第29話 英雄⑤

 クスィが放った巨大なやりがクチナワの表面に突き立つと、同時に膨大ぼうだいくろ水柱みずばしらが上がった。波濤はとうとなったそれがせまる。

 無駄だとさとりながら手をかざして目をつむった。瞬間、身体が強く引かれ重力にさからう感覚。

 目を開けるとクスィの顔が見えた。僕を抱き上げてんだクスィがこっちを見て安心させるように微笑ほほえむ。

 クスィは波の間隙かんげきを抜け、ななめに突き立った巨大なやり。その石突いしづきの上に着地した。

 見ればやりは深くクチナワに刺さっていて、そこから噴き出した黒い液体が荒れ狂っている。

 恐怖は安堵へと変わり、すぐに高揚感こうようかんになった。


「すごい。凄いよクスィ」


 目の前で人が死んだという事を理解しながら笑っていた。自分がこの光景を生み出したような錯覚さっかくすさまじい万能感。

 僕達は勝ったのだ。くろい波の飛沫しぶきびながら僕は笑い続けた。

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