第13話 管理人形③

「……無いんだ。そんなものはもう、この世界のどこにも……」


「どういう事でしょう?」


 クストスが無表情のまま首をかしげた。


「君達を作っていた技術は、とっくに失われてしまった。管理していた組織もほうもなにもかも」


 全てが終わっているのなら、せめて不誠実でありたくはなかった。


「それで通信が……佳都けいとはその事を知っていたのですね?だから迷う事無く管理者かんりしゃに……」


「……ごめん。どうしても君を助けたかったから」


 僕が謝るとクストスは首を横に振った。


「いえ、謝罪の必要はありません。佳都けいとの罪を問う法も機関もすでに存在していないのなら、佳都けいとに罪はありません。例外的にであっても管理者かんりしゃとしてしまった以上。私がそれを解除する事はできませんが、それにもあまり意味はありませんね。私が目覚めた事は偶然ぐうぜんで、現在の私は役割の無い人形であると判断されます。ならばこれで良かったのでしょう。

 佳都けいとを避難させる事も出来ましたし、あとは此処ここで壊れるのを待とうと思います。佳都けいとはこの通路を……」


「やっぱり嫌だ」


 めもせず避難させられた事を良かったと言ってくれたクストスを置いて立ち去る事などできなかった。そんな事をしたらあの時と同じだ。

 何か出来なかったかをずっと考えてきたのに。


「何かあるはずだ。君を助ける方法が……」


「方法はあるかもしれません。けれど佳都けいとの言った通りなら私は現在必要とされてはいません」


「僕が必要とする」


「何の為に?」


「君を助けたいんだ。君に生きていて欲しい。僕の認識は、間違っているのかもしれないけど」


「それは私が稼働かどうし続ける事を望むという事ですか?」


「駄目、かな?」


 いのるように問う。


「人形は人に役割を与えられる物です。人であり、管理者かんりしゃである佳都がそれを望むなら私は出来かぎりそれにしたがいます」


「それなら僕はそれを望む」


 うなずきながら、その小さな冷たい手を取った。


「では佳都けいとの望みを叶える為に、情報を集める必要があります。もし外部から情報を取得できるものをお持ちなら、していただけますか?」


 そう言われて、ポケットから携帯端末を取り出してクストスに渡す。


「なるほど奇妙な接続方式です」


 その発言と共に操作されてもいない端末の画面が発光し、そしてすぐに返された。


「もういいの?」


「はい、現況げんじょうはおおよそ把握はあくできました。確かに私を直す事のできる施設は現在稼働げんざいかどうしていないでしょう」


「……そう」


「けれど佳都けいとがどうしても修理を望むというのなら、まだ方法は残っています」


 落胆らくたんに続いた驚きから、思わず食い入るように見つめた僕のに、たじろぐ事も無くクストスは平然へいぜんと続けた。


「現在とうと呼ばれている人形都市にんぎょうとし中枢ちゅうすうから停止している人形都市にんぎょうとしを再起動させればいいのです。そうすれば、内部にある修繕施設しゅうぜんせつびを利用できます」


「そんな事が?」


「可能です。私は管理人形かんりにんぎょう予備人形よびにんぎょうですから。この国のとう人形都市にんぎょうとしが本当に完全な状態で残っているなら実行できるでしょう」


 にわかには信じがたいが、クストスはそれを疑ってすらいないようだった。そして僕には思いつく代案だいあんは無い。


「それなら、すぐにやろう」


 さっそく動き出そうとした僕をクストスの言葉がとめた。


「残念ですがそれは出来ません。塔を再起動させるには八か所に分けて保存されているコードを全て取得してから、内部に入る必要があります」


 淡々と語るから容易に出来そうに思ったが実際はそれほど簡単では無いようだった。


「コードは何処に?」


「ひとつはすでに私が所持しています。あとは此処を除いた残り七つの索墳さくふんです」


「じゃあ今から、いや、でもここ以外の索墳さくふんに入る方法を僕は知らない。それにとう厳重げんじゅうに管理されてて、関係者以外近寄ちかよる事もできない」


 肝心かんじんなことを失念していた。もしもクストスの言う事が実行可能だとして、そもそも塔に入る必要があるなら、僕には実現不能だ。


「大丈夫です。その環状端末かんじょうたんまつがあれば索墳さくふんへの入り口は開き、全てのコードを取得すれば、把握はあくされていない塔への経路けいろも利用可能となります」


