第3章 落とされた恋


 ―― 三年前のものとうばつの最前線。へんきょうはくであるサルヴィリオ家の長女が新しく団長に就任したと聞き、王国団団長として国境警備と新任団長の実力をあくするためはくしゃく家の当主に許可をもらい、身分をかくして一兵卒として実戦に参加した。

 サルヴィリオ家騎士団には主に二つの仕事があり、りんごくリトリアーノから国境を守ること、そして両国の間にあるの森に住む魔物達からたみを守る責務をになっている。

 魔物と言っても、りょくを持つ生き物を魔物とひとくくりにしており、人間に危害を加える魔物のじょを行うのが騎士団の仕事だ。

 魔物をたおした際、魔力のかたまりけっしょうとなったかくが取れ、宝石のようなそれは『せき』と呼ばれる。

 魔石には、『いやし』『ほのお』『ゆう』など魔物によって効果は異なり、単体で使うこともあれば、ほうで加工してどうにするなどようは様々だ。

 基本高値で取引されるが魔石の価値もピンからキリまでで、騎士団で討伐された魔物はサルヴィリオ家がいっかつ管理し、防衛費や討伐の特別手当として団員に配られる。

 今回は定期的に行われる魔物討伐ということで、事前に作られた日程や目標討伐数などが記された計画書も伯爵からもらっていた。

 そうして討伐に参加する際、どこにでもいそうな人間に見える魔道具の指輪を使用した。

 シンプルな銀の指輪はだれの印象にも残らない。

 魔法のかかった魔石は指輪の裏側にめ込んであり、この魔道具を使うと、ちゃぱつに、青いひとみのどこにでもいそうなぼんじんに見える。顔を合わすのを三日以上空ければ再びどこかで再会しても全く分からないか、『どこかであったかも?』程度で思い出される事はない。

 伯爵の手回しで彼女の部隊に配属してもらい、近くで彼女を観察することができた。

 彼女のうわさというか話は従兄弟いとこのアントニオ王子がよく口にしていたので、勝手に彼女のイメージが出来上がっていた。


『茶色のかみに茶色の目、けんるうだけがの乱暴者』『美人でもないし、色気も無い。なんであんな女とけっこんしなければいけないんだ』


 サリエ=サルヴィリオ伯爵じんは知っている。

 婿むこように来た夫に伯爵の地位をゆずり、サルヴィリオ騎士団最強の騎士として、今も昔も常に最前線で戦っている。

 まさに生ける伝説の彼女は身長も優に一九〇センチをえ、ガタイのい男性騎士と並んでもおとりしない。そのむすめもきっとごうわんな騎士なのだろうと思っていた。

 ところが、ティツィアーノ=サルヴィリオはがらというか、いっぱん女性と何ら変わらない。

 しょうっ気は無く、特別美人という訳ではないが、バランスの取れた整った顔立ちをしている。

 ガタイの良い騎士達に囲まれ、頭二つ分近く小さい彼女に何とも言えないたよりなさを感じるが、濃い茶色のその瞳にはそんな感情は不要だと言わんばかりの強さが秘められている。

 彼女は魔の森全体がわたせる見通しの良いところに立ち、しばらく森を見つめた後、手元の地図に何かを書き込み側近達と話し合っていた。

 周りの側近達も新米の団長である彼女の指示を心配するでもなく、一心に耳をかたむけ、指示を受け入れている。

 魔物の討伐はやっかいだ。

 思わぬところから大物が出てくる事もあるし、それが必ずしも体が大きいとは限らない。

 目視出来るきょにいた時には後手に回るということも多い。

 その魔物討伐をいくも経験しているであろうせいえい達が反論もせず従っている。

 ―― 計画書通りに行くかどうか、……お手並み拝見だな。

 そう思いながら見ていると、騎士達を集め、彼女が話し始めた。

 その声は早朝のんだ空気の中、りんとした、よく通るここの好い声だった。


「騎士団の諸君。今回の討伐はあくまで村近辺の魔物の討伐だ。功績を求めて決して深追いをしないこと。単独行動しないこと。無理だと思ったらげること。これらをじゅんしゅして欲しい」


