第5章 太陽のタッセル②


*****


 やはり、彼女には思い人がいた……。

 あのタッセルを握りしめて、少し頰を染めたのを見ればいちもくりょうぜんだ。

 騎士という事まではしぼれた。

 八歳の時に作ったという事は恐らくサルヴィリオ騎士団の誰かだとは思うが、可能性が高いのはサルヴィリオ騎士団副団長だ。

 ならば、ここには何をしに来たのか。彼女の言う『愛する人のため』とは……。

 今現状でリリアンや使用人達から得られる情報はない。彼女の目的は直接聞くのが一番だ。

 ふと部屋の鏡を見ると、そこには見慣れないちゃぱつへいぼんな青色の目の男が見返している。

 この姿なら彼女はけいかいを解いて話をしてくれるだろうか……。

 その時しつ室のノック音がした。

 マジックアイテムの銀の指輪を外して、机の引き出しに収める。


「どうぞ」


 そう促せば、アンノとリタ……そして、先程彼女と一緒にいたリタに似た男もいた。その後ろからしつとセルシオも一緒に入ってくる。


「公爵様、先ほどの魔物の件でおうかがいしたのですが……」

「ああ、それならアンノと一緒にいたウチの諜報員から話は聞いている。……アンノ」

「はい」

「先ほどの諜報員と一緒に情報収集をしてもらえるかな?」

「私がですか?」


 彼女が協力しないはずがない。


「彼から、あの男達は我が公爵領をかくらんし、この国に付け入るすきねらっていると聞いた。そしてそれをサルヴィリオ伯爵家の仕業に見せかけ、公爵家と伯爵家の関係にれつを入れることと聞いたが」

「はい、そうです」

「であれば、サルヴィリオ領から来ている君たちに疑いの目を向けられるのを、黙って見ているかい?」

「いえ、調査に加えていただけるなら喜んでそうさせていただきます」


 ほこたかい彼女は自ら潔白を証明するだろう。


「ところで、……つかえなければ先ほどの彼の名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 諜報員ということで、名前を聞くのを躊躇ためらっているのだろう。


「彼の名前は……レイだ」

「レイ……」


 そう呟いた彼女の表情がゆるみ、その瞳のやわらかな色に思わず自分にしっしそうになる。


「公爵閣下。僕も情報収集に交ざっていいですか?」


 彼女の横にひかえていたリタと顔立ちのよく似た少年がたずねた。


「君は?」

「申しおくれました。サルヴィリオ騎士団、ティツィアーノ団長補佐のテト゠クアトロです」


 そう彼が言った言葉にティツィアーノがほんのわずか……よく見てないと気づかない程度にピクリと反応した。

 彼女は結婚式の前日に退団式を済ませているはずだ。

 後任が決まるまで、サリエ゠サルヴィリオがけんにんすると聞いている。

 ──団長補佐ね……。

 何が言いたいのか。結婚していない以上彼女はサルヴィリオ家のものだと言いたいのか……。ちょうはつに乗るつもりはないし、余計なことを言わすつもりもない。


「では、テトとやら。君にはサルヴィリオ伯爵への連絡係として動いてもらおう。団長補佐になるくらいだから伯爵家からのしんらいも厚いだろう。早期解決の為、伯爵領内でもおんな動きがないか、あちらからも情報を共有してほしい」

「……りょうしょうしました」


 ティツィアーノと一緒の情報収集ではない役割が不満だったのだろうか、少し不服そうな顔をしたが、「では、さっそく戻って現在の情報を伝えて来てほしい」と退室を促すと、最低限の礼をり部屋を出ていった。

 彼もティツィアーノにしんすいしている一人だろうか。

 テトは何かしらのたいこう心を含んだ目でこちらを見ていた。

 このまま、彼女と共に行動をして、サルヴィリオ家に連れて帰られる訳にはいかない。


「では、アンノもリタもリリアンのところに戻ってもらって構わない。今後のことは追って連絡する」


 そう言うと彼女たちも出て行き、残ったのは副官と執事だけになった。


「──で、公爵様。彼女と諜報活動するとおっしゃっていましたが仕事はどうするんですか?」


 決済の必要な書類をわきに抱えた執事が聞いてきた。


「……彼女はどうしてあんな事になっているんだ?」

「「は?」」


 二人がとんきょうな声を出すが、そんなことはお構いなしに思わず頭を抱えてしまう。


「だからなぜ彼女が化粧をしているんだ。街で魔物をたおした後彼女が店から出てきて心臓が止まるかと思ったじゃないか」

「いや、ティツィアーノ様のお化粧の話ではなく、わたくしは仕事の話をしているのですが……」


 半目でこちらを見る執事にイラッとしながら副官を見ると、彼の目は死んでいる。


「彼女が化粧をする必要はないだろう? 彼女はそのままでも綺麗だが、化粧をした彼女のあまりのこうごうしさに何人の男がへいふくすると思っているんだ」


 彼女の美しさを知っているのは自分だけでいい。


「公爵様。こいもうもくと申しますが……嫉妬深い男はきらわれますよ」

「うるさい。彼女に気づかれなければ問題ない」


 隠蔽魔法を使った時、彼女をきしめたまま、このまま時間が止まればいいと思った。

 彼女の背中から伝わる心音に、支えた体の柔らかさ、髪から香るせっけんの香りにくらりとめまいを覚えたほどだ。


「先日も申し上げましたが、逃げられたくなければ、自制して下さい」


 無自覚なんだからしょうがないだろうと思いながらも、無言でこうていを示した。

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