第5章 太陽のタッセル①
──『最悪だ』
別室で私服に着替えリリアン様にメイクをしてもらいながらも、さっきの言葉が頭から
やっぱり
リリアン様の見立てで色々とドレスを持ってきてくれたが、服に負けるんじゃないかと思いながら試着したドレスは思いのほか似合っていた。……と思った自分が
もう、……それはもう、ものすごく恥ずかしい。
あの結婚式の日も
彼には
「……ンノ? アンノ?」
リタが心配そうに顔を
思わずハッとして、顔を上げると、リリアン様も私に
「あ……、ごめんなさい。どれも
そう言うと、リリアン様はほっとしたように、
「リタ、私こんなに
そうだ、ここに残るつもりも、結婚するつもりもないのに
公爵家にはドレスを数着
買ったドレスは
誰か着てくれるならまだ
「何言ってるんですか。目的のお店に予約無しで来られたんですよ。綺麗になってお
ざっくりと図星を指され、
「お姉様。こういうタイプはいかがですか?」
「わぁ。どれも素敵なデザインですね」
そうだ、目的は自分を変えること。なりたい自分になるためにここに来たのだ。
「そうなんです。
「好みというか、私は……」
そもそも、まだ『シルヴィア』に会っていない。でも、私も……シルヴィアのような女性に……。
「た……ため息の出るような
思わずそう言ってしまうと、
あぁ……。目線が痛い!
以前陛下が言っていた『シルヴィア』をそのまま言うと、リタからは
「
つらつらと何の補正が
「きゃぁぁぁぁぁぁああ!
「わあぁぁ! こっちにくるぞ!!」
「
外から聞こえる悲鳴は一人分だけではない。その中に
「そんなはずないわ! レグルス領に魔物なんてほとんど出ないのに……」
声の先を見つめ、ポツリとリリアン様が
それもそうだろう。
魔物は国境沿いの
しかもこの
「リリアン様たちは建物から出ないでください!」
そう出口に向かって走りながら、リタと共に店の外に出た。
護衛として
その
彼の三倍はあるであろうそれは、完全に息絶えており、周りの市民も
「第一部隊は、サーベルタイガーを運べ。第二部隊は
彼がそう指示を出すと、固まっていた騎士達も、ハッと自分の立場を思い出したのか、敬礼をして作業を始めた。
それと同時に市民から公爵様への
その様子にあっけに取られていると、右後方から
「ッチ。失敗か」
振り向くと、こっそりと裏路地に入っていく男が見えた。
「リタ! リリアン様の護衛に戻ってて」
そう伝えて、男の消えた裏路地に向かって走り出した。
その走り出した方向は、
『失敗』? まさか誰かがここに魔物を放った? でもあんな魔物を
男の消えて行った裏路地に着いた時には人影は無かったが、そこに残る魔物の臭いに
その時、ふと慣れたにおいと気配がした。
「お〜
背後から聞こえた今にも
「あ……あぁ。テト……」
明らかに
「あんた、何してんすか? 結婚式もあんな形でほっぽらかして! レグルス公爵領まで捜しに来て正解でした」
今にも食べられそうな勢いで言われ、思わずたじろぐ。
「俺がどんだけ
「ごめん。その話、後でいい?」
長いクレームになりそうだと思いながら話をぶった
「……は〜〜い〜〜?」
「さっきの魔物
そう言うと、
「もちろんです。騒ぎがあったからそこに行ったんです。その
「そのサーベルタイガーの臭いのする男がこの裏路地に入って行ったの」
「こんなところに魔物が出ること自体不自然っすから、
「ええ。とりあえず臭いを
「
そう返事したテトと私は気配を消した。それと同時に、
「……お嬢、化粧してます?」
「……今それ必要?」
あまりの
「いや、あまりの怒りでわかんなかったんすけど、
「
「……サーセン」
分からなかったということは、化粧をしてもしなくても
裏路地に入り、一歩一歩進むたびに、魔物の臭いも濃くなる。
できれば一人で
じっとりと、暑さから来るのではない
「……お嬢?」
私の緊張を感じ取ったのか、テトが心配そうに声を掛けてきた。
