第4章 敵を知る②
「見たか? あの見事な状況判断と実戦能力の高さを」
執務室で副官のセルシオと、執事のアーレンドにそう同意を求めると、誰からも返事が無かった。
「聞いているのか?」
そう言って彼らを見ると、生温かい目でこちらを見ているのに気が付いた。
「閣下、確かにお見事な戦いでしたが、それよりも彼女の視覚と
あの後、彼女達から聞いた話では厩舎に
二人が部屋を飛び出したのも、見張りを強化していたおかげですぐに反応出来たのだが……ティツィアーノが気付かなければ、間違いなく二人は既にこの世にいなかったかもしれない。
「……彼女がそんな事をして何の得になると言うんだ。サルヴィリオ家とレグルス家は国防を
「確かに
「完全にこちらの落ち度だな。…………ところで、その後のティツィアーノの両親の動きはどうだ?」
あの結婚式が
ティツィアーノが去った時の話の
『必ず責任を持って彼女を見つける』そう約束するも、サルヴィリオ家も騎士を総動員して彼女を捜している。
「まだ、ティツィアーノ様がこちらにいらっしゃることは摑めていないようです。サルヴィリオ家ももちろん彼女を見つけたいという意志は強いようですが、騎士達の必死さが
「尋常じゃない?」
「はい、
「……それはまた……」
言葉が
たかが、貴族の令嬢ではない。
命をかけて領地を、領民を、彼らの生活を守ろうとする彼女の姿は騎士達の心に
一兵士と扱う事はなく、
貴族に生まれただけで
だからこそ彼女に惹かれた。
あの、
それを思うたびに自分も強くあろうと思える。
いつか彼女が王太子
「それから、彼女をレディ扱いするのは
そうセルシオに言われ、思わず睨みつける。
「……
「してません。ダダっ漏れです。あんなにとろけたような目で普段女性を見ない貴方が、彼女に向ける視線を見れば誰でも分かります。分かっていないのは屋敷に来て間もないティツィアーノ様と侍女のリタぐらいですよ」
「……仕方無いだろう?」
手を
本来ならずっと腕の中に閉じ込めておきたいのに。そうする権利があったはずなのに。
「逃げられてもいいなら結構ですよ」
さらっと
*****
数日彼女の様子を見ていたが、これと言ってなんの情報も得られなかった。
当初セルシオが目的かと思ったが、必要以上に彼に近づくわけでもなく、毎日のようにリリアンが彼女を公爵邸の森や湖の案内を口実に連れ回し、元気になったウォルアンも恩人の彼女に
初めて会う騎士達に挨拶をし、他愛ない会話をし、個々の練習を熱心に見ているようだが、一人に
目的が屋敷の中にないのなら、どう動くのかとあえて彼女たちに休みを出した。
*****
公爵家に来て数日、毎日訓練場に通うも
「お嬢様、『レアリゼ』はあちらの通路の奥にあるそうです」
リタが街を歩いている女性に声をかけ、話を聞いて戻ってくると、大通りから横道に入る道を指差した。
「メイン通りから逸れたとこなのね」
「あまり大々的にやっていないそうで、完全予約制だそうです」
「王都にまで噂が広まるくらいだものね。それだけ人気なら予約制なのも当然ね。とりあえず行って話を聞きましょう」
そんな話をしながら横道に入る。
「お嬢様……」
「分かってる」
小さく声をかけてきたリタに返事をする。
誰かにつけられている。一定の距離を保ってついてくるそれは、ドレスや
先日の公爵邸での刺客の件もあるから、屋敷から出てきた人間も見張られているのかもしれない。
そう思いながら横道に入ったところで、
体格的に男性のようだが、物陰から出たリタが追跡者の前に立ち通路を塞ぎ声をかけた。
「私たちに何か用?」
ビクリと反応した彼が慌てて大通りに戻ろうと
「っ……」
「何か用かと聞いてるんだけど?」
そう言いながら彼の顔を隠していたフードを
「貴方……公爵家の……」
彼はレグルス公爵家の騎士団で、毎日訓練しているのを見ている。
その時大通りからこちらに数人が走ってくる音が聞こえ、思わず身構える。
「お姉様!」
「リリアン様!?」
大通りから現れた予想だにしない人物の登場に驚くと、彼女は申し訳なさそうに
「その……お姉様たちとお出かけしたかったんですけど、せっかくのお休みだから私が邪魔しちゃいけないと思って。でもお姉様達も街は初めてだろうし、何かあったらいけないと思って
しょんぼりと言う彼女の後ろから更に予想だにしない公爵様とウォルアン様も気まずそうに顔を覗かせる。
「すまない……。護衛がいるとは言え、リリアンだけで外出させるのは心配で……」
そのなんとも言えない様子が
「よければ皆さん、街を案内して頂けませんか?」
「まぁ、いいんですか?
