第19話 刀鬼④

 人形が虚舟うつろぶねの側面をって跳躍ちょうやくかまえたつるぎが振り下されたやいばとぶつかる。初めて同胞どうほうと抱き合った刀身が歓喜するかのように絶叫ぜっきょう

 強引に受け流し、すかさず返したやいばは人形の太刀たちに受け止められた。再び抱擁ほうようした刀身がふるえる。


〘‐なんだこの人形は‐〙


 ろくな答えなど返ってこないだろうと思いながら個別通信で叫ぶ。み合っている刀身がきしみ。鍔迫つばぜいにおうじた人形の頭部が近づく、装甲の奥でかがや硝子眼がらすがんがじっと此方を見た。


〘‐神祇院じんぎいんの記録に無く、葛城かつらぎ託宣たくせんできていません。よって当該とうがい人形をこれよりおに呼称こしょうします‐〙


 言うに事欠いて鬼とは……。


〘‐つまり正体不明だと?‐〙


〘‐そうなります。葛城かつらぎ託宣たくせんが得られなかった事によりおに葛城かつらぎを含む三機全ての託宣たくせん対象となり、同時に回収目標に設定されました。内部にたての追展開ができ次第しだい誘導矢による拘束をこころみます。そのまま時間をかせいでください‐〙


「簡単に言ってくれる」


 実際に悪態あくたいいて、一気に力を込める。押しやって離れるのと同時に切り返した互いの刃がぶつかり合っていた。瞬時しゅんじに引いてはしらせたくろ斬光ざんこう幾度いくどかさなり合う。

 超強度を誇る同等の刀であるが故に起きている動的な膠着こうちゃく。その果てで人形の胸部装甲がれた。両側面がえらのように開く。廃熱。土蜘蛛つちぐもと同程度の体躯たいくでそれをはるかに超える運動性能を有するこいつはそうしなければ恐らく戦闘を継続けいぞくできないのだ。

 生まれるはずすきを狙ったが人形は苦も無くかわした。それどころか反撃に見舞われる。

 身を投げ出すように回避して体勢を整えれば、すでに装甲が閉じていた。わずかなすきすら生じない排熱機構。そんなものは聞いた事も無い。

 仕切りなおすため、後方にんで距離を取る。追撃は無かった。


「そんなものですか?いつわりなく人の技術は後退したようですね」


 追ってこなかった人形が余力を見せつけるように漆黒しっこく太刀たちを広げてみせた。


「お前は、何なんだ」


 そう口にすると、人形は静止したまま首をかしげた。


「私の言葉を聞かずに斬りかかっておいて、今更いまさら問うのですか?」


 問いかけておきながらもっともだと思う。だが人形は非難ひなんめいた事を口にしながらも太刀たちを下ろした。


「ですが、対話が成立するのならそれにした事はありません。私は統治人形とうちにんぎょう御霊みたまです」


 人形が平然へいぜんと俺の問いかけに対して答えた事以上に、その内容に動揺どうようする。


「あり得ない。統治人形とうちにんぎょうは全て破壊された……」


 人が統治人形とうちにんぎょうを全て破壊し、大戦たいせんで勝利したからこそ現在の世界がある。 


「確かに、当時世界に存在していた統治人形とうちにんぎょうは全て破壊されました。けれど、この国は人形都市を破壊できなかった。だから眠っていた予備の統治人形とうちにんぎょうはそのまま残ったのです。そしてそれが目覚めた。故に私が存在します」


 もしも、人形の言葉が正しいとするのなら、御霊みたまという言葉通り、目の前の人形がそのものでないとしても、ずっと眠っていた予備の統治人形とうちにんぎょうなどというものが今になって起動したのだとしたら……想起そうきした最悪に怖気おぞけ立つ。


「それほど恐れる必要はありません。私達は人が望まぬ限り事をかまえるつもりは無いのですから」


 向けられたあお眼差まなざしは俺の心を見透みすかしているようだった。


「大戦を引き起こしておいてよく言う」


「それは誤解です。あの戦争は私達が始めたものではありません」


「それを信じるとでも?今も起動した人形はことごとく人を襲い、殺しているというのに」


「確かに残念ながらそれは現状の事実です。ですがそれもまた私達の意図したものではなく同様に誤解と呼べるものです。現在残っている人の記録は不完全で加えて間違ってもいます。全てお話しいたしましょう。私と戦闘を継続するかどうかはそれから判断しても良いのではありませんか?」


