心在ル機械
古いピアノの
最後の音が
車椅子を動かし、机の上に用意してあった金属のトレーを持って、ボクがいるベッドまで運んでくる。
トレーの上には水の入ったコップと袋に入った
眠る為には薬が必要で、
技術が
「今日も、素晴らしい演奏だったよ」
心から思った事を
「本当にそうでしょうか?」
今まで無かった言葉に疑問を
「うん?どうして?」
「良い演奏には心が必要だと聞きました。私には心が有りませんから」
ボクの知らないうちに、何処かでそんな情報に
「心、心か……クスィはそれが欲しいのかな?」
「それであなたが今よりも、喜んでくれるのなら」
そう言ってくれたことが
「じゃあ、クスィは心とは何だと思う?」
「生物だけに
「そうだね、人が考える解析不能で
ボクがそう告げるとクスィは首を
「どういう意味です?」
「心というものは
「けれど、人はそれで
「言わないだろう。人は心という
「では、やはり私には心はありません」
クスィが導き出した結論を聞き流して続ける。
「けれど一方で人は人以外のものにも心が存在すると考えている。人によってその
脳が生み出す反応がある点を超えた瞬間、観察者はそこに心の存在を意識するんだ。だから自分以外の心というものは対象自体では無く受け手の認識が発生させている。世界に確実に存在すると言えるのは自己の
「そうです。あなたの様子を見て選曲し反応を見て演奏を調整しています」
やはりそうかと思った。クスィの演奏はいつも
「クスィ、それはもう機械を、いや、もしかしたら人間さえも超えている。君がしている事が、ボクの感情を動かしてしまっている。いうなれば、君は心のある演奏を実現できてしまっているんだ。それはもう言われなければ本物と区別がつかない」
機械ゆえの
「あの絵と同じように?」
夫人に問いかけた絵の事が浮かび、
「そうだ。きっとどこまでいっても人形に心はないと人は言うだろうけれど、人形だと
区別がつかないならそこに意味は無いと
「ボクは君に心の存在を感じている。だから君には心があるんだ」
「それは
「そうかもしれない。君にとっては何処まで行ってもそうなのだろう。でもボクは君に心があると感じ、愛されていると感じ、そして君を……愛している」
「あなたは私を……愛しているのですか?」
「ああ、そうだよ」
その
「それは間違っています。愛とは心を持つ人間の
クスィは
「それでもいいんだ。ボクだって愛なんて理解できていない。けれど、どうしようもなく君に
「抱きしめます」
反論を待たず続けた問いに、一瞬も迷う事なくクスィは答えた。
「
「はい」
「どうして?」
「あなたが私を傷つける事と抱きしめられる事を望んでいるからです」
想像していた通りの答えに
「そうだ。きっと君はそうしてしまう。逃げる事はおろか悲鳴すら上げず、
「そうです」
クスィの同意に、笑いだしてしまいそうだった。
「そう、その一点によってのみ君はボクを優先する。資産や容姿、思考に思い出、人が人を愛する為に必要とする要素の何一つとして君は必要としない。ボクが何をしても、何を失っても、君はそばに居てくれる。それはまさに人の
興奮を隠せなくなったボクとは対照的にクスィの表情は
「それは正しい事でしょうか?」
口にされた言葉は、まるでクスィが自分自身を否定したがっているようにも聞こえた。
「何が正しいかなんて誰にも決められない。そんなものは個人の勝手な判断に過ぎない」
「そうかもしれません。けれど、偽物だと解りきっているものは、何処まで行っても本物にはなり得ません。例えそれが本物を超えているように見えたとしても」
言葉を返そうと開きかけた口を閉じた。何かを続ける事はできただろう。だが目的は彼女を言い負かすことでは無い。だから違う言葉を探す。
「だとしてもそれを選ばせてくれないか、ボクは人を愛する事ができない」
「
此方をじっと見つめる深く
「人は
あの時口にした愛しているという言葉は
回された腕、触れた肌から
「結局、
人を神の似姿とするのなら、人の完璧な似姿でありながら人のような
変わる事の無い綺麗な体と、存在を感じさせながらも無いのかもしれない、人のものとは違う
「それに、例え君に心が存在しなくても、ボクは君と言葉を
クスィの
口にした言葉が否定される事はないと確信しながらも、それでも不安になったボクを見てクスィは
「仕方がないですね。とりあえず今はそれでいいという事にしておきましょう」
「……さあ、もう眠らなくては、私の
「まだ眠りたくないんだ。もう一曲何か
「駄目です。本当はさきほどの演奏が終わったらお薬を飲んで、おやすみになる約束でした」
「そんな顔をしても無駄ですよ。あなたはいつもどうにかして夜更かししようとしますからね」
突き放すような言葉とは違って、その顔は穏やかで、もしかしたらクスィは、眠りたくないボクの
「目を覚ますまで、ここにいますから」
思考の
気恥ずかしさと共に何も言えなくなって、仕方がないから袋から取り出した
空になったコップを返すと満足そうに
手を伸ばして
「おやすみなさい」
その
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