第4話 人形を壊す人形④
「百五十年以上前に人類が作り出したとされる人形」
ゆっくりと進む車椅子。それを押しながら話し始めた博士の声が、無機質な廊下に
「当時の人形がどういうもので人とどのような関係にあったのか正確には分からない。
およそ百年前に起きた大戦で人は持っていた技術の大半と、世界を
けれど、当時の文明が現在よりも格段に優れていた事は確かだ。それは世界中に残る遺構。なによりもこの街にある塔と地下の巨大都市が示している」
その言葉を聞いて、この街で目にした
写真や映像で何度も見て、知っているつもりだったのに、それでも実物にはそう感じさせるだけの迫力があって、そしてそんな
「間違いなくその頃の人類は
どうしてそんな事になったのかは今も解っていない。ただ伝えられている事によれば、当時、
その言葉に同意する。それはこの国に住んでいる人間なら誰もが習う事だった。歴史の教科書には必ず
たぶん世界中、どの国でも似たように教えられている
「
当時の兵器群はそれを可能にする程の
人形都市を破壊しつくすだけの威力を
「さて、では君は、どうして世界中で破壊された人形都市が、この国にだけほぼ完全な状態で残っているのか知っているかな?」
博士からの問いに、記憶を探る。
「……この国には、それができなかったから」
僕の答えを聞いた博士の声が少しだけ嬉しそうに
「そうだね。
もしそれが遅れていたか、失敗していたら、この辺り
ともあれ、この国は成功した。
「皇国の
教科書の注釈に書いてあった。皇国が行った
「ああ、大戦終了時に異国は皇国の行為をそう名付け、そして今は妬みを含めてそう呼んでいる。
皮肉なものだ。大戦時は恐らく異国どころか皇国すらそう思っていただろう。そうするしかなかった選択が結果として完全な
「まぁ、それが脅威をもたらす事にもなったのだけれどね」
「脅威?」
博士の言葉の意味が良く分からなかった。皇国のとった行動は現在、結果として最良であったと教えられている。脅威がもたらされたなんて話は知らない。
「そう。君もこの街の人形坑で事故が頻発しているのは知っているね?」
その言葉に
報道番組で毎週のように取り上げられているように、
「実際の所。あれはね。本当は報道されているような事故なんかじゃなく、人形が原因なんだ。事実を知っている者の間では
この国には
「起動可能な人形が人を襲っている?そんなの聞いた事も」
「
「どうして?」
「うん?」
思わず口にした問い。それに返された声を聞いて、自分のした問いかけが博士の言葉を
「どうして、人形の事を秘密に?」
「ああ、それはね。
事故ならばどれだけ起こっても、人々は非難したり、改善を求めるだけだ。せいぜい、運が無かったのだとか、高給に惹かれて自分で選んだ仕事だとか、そういう無数の意見に分かれてやがて沈静化する。
けれど、起動可能な人形が
人々は危険な
人はそれがどれだけの犠牲者を生んでいても自らに被害が及びそうにない限り無関心でいられるが、いざ自分にそれが降りかかってくる可能性を突きつけられるとそうはいかなくなる。
だから、人形の事を知った人々は当然、採掘を止めるように声を上げるだろう。採掘を止めれば、人形は起動しないのではないかと考えてね。
「それじゃあ」
間違った事をしているのではないかと
「そう皇国は間違っているのかもしれないね。けれど皇国はその可能性を理解しつつも、採掘を続けているんだ」
「なんでそんな事を?」
「一つには別の説があるからさ、人形の起動とそれが増加傾向にあるのは、採掘に
それが正しいのだとしたら採掘を止めても意味が無いどころか、増していく危険性を放置する事になる」
「なら、この国やあなたはその説を」
「いいや、私は別にどちらの説も支持していない。というより、どんな説もかな。皇国政府にしても同じだろう。何がより正解に近いか知りたければ、それこそ一度、採掘を止めてみたらいい」
自分が属している国や、味方だと思っている人は善良なものである
「だけどね。そういう訳にはいかないんだ。採掘が原因だったとしても、どのみち止める事は出来ないからね」
「それはどうしてですか?」
博士の発言で生まれた
「採掘によって得られるものがこの国にはどうしても必要だからさ。それによって犠牲者が出るのだとしても、採掘を止めてしまえば、この国は現在の国力を維持できない。
採掘を
君の命をこれまで保ってきた医療もまたそうであるように、この国の先端技術の全ては採掘によって手に入る
生活基盤から、あらゆる産業まで、採掘に依存していないものは無いといってもいい。
この国は大戦の復興時からずっと限られた犠牲と引き換えに国を発展させ、大多数の生活を守ってきたんだ。君はそれを間違っていると思うかな?」
僕は返答に
そんな僕の様子を見ているだろう博士は、けれどそれを気にする事も無く続けた。