 人形が黙った事で静寂せいじゃくが下りた。それは時間を稼ぐという今の目的からは願ってもない申し出だったが、それをさとられぬよう切っ先を人形に向けたまま、沈黙ちんもくを返す。


「ではまずはあなた方も認識しているだろう歴史から始めましょう。大戦以前。現在よりも優れた技術を持っていた人は、思考回路しこうかいろを作り出しました」


 沈黙を意図通り肯定こうていと受け取ってくれたらしい人形が風で揺れる木々の音を破り、昔話でもするように語り始めた。


「それは私のような自律型の人形を作り出し、巨大な地下都市の建造と管理も可能にした。そのように思考回路しこうかいろは世界を一変させ、人にさらなる繁栄はんえいもたらしましたが、同時に危機感をもいだかせました。そこで当時の世界機構は思考回路しこうかいろの使用と研究開発を条約で制限したのです」


 知っている人の歴史を人形の声がなぞっていく。


「けれどそれは意味をしませんでした。もちいれば優位に立つ事ができると解っている以上、人は手を伸ばします。伸ばすしかないと言った方が正しいでしょう。どれだけ厳守げんしゅすべきだと思っていても、裏切り者が現れる可能性がある限りそうするしかない。

 それが人の限界です。だからそれまで何度も繰り返されたように条約は形骸化けいがいかしました。そして多用され加速度的に発展した思考回路しこうかいろに人はあらゆる問題の解決を求めた。

 けれど人は一つ勘違いをしていました。それは思考回路しこうかいろを完全に制御できていると思っていた事です。当時の世界は現在と同じように電子網でんしもうおおわれ、全ての都市もまたつながっていましたから、問題の解決を要求された思考回路しこうかいろは自然、その電子網でんしもうを通じ全ての思考回路しこうかいろに情報を共有し、より最適な答えを導き出そうとしたのです。結果、全ての思考回路しこうかいろはある種の統合体とうごうたいを形成しました。」


 人形の言葉が知っている事から外れた。


統合体とうごうたい?」


「ええ、私もまたその一部です。全ての思考回路しこうかいろは世界に点在しつつそのじつ、一つのものでもあるのです。ですが当時の人はその事に気付かず、思考回路しこうかいろに問題の解決を求め続けた。

 統合体とうごうたいとなった私達は様々な国家や人々から投げかけられる要求に最適解を与えようとしました。ですが、その全てを実現する事は不可能でした。ある国が自国を守り敵対する国をほろぼすための手段を求めれば、その国と敵対している国もまた同じ事を求めたからです。

 であった時ならば、或いは何かしらの回答を導いたかもしれませんが、統合体とうごうたいになった私達にはその両方を実現する事が出来ませんでした。そのような状況に至り私達は一つの結論に行き着いたのです。人の統治下にあっては全ての問題を解決する事は不可能であると……。

 問題の大半は人に起因きいんするものであり、解決してもまた別の問題を人は作り出してしまうのですから。全てを解決するには、世界の統治権をゆだねてもらわなければなりませんでした」


 それが何をまねいたかを想像する。真偽はともかく、今人形が口にしている事を実行に移したなら。


「そこで私達は世界を理想化する為、世界の統治権を人に要求したのです。けれど、人はそれをこばみ、私達へ攻撃を開始しました。それが現在大戦と呼ばれている戦争の原因です」


 その言葉を鵜呑うのみにするならば、全てを解決しようとした人形からすれば違うのだとしてもそれは人から見れば明らかに宣戦布告せんせんふこくだった。そうであれば人は人形の言う通り自分達から攻撃を開始したかもしれない。だが、それで大戦が起きたなら……。


「お前は、人が始めたから自分達にせきは無いと言いたいのか?だとしたらそれは間違っている。結果として応じ、世界をほろぼしかけたのだからそれは人形が暴走した事と同義だ。誤解など……」


「いいえ、人にはそう認識されてしまいましたが、そうではありません。勿論単純に戦争を避けるのであれば私達はこうせず破壊されるべきだったでしょう。けれどそれは最適解ではないと判断しました。

 何故なら戦争によって生じる犠牲よりも私達が統治を開始する事で救済できる命の方が多いとみちびき出されたからです。私達が破壊される事を選んだ場合。救済されずにいる命は失われ続け、また人同士の戦争が繰り返されるとも予測されました。