 崩れ落ちそうになった僕の気持ちをクストスの静かな声が救った。それがどれほど困難かは分からないけれど、クストスの言葉を信じるなら少なくとも不可能ではないのだ。


「しかし再起動を実行してもいいか、私は推奨すいしょうしません」


 き上がった希望に水を差すようにクストスは続けた。その意味が分からない。


「どうして?それしか方法は無いんじゃ……」


「確かに、方法はそれしかありません。ですが、それには危険がともないます」


「僕なら構わない。多少危険だって、今の法律上、問題がある事だって……」


 きっと人である僕の安全を最優先にしているがゆえにそんな事を言うのだと思って、そんな必要はないと伝えようとした言葉をクストスはさえぎった。


「いえ、そう言う意味ではありません。問題は私が所持しておらず、人も持っていない記録。

 何故人形が大戦を起こしたのか分からない以上、再起動が招く結果を想定できないという事です」


「それは再起動をする事が、もしかしたらまた大戦を引き起こすかもしれないって事?」


 僕の言葉にクストスはうなずいて見せた。


「そうです。人形が人を敵とみなした何かが現在も継続けいぞくしていた場合。その可能性を否定できません」


「でも君は危険な人形じゃない。僕を助けてくれたし、人を優先する規則きそくにだってしたがってる。だからきっと……」


 そううったえた僕をクストスの言葉が再びさえぎった。


「私の行動を持って再起動の安全性を保証する事はできません。記録の大部分を失っている事が私を例外的な存在にしている可能性があります。もしそうであった場合、再起動を目指す過程かてい、もしくはそのあとに私が人類を敵とみなし攻撃を開始する危険性を否定できません。

 それに、そうでなかったとしても現在の世界は利用されている人形技術にんぎょうぎじゅつによって左右されており、再起動でそのよう一変いっぺんしてしまうおそれもあります。

 それでも佳都けいとは再起動を実行しようと思いますか?」


 じっと僕を見つめたクストスのは問いから逃げる事を許さなかった。あらゆる危険性を考えて、どうするのかをせまっていた。

 クストスを助ける事は、世界を危険にさらす事だったり、変えてしまう事なのかもしれない。僕はきっとあの時救えなかった母さんのわりにクストスを助けようとしていて、少女の姿をしているから余計にそう思って、誰かがそうしようとしていたら間違っていると言う気がする。

 ここに入る前に考えていた命の価値。その差について思い出す。何故その命が救われたのか、何故その命を救うのか、取るべき正しい態度。或いは正しい行動。そんな事を考えながら、それでも、いざ自分がそんな立場におちいると、とにかく助けたくて、それ以外の事が考えられない。


「それでも僕は君を助けたい」


 気が付けばそう口にしていた。思考停止しこうていしてのたんなる欲求みたいな望み。


「そうですか、わかりました」


 そんな僕の答えを聞いたクストスは、うなずいた後で、また服をはだけさせた。すると今度は胸部きょうぶではなく、へそさかいにして腹部ふくぶひらき、その奥から何かが持ち上がった。小さな手がそれをつかんで引っ張り出す。


「ではこれを渡しておきます」


 差し出されたから受け取ったそのくろい物体は思ったよりも重く、どことなく銃に似ていた。


「これは?」


「対人形用の銃です」


 その言葉に受けた印象が正しかった事を知る。この国では普通手に入らない代物しろものあわてて銃口を何もない空間に向ける。


「それほどおそれる必要はありません。それは対人形たいにんぎょう用。人間に対しての殺傷さっしょう能力はありません」


 横から近づいたクストスが僕の手に触れ、銃をしっかりとにぎらせた。


「こうして銃把じゅうはにぎると照準器しょうじゅんきあらわれます」


 クストスの説明と共に銃身の両端りょうたんに小さな突起とっきが持ち上がる。


「銃弾は内部で自動生成されますので装填そうてんは不要です。他は現在の銃と変わりません」


 指をわずかに開くと、照準器しょうじゅんきが銃身の中にたたまれていった。


「どうしてこんなものを」


「再起動を目指す過程で、もし私や再起動自体が人にがいを為すと判断した時は、それで私を破壊してください」


「なっ……」


 げられた言葉に戦慄せんりつする。


「人形は管理者の命令には逆らえませんので自壊じかいを命じてもらってもいいのですが、あるいはそれを受け付けない可能性もあります。その銃であればそのような状態であっても対応でき、また再起動が完了してしまった後であっても同様の効果が見込めます。中核ちゅうかくになう私さえ破壊すれば全ては不完全なものになるはずだからです」


「そんな事したくない」

 

 首を横にりながら返そうとした銃が、再びクストスの手によって、押しつけられる。


「いいえ、佳都けいとは私の管理者なのですから、もしもの時は躊躇ためらわず私を破壊できなければなりません。承諾しょうだくいただけないのであれば、再起動に協力する事はできません」


「そんな……そんな事言われても……いったい、なにを持ってそれを判断すればいい?」


「それは管理者である佳都けいとが判断する事です。できないのであれば、佳都けいとに管理者としての資格は有りません」


 答えられずに静寂が満ちたあいだあおひとみはじっとこちらを見つめていた。ここでそれをこばめば、クストスを助ける事は出来ない。


「……分かった」


「必ずそうしてください」


 銃を両手でにぎりながら僕がいたその場しのぎの嘘をクストスは疑わなかった。


銃把じゅうはにぎっていなければ撃つ事はできませんので、どのように扱っても大丈夫ですよ」


 それを聞いてにぎっていた銃を、とりあえずズボンのポケットに押し込んでシャツの下にかくす。


「じゃあ、さっそく一番近い索墳さくふんからまわろう」


 嘘がバレない内に、行動を開始したかった。


「いいえ、今日は一度帰ったほうがいいでしょう。今からまわるには、時間がかかりすぎますし、取得した情報からかんがみるに佳都はまだ学生であり、帰るべき場所と生活があるはずです。それを無視してまで、動くべきではないと私の倫理回路りんりかいろが解答しています」