「それにね。いずれにせよこの世界は正しい理想論なんかで動いてはいないんだ。例え、この国が採掘から手を引いたところで、この国に眠る
事実として
主な活動目的は世界平和と
そして、そんな皇国に対し
「それは、
「その通り。表立っては
だが、それは唯一ほぼ完全な状態で残った
なにせ、
「でも、そのせいでこの国は国際社会から孤立しつつあって、危険な状態だって」
聞きかじった知識で口を
「確かに
「密約?」
「この国が得た
それを維持する為にもその国はむしろ、皇国に加盟などされては困る訳だ。世界中で技術が共有されてしまっては優位性が失われてしまうからね。
結局のところ、どれだけ綺麗事を並べても、
世界が一つになった事はないし、これからもきっとない。人の文明がかつての水準を上回り、この国の技術が無価値になるか、こちらがその提供を止めない限りこの密約は続くだろう。
それに、
「それも、
「君はなかなか
得体のしれない超技術。それが実際はどれ程のものか分からなくても世界がそう信じている限りそれは効力を持つ。
採掘で得られるものは皇国の繁栄を維持するものであり、異国に対する防波堤なんだよ。もしそれを手放せば、皇国は
その言葉に頭を働かせる。
「採掘、ですか?」
「そう。必ずそうなる。そしてその採掘は今とは違い皇国の意志では止められないものに変わる」
最悪を想定すればきっとそう成るだろう。採掘で出るどれだけの犠牲を許容するか、その犠牲を誰が払い、誰がどれだけの利益を得るか、その決定権さえ皇国の手から離れる。
「だから
そうしなければ、
故にこの国は、現在起きている事態に対処し、なによりいつか起きるかもしれない
その為には人知れず戦う人間が要る。どうしても、ね」
博士がそう言い切った後、
「さて、私は今、君に伝えるべき事を全て伝えたと思う。だから改めて聞くよ。君はその戦いに身を投じる事を望むのかな?
これは義務なんかじゃなく、そうする必要はない。普通の身体と変わらない
この街に来る前、冗談のように問われた意志。それを今もう一度問うた博士の声は、以前とは違って、酷く真剣なものだった。
だからそれに一呼吸おいて僕は口を開いた。
「僕は、戦おうと思います。僕が生きる為にはきっと……それが必要なんです」
全てを教えられて、戦いというものが意味するところも知って、それでも僕はそうすべきだと思っていた。それがきっと僕の望む人達とその幸せを守る事になり、そして何より、自分がこうしてまだ生きている理由であるような気がしたから……。
「そうか……わかった」
車椅子が再び動き出し、突き当りの自動扉が開くと、室内には沢山の機器に囲まれたベッドがあった。
「じゃあ、麻酔が効いたら眠ってしまうけれど、目を覚ましたら君はヒーローだよ。君がそう望んだようにね」
車椅子をベッドの側に寄せた博士は、僕の横に進み出ると、片目を瞑って見せながら口元を
◆◆◆
門の開く音に目が覚めた。夢、いや過去を見ていた。睡眠時に脳と
停止した車から降り、黒服に見届けられながら何重もの警備が施されている自動扉を抜ける。無機質な通路を進み、専用の昇降機に乗って上の階に移動すれば、電子音と共に開いた扉の先で雰囲気が一変した。
内部がこんな
玄関扉の横に掛けられた表札。それを見る人間は俺と
今にして思えば、こうして表札を見るたびにどことなく心が安らぐのだからその言葉は正しかったのだろう。
「おかえりなさい」
扉を開けると、いつものように
刀を大事そうに抱いた
目の下にあるクマがもともと
「それで?今日はどこを壊してきたの?」
投げかけられたのは、毎回服を汚して遊びから帰ってくる子供を
「まだ、壊したとは言ってない」
「じゃあ壊してないの?今まで壊さずに帰ってきた事は一度も無かったのに?」
「まず左腕。それから足、
自己診断機能では正常と判定された違和感だけのものを
「すぐに直すから」
「大した事は無い。少し休んでからでも構わない」
俺の言葉は
「そうして、休んでいる間に人形が現れたら、
そう言われてしまうと何も返せない。嘘をつく事はできず口をつくのは、はぐらかす為の言葉。
「
それを聞いた
「それなら、できるだけ壊さないで帰ってくる事。止めはしないし、止められるとも思ってない。でも、それは私ができる事を全てしたうえでの話。
もしもそうじゃなかったら私は絶対に後悔する。だから私はいつもできる限りの事をするの。それを忘れないで」
その声は穏やかだった。打つ手を失い黙って頷くと
「じゃあ、さっそく始めるから」
「すまない」
「気にしないで」
与えてもらったそれに返せるものは何もなく、無力さと
その姿から視線を横に動かせば硝子窓の向こうに少しだけ色褪せた人形の背が見える。懐かしいヒーローの人形。それが例え微かな痛みを
どれだけの苦境に立たされても決して
実際はこの
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