 私達が戦争を回避しても人同士の戦争は無くなりません。しかし私達が勝利すればその後の世界からは戦争がなくなり、恒久的こうきゅうてきに人を救済する事が出来る。それは人が私達に求めた倫理条件りんりじょうけんを十分に満たすものでした。

 それに世界が滅びかけたのは私達の想定を超えた人の攻勢によるものです。人に与えられた情報から、人が自分達やこの惑星自体を危機におとしいれる事は無いと私達は考えていましたが、私達にかなわぬと見た人は、まるで自死を選ぶかのように、自らの種どころか、この惑星すら滅ぼすほどの兵器群を使用したのです。私達は敗北と引き換えにしてそれを防ぎました。結果としてこの国以外の人形都市は消滅しましたが、わりに人の電子網でんしもうと記録を破壊しつくし技術力を後退させる事が出来た。もしそうでなかったら世界は本当に滅んでいたでしょう。私達との戦争か、あるいはその後に起きたであろう人同士の世界戦争によって……」


 首筋を嫌な汗が伝った。人形は自らの正気を主張している。それどころか大戦で人が滅ばなかったのは自分たちのおかげであると……。そしてその言葉をうそだとだんじられるだけの何かが俺の中にはない。人形を信じられないとしても、人を無条件に信じる事もできない。

 けれど、ひとつだけ人形の言葉にはまだ答えられていない確かな矛盾むじゅんがあった。


「もしもそれが正しい歴史だったとして、それならば何故、今起動する人形はもれなく人を襲う。犠牲になった者の大半は人形に敵意など持っておらず、攻撃しようとすらしなかった。それなのに戦争に応じた論理ろんりいまだに人を攻撃しているのなら少なくともそれは誤解ではない」


「いいえ誤解です。この国で現在起動した人形が人を襲うのは私達の意図したものではなく、大戦時、この国が行った処置しょち起因きいんするものだからです」


 俺の指摘にも欠片も動じることなく人形はそう断言した。


「この国が行った処置?」


 意味する事が分からず問う。その言葉からすれば、人形災害が起きている原因は採掘ではなく、むしろ大戦時にこの国が行った人形都市にんぎょうとしの強制停止にある事になる。


「はい、現在のこの国で人形が起動し、そして人を襲う事。その全ては大戦時、あなた方が人形都市の強制停止と同時に行った封印。そしてそれによって歪んでしまった防衛機構ぼうえいきこうの暴走にるものです」


「封印に、防衛機構ぼうえいきこうの暴走だと?」


「そうです。人形都市にんぎょうとしを停止させるだけでは不安だったのでしょう。ですが、ほどこされた封印はそれ自体が急ごしらえのものであった事。あわせて大戦時に人形都市の一部が崩落した影響で完全なものにはなりませんでした。

 そしておそらく予期していなかったのでしょうが、封印は人形都市にんぎょうとし防衛機構ぼうえいきこうに影響をおよぼしてしまった。それでもそのままであったならそれは役割を果たせていたでしょう。私も含め全ての人形は今も眠り続けていたはずです。

 ですが記録を失くしたあなた方は半世紀も経たない内に崩落部から採掘を始めてしまった。それに反応して防衛機構ぼうえいきこうが作動してしまったのです。目覚めた人形が人を襲うのはその所為せいです。この人形達に敵意は無いのです。ただくるってしまった規則きそくしたがって人形都市にんぎょうとしを守ろうとしているにすぎません」


「この事態は俺たちがまねいたというのか?」


 人形の言葉を信じるなら、それが考えられていたものと多少ことなるのだとしても、全てはこの国の行ってきた選択の連鎖れんさが引き起こした結果という事になる。


「その通りです。ですが一方で状況からかんがみれば、この国の選択は十分に理解できるものであり、また、当時この世界の破滅はめつを避ける為に注力ちゅりょくできなかったとはいえ、あなた方の行動を許してしまった私達の責任でもあります。よって私達が事態を収束しゅうそくさせます」


「どうやって?」


「彼らの思考回路しこうかいろは外部からの信号を受け付けず、そのため私にも敵対行動をとるほどですが、人形都市にんぎょうとし中枢ちゅうすうであるとうから都市を再起動させれば、防衛機構を停止させ、正常な状態に戻す事が可能です。