嬉しそうに目をキラキラさせてこちらを見上げるリリアン様は嬉しそうだ。
「『レアリゼ』というお店が人気と聞いたのでそちらに行こうかと思っていたのですが、男性陣は楽しめないかと。もし良ければ
そう言った瞬間場の空気が変わった。
「え……?」
ガシッとリリアン様に手を握られ、目を見開いて穴が開くほど私を見つめている。
「ぜ、是非『レアリゼ』に来て下さい! お姉様が私のお店を知って下さっていたなんて!」
プルプルと震えながら顔を真っ赤にして言った彼女の一言に
「自分の……お店?」
「はい、最初はお友達に趣味で色々ファッションや美容のアドバイスをしていたんですけど、いつの間にかお店を開いちゃいました」
まさかの十
確かに今まで会った事のある御令嬢達に比べ
「さぁ! 行きましょう!」
思わず固まる私の手を引っ張りながら
*****
休みを
見守ると言ってもいい大人で、
跡をつけていても言い訳ができるようリリアンを連れてきたのは正解だった。
リリアンの店に連れ込まれる彼女達に「ティツィアーノ嬢の好みのドレスも見立てて欲しい」と言ったところリタは快く返事をしたが、ティツィアーノは黙って頭を下げるだけだった。
きっと、公爵邸に残るつもりは無いんだろう。
しかし、そうはいかない。絶対にここから出すつもりはない。
そう思いながらも心に黒い
一体『彼女の愛する人間』とは誰なのか。
その男にだけ、彼女に触れる権利があるのか。あのあどけない瞳に映される資格を得た男が、彼女の
「最悪だ!」
そのシーンが頭に浮かんだ瞬間、叩きつけた拳と共にバキッという
ハッと顔を上げると、目の前にはリリアンに
先ほどまで着ていた外出用の綿のドレスでは無く、シルクの夜会用のドレスで、彼女の雰囲気に合った
最近のドレスは
あまりの美しさに固まっていると……。
「……ですよね」
目の前の青くなった彼女がそう呟いたが、一瞬何を言っているのか分からなかった。
「お兄様……最低……。お姉様がティツィアーノ様とほぼ同じ体形だからとせっかく着て頂いたのに」
そう言ってリリアンが絶対
周りの視線もそれと同じくらい……いや、リタに至っては射殺さんばかりの殺気だった。
「はっ、い、いや、最悪なのはドレス姿ではなく。ちょっと仕事の事を考えて……」
思わずしどろもどろになってしまう。
「男の人ってすぐ言い訳に仕事仕事って。お姉様、女性だけで楽しみましょう」
リリアンがそう言って、ティツィアーノの手を引っ張りながら女性陣と共に別室に入って行った。
「──何してるんですか」
セルシオが左
「うるさい。……先ほどのドレスと、色
「了承しました。……フォローに行かないんですか?」
「今行ったら、リタから主人を傷つけたと暗器が飛んでくるだろうよ」
「あぁ、彼女結構仕込んでますよね」
「……どうしたら
「女性をぞんざいに扱ってきたツケをここにきて払わされていますね」
自分でなんとかしろと言いたいのは分かる。
普通の令嬢ならフォローする気もないが、……ティツィアーノを傷つけた。
他の誰でもない私が傷つけた。彼女に好きだと、愛してると伝えられたらこんなことで
そんなもどかしさに胸がざわつき、思い通りに出来ない心が
「もういっそのこと、屋敷の奥にずっと閉じ込めておきたい……」
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