを聞かせられれば、ばあちゃんを元に戻せると信じているみたいに、ばあちゃんが死んでもじいちゃんは止めなかった。手段だったそれが、いつの間にか目的になっていたのかもしれない。それは狂気だったのだろうか、それとも正気だったのだろうか。それを聞く事はもうできない。
思い出に
‐Aello、Aellow
計器類が信号の受信を示し、ボクは息をするのも忘れ、
◆◆◆
「それで、どうなったのです?」
久しぶりに電源を入れた通信機の椅子に座り、昔話をしていたボクへ向かってクスィが聞く。
「残念ながら、彼は外宇宙の
「それは……」
「そうだ、ボクも最初はありえないと思った。この惑星の最も近くにあって、
じいちゃんが最後に
此処ができた時に持ち込んだ通信機に繋がるアンテナは、あの時と同じになるよう調整してある。だが、結局、何度
‐残念だけれど僕にはもう時間が無い。これが最後の通信になるだろう。君に僕の全てを、けれど、それをどう使うかは君に
「それから彼が何をどうやったのかは分からないが、ボクのところにソムニウム・ドライブを初めとするあらゆる構想と設計図、それを実行するために必要な巨額の資金が送られてきた。そこから
全て話し終えてボクは通信機の電源を落とした。暗くなっていく画面に
「いつだって人は
確かに言葉を
残ったのは
誰もが一世紀もすれば消えてしまう。そんな人の作り出す
いつか再会できるかもしれないなんていうのは望み以上の何かではないと誰もが解っている
「幼い
「私はあなたを置いて居なくなったりはしませんよ」
そう言ったクスィの手はひんやりと柔らかい、いつもと同じ感触がした。
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