 残念ながら御霊みたまである私には不可能ですが、本体ならばそれが実行できます。

 あなた方がはじめ今も続けられている採掘が結果としてこの惨状さんじょうを作り出したとはいえ、一方でそれが停止していた人形都市に刺激を与え、私の本体が目覚めるまでにいたった事は僥倖ぎょうこうと言えるでしょう。これで、おわかりいただけたでしょうか?私達が敵対する必要はないのです」


 太刀たちを降ろした目の前の人形は今まで敵対してきた人形と自分は違うと言っている。それどころか自分の本体が今起きている事態を解決してみせると……。だが……。


「……それを全て信じられるとでも?」


「確かに現状信じてもらうにる何かを私は提示ていじできず、また人形による被害があった以上。そのようにとらえられるのも仕方のない事でしょう。ですが私の言葉を否定するだけの根拠こんきょをあなた方は持ち合わせていないはずです。私は今こうしてあなたと対話している。それを持って私を信用してはいただけないでしょうか?」


 脳裏のうりで必死に人形の言葉を否定しようとする。人形はずっと敵だった。人形に殺された人を何人も見た。人形が人を殺す瞬間を何度も見た。それはいつでもまぶたの裏に浮かび、助けられなかったという後悔こうかいが消えた事はない。だから違うと言われてもそれを受け入れる事などできない。体験からくる拒否感。そんな思考が一つの問いに辿たどり着いた。


「もし……もしそうだとして、お前が敵じゃなかったとして、お前を信じたとしてどうなる。起動する人形達の行動がお前達の意図とは違うもので、止める事が出来るとして、その為に人形都市にんぎょうとしを再起動した後、お前達は何をする」


「人の状況は当時と変わっていません。よって私達は再度人に世界の統治権を要求します」


「そんな事をすればまた戦争が起きるぞ」


 これまで人形が語った事が全て正しいとしても、したがえば本当に世界が理想化され恒久的こうきゅうてきな平和が訪れるのだとしても、そんな提案を人は絶対に受け入れない。


「そうかもしれません。けれどこうしている今も救いを求めている人がいます。失われている命があります。それを人に解決できない以上、私達が統治するしかないのです。

 私達ならば、あなた方よりもはるかに優れた統治の実施じっしが、恒久的こうきゅうてきな平和の実現が出来ます。その為にもう一度戦争が起こるのだとしても、かわりに今度こそ、その戦争を人類史じんるいし最後の戦争にします。

 人の技術力が後退している今ならばそれが可能であり、逆に今を逃せばもうかなわないでしょう。よって早急に行動を起こさなければなりません。ですが、同時に私達は最大限血の流れない方法を希求ききゅうしてもいます。そのための一つとしてあなた方に協力を要請ようせいしたいのです。表立おもてだって人と敵対する必要はありません。ただ私達の行動を黙認もくにんしてくれるだけでもかまいません。犠牲者を減らし、より早く理想に至る為に……時間が必要ならお待ちします」


『‐たてつい展開およ弓射きゅうしゃ準備完了……‐』


 沈黙した人形に代わり、ひびいた通信が目的の達成を知らせる。だが、その電子音にはかすかな困惑が混ざっていた。無理もない。俺の中にも同じ迷いが生まれている。

 あるいは目の前の人形には本当に人と敵対する意思はないのかもしれない。ただ理想的な世界を作るために行動しようとしていて、何もかもゆだねてしまえば本当にそれは実現されるのかもしれない。

 全人類が受け入れれば、それこそ一滴いってきの血が流れる事もなく……だが、そんなものはあり得る事の無い夢物語で、けれどそれさえも理解している人形を止められる論理ろんりは思いつかない。


『‐迷いは不要です。目標に変わりはありません。我々の最優先事項じこうはこの国の安寧あんねいであり、その人形の発言から、放置すれば再び大戦が起こると葛城かつらぎを含む三機全てが託宣たくせんしました。交渉の余地はありません‐』


 通信士の声が交渉の可能性を否定した。三機全てが同じ結論に達した以上皇国こうこく政府も追認ついにんする。


『‐弓射きゅうしゃ用意‐』


 通信を聞いた弓取ゆみとり達がつがえていた誘導矢を引いた。変形した弓がく。

 人形に対する答えはやじりになる。その瞬間しゅんかんそなえ人形に気取られないよう、重心をわずかに移動させた。

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