「でも、クストスには時間が……」


「大丈夫です。そんなにすぐにこわれたりはしません。人と違い人形は自分の活動可能時間を正確に把握はあくできますから、もし承諾しょうだくいただけないのであれば協力する事は出来ません」


 クストスの管理者に成ったはずの僕は、その権限けんげんるうどころかむしろ、クストスによって行動を制限せいげんされているような気がしたけど、全てがクストスの協力にかかっている以上、他に選択肢せんたくしは無かった。


「……分かった。今日は帰る。でも明日からは索墳さくふんまわるからね」


佳都けいとが送るべき生活を無視しないのであれば、私に異論いろんはありません」


 無表情のまま同意したクストスの声に満足感があるような気がしたのは、そこから感情を読み取ろうとした僕の勘違いに過ぎないのかもしれない。それでも確かにそう感じた。

 それからクストスに導かれるまま通路を進むと、通路は三号墳さんごうふんから少し離れた高架下こうかしたの水路に通じていた。高架こうかの向こうにのぞく空を見てもう夕暮れが近づいている事を知った時。丁度、高架こうかを通り抜けていく車両の走行音がひびいた。

 振り返れば白い壁面に穴が開いている。今僕の指で光を放っている透明なが無ければ開かない出入口。そんなものに誰かが気付けるはずはなく、壊せもしないからとそのまま高架こうかの土台にされたのだろう。そんな事を考えながら、羽織はおっていた上着を脱いだ。途端に感じた冷気れいきに少し体がふるえる。それをさとられないように上着をクストスに差し出す。


「ほら、これを着て」


 手渡てわたそうとした上着をクストスは受け取ってはくれなかった。


佳都けいとはまた勘違いをしています。私には体温を維持する必要はありませんし、むしろ現在の気温から考えれば佳都けいとこそ着ていなければなりません。体調を崩してしまう可能性があります」


 クストスにとってみれば、僕の行動はきっと酷く滑稽こっけいなものなのだろう。それでも、この上着は着てもらわなければならなかった。


「いいから、その恰好かっこうは目立ちすぎるし、下手したら捕まりかねない」


 僕の言葉にクストスが自分を見る。

そこにはまるで入院着にゅういんぎみたいな簡素かんそうす布地ぬのじ一枚いちまいだけをまとった少女の姿がある。胴体どうたいおおわれているだけでかたから先も、ももからくろくついたあし、そのくるぶしまでもが露出ろしゅつして、なんなら紐をほどけばすぐにひらけるようになっている側面からの露出も見えるぐらいの、冬としても高校生の男子が連れ歩いている妹みたいな身内の姿として想定しても到底とうてい考えられないぐらいの恰好かっこう


「人形として何も問題はないと考えられますが?」


 思っていた通りの返答を聞きながら僕は首を大きく横に振った。


「あるって、今はもうクストスみたいな人形はいないんだ。誰も人形を知らない。見た事も無い。つまり今のクストスは小さな女の子としか思われない」


成程なるほど、そうでしたね」


 今気がづいたというような言葉に、散々さんざん超技術の産物である事を見せつけられていたにも関わらず、少しだけあきれた。

 ようやくそでを通してくれた上着のボタンをしっかりと留めると、少しダボつきすぎているが、ロングコートみたいになった。くろくつと上着の間にある足が酷くさむそうに見えるのが気になるが、ギリギリなくはない……と思う。そして目立ちすぎる髪と顔を隠す為にフードをかぶせた。


「これでよし」


 そう言って頷く。正直、とてもさむいが我慢がまんするしかない。


「ですがこれでは佳都けいとえてしまいます。実際、今の佳都けいとさむさを感じているようですやはりこれは」


「まって、まって、まって」


 賛同さんどうできないというように、上着のボタンを外そうとしたクストスの手をおさえる。


「だから早く帰ろう。ね?」


「ですが……」


「ほら、こうしている間にも身体がえるから、早く」


佳都けいとがそういうのでしたら、でも少しでも不調を感じたら直ぐに言ってくださいね」


 それにうなずいて、息をく。何とか納得させられた。これが通らなけらば、索墳さくふんとうへの侵入しんにゅう人形都市にんぎょうとしの再起動以前に、もっと単純な警察の補導ほどうみたいなもので全てが終わりかねなかった。

 それからクストスの手をそでぬのしにつかんで歩き出した。本当は直接にぎろうと思ったのだけれど、冷たい手の感触を思い出して止めた。この状態でそんな事をしたらたぶんさむさに耐えられない。

 にぎったそでに引かれ、クストスがついてくる。布越ぬのごしとはいえ初めて誰かの手を引いている事に気付いて、クストスに不安という感情は無いだろうと思ったけど、今までこの手を引いてくれた人がそうしてくれたみたいに、僕は握った手にほんの少しだけ力を込めた。

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