第4章 敵を知る②


「見たか? あの見事な状況判断と実戦能力の高さを」


 執務室で副官のセルシオと、執事のアーレンドにそう同意を求めると、誰からも返事が無かった。


「聞いているのか?」


 そう言って彼らを見ると、生温かい目でこちらを見ているのに気が付いた。


「閣下、確かにお見事な戦いでしたが、それよりも彼女の視覚ときゅうかくの方が信じられません。あのくらやみの中、離れた厩舎にお二人が見えたことも、ヒコの毒を言い当てたことも……。あのメイドが治療法を撹乱しようとしていると言った方が信じられます」


 あの後、彼女達から聞いた話では厩舎にあやしいひとかげが見えたと言っていたが、常人にはあの距離の人影などまず見えないし、ヒコの毒と言い当てるなど出来ない。

 二人が部屋を飛び出したのも、見張りを強化していたおかげですぐに反応出来たのだが……ティツィアーノが気付かなければ、間違いなく二人は既にこの世にいなかったかもしれない。


「……彼女がそんな事をして何の得になると言うんだ。サルヴィリオ家とレグルス家は国防をになう二本柱だ。どちらかがけても国防のダメージは大きい。サルヴィリオ家に国家てんぷくの意思があるとも思わない」


 こうしょうな彼女がリリアンのような子どもを狙うようなれつなことは絶対にしない。絶対にだ。


「確かにおっしゃる通りですね。それから、取り調べの結果あのメイドはりんごくリトリアーノの間者で、ティツィアーノ様の迎え入れのため臨時でやとった使用人にまぎれていたようです」

「完全にこちらの落ち度だな。…………ところで、その後のティツィアーノの両親の動きはどうだ?」


 あの結婚式がおこなえなくなった時、当然の事ながら、彼女の家族も式場にいた。

 ティツィアーノが去った時の話のけいを聞くと、父親と彼女の弟は顔面そうはく、母親は顔を真っ赤にしてはつ天をくといった状況だった。

『必ず責任を持って彼女を見つける』そう約束するも、サルヴィリオ家も騎士を総動員して彼女を捜している。


「まだ、ティツィアーノ様がこちらにいらっしゃることは摑めていないようです。サルヴィリオ家ももちろん彼女を見つけたいという意志は強いようですが、騎士達の必死さがじんじょうではないとみっていから報告を受けています」

「尋常じゃない?」

「はい、ありの子一ぴき逃さない様子で、騎士達はもちろん、その家族、しんせきに至るまでがそうさくに加わっているそうです。それから式場にいた兵士から『公爵には他に思い人がいる』との話が全体に伝わったようで、騎士達個人がレグルス家に苦情の手紙を出そうとするのを、お父上と弟君が全力でしているそうです」

「……それはまた……」


 言葉がげずにいると、「騎士達や領民に愛されたれいじょうなんですね」というセルシオの言葉に同意する。

 たかが、貴族の令嬢ではない。

 命をかけて領地を、領民を、彼らの生活を守ろうとする彼女の姿は騎士達の心にひびかないはずがない。

 一兵士と扱う事はなく、こまでもなく、一人の人間として向き合う事は中々出来ることではない。

 貴族に生まれただけでおごり高ぶる人間をどれだけ見てきたか。

 だからこそ彼女に惹かれた。

 あの、ぐな瞳に。その中にある意志の強い光に。

 それを思うたびに自分も強くあろうと思える。

 いつか彼女が王太子として、そしておうとして立った時、何者も彼女を傷つけることのないよう、彼女のきょうを守れる人間になりたかった。


「それから、彼女をレディ扱いするのはほどほどにしたほうがよろしいかと思いますよ。お気持ちは分かりますが、あからさまにそういう態度を出すと正体を知られていると気づかれ、逃げられる可能性もありますからね」


 そうセルシオに言われ、思わず睨みつける。


「……まんしてる方だが……?」

「してません。ダダっ漏れです。あんなにとろけたような目で普段女性を見ない貴方が、彼女に向ける視線を見れば誰でも分かります。分かっていないのは屋敷に来て間もないティツィアーノ様と侍女のリタぐらいですよ」

