　核（かく）に損傷（そんしょう）を与えた感覚。既（すで）に柄（え）から伝（つた）わる以外の感覚が薄（うす）れている。安堵（あんど）と共に急速（きゅうそく）に力が失われていくのが分かる。

　完全に破壊できたかどうかは分からないが、十分に力は削（そ）げただろう。もう狙撃を防ぐだけの防壁は展開できない筈（はず）だ。俺の役目は終わった。

　穢（けが）れが身体から剥（は）がれ落ちていく、じきに元の姿に戻るだろう。結局（けっきょく）博士が想定していたような事は起こらなかった。自分の考えが杞憂（きゆう）だったことを知ったら博士はどんな顔をするだろうか、それを考えて懐かしさに浸（ひた）る。

　もう、力の尽きかけた身体は人形に突き刺した刀身によって支えられていて、人形が倒れれば一緒に崩れ落ちるしかない。それできっと終わりだ。

「‐……なと、くなと、久那戸（くなと）！‐」

　個人通信から紫依華（しいか）の声が聞こえた。穢（けが）れが薄（うす）れて回復した通信を鴟梟（しきょう）が繋いだらしい。何度も俺の名を呼ぶその声に、もう何も返せはしないが、少なくとも守る事は出来た。悪くない。俺の最後にしては、出来すぎているぐらいだ。心の中で詫（わ）びて、閉じてゆく瞼（まぶた）に全てを委（ゆだ）ねる。

「‐……兄（にい）さん！‐」

　耳が捉（とら）えた懐かしい呼びかけに、消えようとしていた意識が覚醒（かくせい）した。赤く染まった空、口にした約束。強がった言葉と服を濡（ぬ）らした涙の温もり。

　崩れようとしていた身体を強引に動かして一歩踏み出す。

「あぁああああああああああああああ」

　叫びながら残っていた力を振り絞（しぼ）り漆黒（しっこく）に戻っていた刀身を押し込んだ。根元まで刺さった感触と同時に身体を返し、上方へ振り抜く、穢（けが）れが形作（かたちづく）っていた左腕（ひだりうで）が耐えきれずに崩壊。人形から噴き出した循環液（じゅんかんえき）が身体を濡（ぬ）らした。

　核（かく）の上部から首を伝（つた）って頭部を割（わ）った筈（はず）だ。それを確認する余力（よりょく）はない。振り抜いた刀身をクチナワに突き立てて何とか転倒を防（ふせ）ぐ。

　息は上がっていて体中が軋（きし）む。だが生きていた。紫依華（しいか）が兄（にい）さんなどと呼んだからだ。名前を呼ばれただけだったなら目を閉じていただろう。いつか言われた対等な存在であるならそれでよかった。けれど兄（にい）さんと呼ばれたからにはそういう訳にもいかない。

　未（いま）だ俺を呼び続けている紫依華（しいか）の声に返事をしようと息を整（ととの）えながら顔を上げると、漂（ただよ）っていた穢（けが）れが黒（くろ）い雨となって降り始めた中を、羽を広げた巨大な烏（からす）のような漆黒（しっこく）の有人機が三本の着陸脚（ちゃくりくきゃく）を伸ばしながら降下してくるのが見えた。