「この臭いは……
「……それは。……帰りません?」
思わずテトの足の
「だっ……。
分かっている。でも、もう少し情報を集めないと、どう動けばいいのか判断が出来ない。
「とりあえずリタに
「……あんたら、マジで何してんすか」
死んだような目で私を見るテトに、いいから行け。と目で言うと、「後でちゃんと聞きますからね」と言って大通りに向かって行った。
もう少し、臭いを辿ろうと足を
気配を全く感じなかった上に、足音も、においもしなかった。
あまりに驚いて、
「失礼。アンノ
冷気を
「え……ええと。
今彼はティツィアーノではなくアンノと呼んだ。つまりここに来てから私を知った人間だ。
「私は、レグルス公爵家の騎士団の者で、公爵様の指示でこちらに来ました。
そう言った彼は、レグルス騎士団の
茶色い
静かな怒りを
その視線は全身の落ち着きを失わせるような、全身の血が騒ぐような感覚を引き起こさせた。
「……先程一緒にいた男は誰ですか……?」
彼の視線で固まっていた私は一瞬誰のことか分からなかった。
「男……?」
ハッとして、疑われているのだと気づく。それもそうだ。魔物騒ぎが起きてすぐその場を離れたのだから、疑われてもしようがない。
「彼はサルヴィリオ伯爵家の騎士団員で一緒にティツィアーノ様に仕えていたものです。お嬢様を捜しにレグルス公爵領まで来たそうで、私を見つけて声を掛けられたんです」
私をじっと見つめる瞳は本当かどうか考えているようだが、信じきれていないのが分かる。
「……それで、彼はどこに?」
落ち着かない!
じっと見つめられたその目に、何かがザワザワと心の中を動き回っているようで、この感覚が何なのか覚えがあるような無いような、そんなもどかしさがさらにざわつきを強める。
「彼の
「そうですか……」
難しい顔をして彼は私の言葉の
「あの、先程の魔物に関係ありそうな男がおそらくこの先にいると思うのですが、行ってもいいですか?」
強い魔物を連れて行動するのは難しいかもしれないが、早くしないと逃げられてしまう。
「分かりました、私も同行しましょう」
そう言って彼は私の後ろをついて来た。
恐らく彼は信用していい。
あの時、もし私を殺そうと思ったら簡単に殺せていたはずだ。
その時、足音が聞こえ、
「誰か来ます」
小さくそう彼に告げると、彼は私の腹部を支え、体を後ろの
その瞬間
つまり外部から存在を見えなくする魔法だ。
その隠蔽魔法は、
──信じられない。
隠蔽魔法はいわゆる結界魔法であり、高等魔法でもあるが、それなりに魔法が使えるものであれば魔力の
けれど、より強大な魔力と、
「──サルヴィリオの──」
目の前の隠蔽魔法に持って行かれていた意識が、その単語が聞こえた瞬間、全てそちらに引き戻される。
「今回は失敗しましたが、サルヴィリオ家の
恐らく先程裏路地に入って行った男であろう人物が、
サルヴィリオ家の痕跡?
「フン」と鼻で小馬鹿にしたように笑った長髪の男は口元を歪めて言った。
「『
その言葉に目を見開く。
「そういえば公爵家に入れたメイドはどうでした?」
「連絡がねえからメイドは失敗したんだろうよ。レオン゠レグルスは無理でも、公爵家の誰か一人でも死ねば混乱を生めると思ったんだがな。とりあえずまた来週の夜、『
「じゃぁ、それまで遊んでおきますか」
彼らはそう言いながら笑って来た方と反対側の奥の建物の中に入って行った。
彼らから得られる情報は恐らくあまりない。トカゲの
今彼らに何かあれば逆に大物を
「アンノ殿。戻りましょう」
今の今まで彼に密着していた事に気づき、慌てて離れる。
「すごいですね……。隠蔽魔法」
消えた結界魔法に思わず
「ありがとうございます。貴方に
「え?」
まるで昔会った事があるかのような口ぶりだ。
「あ、いえ。リリアン様の護衛に
彼も自分の言葉に不自然さを感じたのだろう。
とってつけたような言葉だ。
──どこかで?