「……仕方無いだろう?」


 手をばせば抱きしめられる距離にいるのに、それが出来ない。

 本来ならずっと腕の中に閉じ込めておきたいのに。そうする権利があったはずなのに。


「逃げられてもいいなら結構ですよ」


 さらっとすずしい顔でそう言われると、反論など出来ず、無言でこうていを示した。



*****



 数日彼女の様子を見ていたが、これと言ってなんの情報も得られなかった。

 当初セルシオが目的かと思ったが、必要以上に彼に近づくわけでもなく、毎日のようにリリアンが彼女を公爵邸の森や湖の案内を口実に連れ回し、元気になったウォルアンも恩人の彼女になついている。

 ゆいいつ報告を受けているのは騎士団の訓練を見たいとたんれんの時間に合わせて足を運んでいることだ。

 初めて会う騎士達に挨拶をし、他愛ない会話をし、個々の練習を熱心に見ているようだが、一人にしつすることにも、騎士団の機密に関わることにも全く関心を示さない。セルシオがわざと機密についてれ、わなを張ったそうだが全く無関心だったと聞く。彼女を疑うなど言語道断で、その事を知った日、セルシオの訓練は普段より数倍キツいものにした。

 目的が屋敷の中にないのなら、どう動くのかとあえて彼女たちに休みを出した。



*****



 公爵家に来て数日、毎日訓練場に通うもいまだに『シルヴィア』の情報は摑めていないが、今日は休みをもらったので、二つ目の目的である美容専門店『レアリゼ』を探す事にした。

「お嬢様、『レアリゼ』はあちらの通路の奥にあるそうです」

 リタが街を歩いている女性に声をかけ、話を聞いて戻ってくると、大通りから横道に入る道を指差した。


「メイン通りから逸れたとこなのね」

「あまり大々的にやっていないそうで、完全予約制だそうです」

「王都にまで噂が広まるくらいだものね。それだけ人気なら予約制なのも当然ね。とりあえず行って話を聞きましょう」


 そんな話をしながら横道に入る。


「お嬢様……」

「分かってる」


 小さく声をかけてきたリタに返事をする。

 誰かにつけられている。一定の距離を保ってついてくるそれは、ドレスやほうしょく品のてんを見るふりをしながらこうしてもついてくる。

 先日の公爵邸での刺客の件もあるから、屋敷から出てきた人間も見張られているのかもしれない。

 そう思いながら横道に入ったところで、ものかげひそついせき者を待つと、フードで顔を隠すようにしながらそれは案の定横道に入ってきた。

 体格的に男性のようだが、物陰から出たリタが追跡者の前に立ち通路を塞ぎ声をかけた。


「私たちに何か用?」


 ビクリと反応した彼が慌てて大通りに戻ろうときびすを返したところに私が立ち塞がり、足を払って上から押さえつけた。


「っ……」

「何か用かと聞いてるんだけど?」


 そう言いながら彼の顔を隠していたフードをめくると、そこには見覚えのある顔があった。


「貴方……公爵家の……」


 彼はレグルス公爵家の騎士団で、毎日訓練しているのを見ている。

 その時大通りからこちらに数人が走ってくる音が聞こえ、思わず身構える。


「お姉様!」

「リリアン様!?」


 大通りから現れた予想だにしない人物の登場に驚くと、彼女は申し訳なさそうにまゆじりを下げた。


「その……お姉様たちとお出かけしたかったんですけど、せっかくのお休みだから私が邪魔しちゃいけないと思って。でもお姉様達も街は初めてだろうし、何かあったらいけないと思ってあとをつけちゃいました……。ごめんなさい」


 しょんぼりと言う彼女の後ろから更に予想だにしない公爵様とウォルアン様も気まずそうに顔を覗かせる。


「すまない……。護衛がいるとは言え、リリアンだけで外出させるのは心配で……」


 そのなんとも言えない様子が可笑おかしくて思わず笑ってしまった。


「よければ皆さん、街を案内して頂けませんか?」

「まぁ、いいんですか? ご一緒させて下さい! ちなみにお姉様はどちらに行かれるご予定だったんですか?」


 嬉しそうに目をキラキラさせてこちらを見上げるリリアン様は嬉しそうだ。


「『レアリゼ』というお店が人気と聞いたのでそちらに行こうかと思っていたのですが、男性陣は楽しめないかと。もし良ければ美味おいしいお店などご存じでしたら是非教えてください」


 そう言った瞬間場の空気が変わった。


「え……?」


 ガシッとリリアン様に手を握られ、目を見開いて穴が開くほど私を見つめている。


「ぜ、是非『レアリゼ』に来て下さい! お姉様が私のお店を知って下さっていたなんて!」


 プルプルと震えながら顔を真っ赤にして言った彼女の一言にもんが浮かぶ。


「自分の……お店?」

「はい、最初はお友達に趣味で色々ファッションや美容のアドバイスをしていたんですけど、いつの間にかお店を開いちゃいました」


 まさかの十さいのリリアン様が王都で有名になるほどのお店の経営者だなんて……。

 確かに今まで会った事のある御令嬢達に比べひときわキラキラしていると思ったけれど……。


「さぁ! 行きましょう!」


 思わず固まる私の手を引っ張りながらじょうげんで彼女は自分のお店に足を進めた。



*****



 休みをあたえたところで彼女がどこに向かうのかと跡をつけさせようとしたところ、都合よくリリアンが彼女の様子を『見守る』と言ったのはラッキーだった。

 見守ると言ってもいい大人で、けた二人にそんな心配は無いが、リリアンは知らない街で迷子になるんじゃないかと子どもらしい心配をしていた。

 跡をつけていても言い訳ができるようリリアンを連れてきたのは正解だった。流石さすがと言うべきか、早々にかんがバレてしまったのだから。

 リリアンの店に連れ込まれる彼女達に「ティツィアーノ嬢の好みのドレスも見立てて欲しい」と言ったところリタは快く返事をしたが、ティツィアーノは黙って頭を下げるだけだった。

 きっと、公爵邸に残るつもりは無いんだろう。

 しかし、そうはいかない。絶対にここから出すつもりはない。

 そう思いながらも心に黒いおりまっていくのが分かる。

 一体『彼女の愛する人間』とは誰なのか。

 その男にだけ、彼女に触れる権利があるのか。あのあどけない瞳に映される資格を得た男が、彼女のやわらかな頰に手をえ……あのくちびるに……。


「最悪だ!」


 そのシーンが頭に浮かんだ瞬間、叩きつけた拳と共にバキッというかい音がし、目の前の机が半分に割れていた。

 ハッと顔を上げると、目の前にはリリアンにすすめられたドレスを着て、フィッティングルームから丁度出てきたティツィアーノが立っていた。

 先ほどまで着ていた外出用の綿のドレスでは無く、シルクの夜会用のドレスで、彼女の雰囲気に合ったんだ水色に、すらっとした体形を引き立たせるシンプルなマーメイドラインの作りになっていた。形はシンプルだが、ハイネックになっている部分はせんさいなレースで真珠があしらわれている。

 最近のドレスはむなもとが大きく開いたデザインになっているが、けたレースに隠されたデコルテが想像をき立てる。

 あまりの美しさに固まっていると……。


「……ですよね」


 目の前の青くなった彼女がそう呟いたが、一瞬何を言っているのか分からなかった。


「お兄様……最低……。お姉様がティツィアーノ様とほぼ同じ体形だからとせっかく着て頂いたのに」


 そう言ってリリアンが絶対れいの視線を投げつけてきた。

 周りの視線もそれと同じくらい……いや、リタに至っては射殺さんばかりの殺気だった。


「はっ、い、いや、最悪なのはドレス姿ではなく。ちょっと仕事の事を考えて……」


 思わずしどろもどろになってしまう。


「男の人ってすぐ言い訳に仕事仕事って。お姉様、女性だけで楽しみましょう」


 リリアンがそう言って、ティツィアーノの手を引っ張りながら女性陣と共に別室に入って行った。


「──何してるんですか」


 セルシオが左ななめ後ろから言った。


「うるさい。……先ほどのドレスと、色ちがいで白も注文しておけ」

「了承しました。……フォローに行かないんですか?」

「今行ったら、リタから主人を傷つけたと暗器が飛んでくるだろうよ」

「あぁ、彼女結構仕込んでますよね」

「……どうしたらいと思う?」

「女性をぞんざいに扱ってきたツケをここにきて払わされていますね」


 自分でなんとかしろと言いたいのは分かる。

 普通の令嬢ならフォローする気もないが、……ティツィアーノを傷つけた。

 他の誰でもない私が傷つけた。彼女に好きだと、愛してると伝えられたらこんなことでなやまないのに。引き寄せて、抱きしめて、綺麗だと伝えたい。でも、そんな事をしたら彼女はすぐにここから逃げて行ってしまうだろう。

 そんなもどかしさに胸がざわつき、思い通りに出来ない心がきしみ、更に思考は悪い方へいざなわれる。


「もういっそのこと、屋敷の奥にずっと閉じ込めておきたい……」


 てんじょうあおぎ、ため息と共にそう溢した。


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