その時、自分の中で持て余していた引っ掛かりが、
「貴方。私の
初めて私に騎士の忠誠をくれた、その人だ。
あの後、騎士団に彼の姿を探そうにもはっきりと顔も思い出せず、なんて不義理な人間だと自分を責めたのを覚えている。
「え?」
今度は彼が驚いた番だった。
「私のことを……覚えていらっしゃるんですか?」
「もちろんよ。あの後サルヴィリオ家の騎士団を
こんなにも魔力も、
「……そうですね。実はレグルス公爵様から新しいサルヴィリオ家の騎士団長がどんな人物なのか……、その……」
「国境を守る騎士団長として問題がないか見てこいってことね」
彼が言葉を
なんとも言えない顔をした彼がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「それで、私は
「え、はい。それはもう。安心してお任せできると……!」
自信満々の笑顔でそう言う彼の言葉に思わず目を見開いてしまう。
あぁ。少しは公爵様に認めて貰えていたのだろうか。
「アンノ殿?」
固まった私に彼が心配そうに声をかけた。
その時はっとして彼を見る。
彼は私がティツィアーノだと知っている。アンノではなくティツィアーノだと。
思わず足が一歩後ろに下がると、彼がはっとしたように手を
「誰にも言いません。貴方の事を!」
摑まれた腕は振り
「何か目的があったのでしょう? 理由を無理に聞こうとは思いません。貴方の思うようにしてください」
彼の声は本当にそう思っているように聞こえる。
「私が公爵家に何かするとは思わないの?」
「思いませんよ。もし何かしようと思うなら毒物を持ち込んだメイドのことも放っておいたでしょう。私は貴方を信じています。……忠誠を
そう言って向けられた目はどこまでも
「……あれから何年も会っていないけど、……」
他に忠誠を誓える人がいなかったのかと聞くのはとても
忠誠を誓ってくれた人を軽く扱っているようで、その先を続けられなかった。
「ティツィアーノ様。私は貴方に忠誠を誓ったにもかかわらず貴方の前から姿を消しました。信じていただけないかも知れませんが、あの時の思いは
『自分を高めるための存在』その言葉に
「研鑽する原動力……私にもそう思える方がいるので、わかります」
「……それは……?」
握りしめた私の手元を見つめた彼が言った。
「『太陽のタッセル』……です」
そう言った瞬間彼から発せられる
忠誠を誓った対象が
「これは私が八つの時に作ったもので……」
そう言って袋から取り出そうとして──……止めた。
「え!?」
「え?」
思わぬ彼の反応に驚く。
「いや、今見せてくれる雰囲気でしたよね!?」
「え、あ〜……。
ははは……と
それをレグルス騎士団の諜報員にバレるのはなんとも恥ずかしい。
それに、当時刺繡した際に、
「貴方の刺繡ならどんなものでも見たいです」
そういう彼の圧は
いや、そんなカツアゲしている雰囲気で言われても。
今にも、『オラオラ、出せよ。持ってんだろ?』って声が聞こえそうだ。
「そんな事より、早く戻って公爵様に報告しましょう!」
「いえ、そのタッセルは『そんな事』ではありませんよ」
「
「大事です!」
ええええ──!? どうでも良くない?
さっき『理由を無理に聞こうとは思いません』って言った人とは思えないくらい、圧が重いんですけど! まさかのタッセル
ジリジリと間合いを
「アンノ!」
「お姉様!」
その時後方から天の助けが来た。
振り向いた先に……あぁ、二人が天使に見える。いや、本当に二人とも普段から美少女なんだけど、今は後光が差している。
「リリアン様! リタ!」
これでタッセル問題から解放されると思い、彼の方を振り向いた。
──けれど、目の前に彼の姿は無かった。
「アンノ、一人で無茶をしてはダメじゃないですか! テトから聞いて慌てましたよ!」
「そうですわ、お姉様。私もお店の外に出たら怪しい人物を一人で追いかけたと聞いて、とても心配しました!」
リリアン様は真っ青な顔をして、本当に心配してくれたんだと心が温かくなった。
「申し訳ありません。あのような事に関わる人間を放置などできなくて……。ご心配おかけしました」
そうリリアン様に謝り、リタの方を向いた。
「……で、リタ? どうしてこんなところにリリアン様を連れてきたの?」
不審者を追いかけてきた先に、守るべき彼女を連れてくるってどういうこと?
普段のリタらしくない
「リリアン様は実質アンノの側にいる方が安全だと判断しましたから」
──その方がお嬢様は無茶をしないでしょう?
そんな声が聞こえ、はぁ、とため息をつくしかなかった。
「とりあえず公爵様の
「それが、……アンノが不審者を追った後、公爵様は公爵
なぜだかリタが考え込むように言った。何か思うところがあるようだ。
「そう……では帰ってからね」
そう二人を
───レグルス騎士団なら、またすぐ会えるかな……。
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