 騎士団に逃げろ? サルヴィリオ家は国境を守る任についているにもかかわらず、そんなことを言うようになったのかと正直らくたんした。


「あ、あの! それでは騎士団のめんぼくが立ちません。我々は魔物のきょうから民を守るためにいるのではないですか!? そんなことをしたら笑いものにされるだけです」


 一人の新米らしき騎士が彼女に向かって言った。


「貴様ごときがティツィアーノ様に意見するとは……」


 ティツィアーノ=サルヴィリオの横に立っていた副官らしき人物がいかりもあらわに言った。

 確かあの男は以前から第一騎士団の副官を務めていたルキシオン=バトラーだ。サリエ=サルヴィリオ伯爵夫人に絶対の忠誠をささげていたと思ったが、今は娘の副官に配属され

たのか。

 その副官を手で制したティツィアーノ=サルヴィリオは新米騎士に向かって言った。


「ルキシオン、いいの。……貴方あなた達が逃げ帰っても笑われることはない。笑われるのはそのさいはいミスをした団長である私だ。誰一人欠けることなく、必ず全員ここにもどることを約束してほしい」


 そう言った後、彼女は力強く笑った。

 誰一人欠けることなく? 騎士達にそれを言うのはおかどちがいだ。

 ―― とんだあまちゃんだな。

 新しい国境警備を担う団長に落胆を感じながらも、森に入っていった。

 おもしろいように簡単に討伐が進められていく。のない人員配置に、後方えん

 森を進んでいくにつれ現れる魔物達の種類に合わせた魔法こうげきも全くミスマッチがない。

 どこにどんな魔物が、どれくらいいるのか分かっていたかのようだが、魔物は決まったところに巣を作らない種類が多く、事前に予測を立てることは不可能だ。

 しかも、経験の少ないであろう新米騎士達は常に討伐の簡単な魔物と戦っているし、明らかにくんしょう持ちの騎士たちはれんけいを取り強い魔物の討伐に当たれている。

 こんな采配は不可能だ。戦力がかたよることのないよう強い者も、新米も一つの部隊になって動くのが定石。

 彼女のがらの為に、あえて魔物を配置した? いや、それでも魔物のしゅつぼつは予測できる訳がない。


『誰一人欠けることなく』


 その言葉に現実味を感じ、ぞくりと体を何かががる。

 そうやって単調過ぎるほどの討伐が進み、日が頭の真上にのぼったころ、彼女が副官のルキシオンに指示を出した。


「全軍引き揚げさせて。もうあらかたの討伐は終わったからいったんじんえいに戻って休みましょう。魔石も一日目にしては十分でしょう。後二日日程が残っているし」

「かしこまりました。では、後は私に任せて先にお戻りください」

「ありがとう。よろしくね」


 そう言って彼女は顔立ちのよく似たきょうだいらしき二人の騎士を連れて戻って行った。

 副官は全騎士団にかん狼煙のろしをあげ、周りにも指示を出していた。

 ―― 北の国境警備も問題なさそうだな。思った以上に有能な団長だ。

 そう思いながら騎士団と共に陣営に戻ろうとした時、部隊からはなれ、森の奥に入っていく騎士団員達が数人いた。誰にも気づかれないようにその一行の後を追う。

 三人組の新米騎士達のようで、先ほどティツィアーノ=サルヴィリオに意見していた者も交ざっていた。


「オイ、騎士団から離れてだいじょうかよ」

「大丈夫だって。俺たちあんなに魔物倒したじゃねーか」

「もう少し魔物を倒して魔石を山分けしようぜ。せっかくモンテーノ領からサルヴィリオに移ってきたんだ。前よりはよっぽど良いたいぐうだけど、もっとゆうな生活したいじゃねーか」


 そう言いながら彼らはどんどん奥の方へ進んでいった。

 三人組は数ひき魔物を倒し、「こいつで最後にしようぜ」とまだ子どものよくを取り囲んだ。その時、ざわりと全身をかんが駆けめぐった。


「右だ!!」


 思わずさけぶと、そこにはきょだいへびの魔物、バジリスクが三人を見下ろしていた。

 深い緑と、ちゃまだら模様のそれは、チロチロとのぞかせる赤い舌が異様に目立つ。


「「「っ……うわあああぁぁぁあ!!」」」


 そのしゅんかん、三人の右方向からバジリスクがおそいかかって来た。

 装備品としてわたされていた剣に魔力を通し、三人の前に立ちを防ぐ。しかし、三人の前で実力を出す訳にもいかないし、出したとしても彼らのレベルでは魔法のえにする可能性もある。

 本来なら一個小隊できちんとした連携を取り討伐すべきサイズの魔物だ。


「あ、あんた、すげえな……」

「た、助かった……」


 こしかした一人がそう言ったが、三人を守りながら戦うのは分が悪い。


「ここは、俺に任せてお前達は本隊に知らせに行け」


 三人にそう言うも、翼馬の子どもが気になるようで、戻るのをしぶっている。


「自分の命と魔石はどっちが大事だ? すでに軍律はんを起こしているんだ、これ以上違反こうを増やさないほうが良いんじゃないか?」


 そう言うと、三人がぎくりとする。


「そ、そうだな、すぐに助けを呼んでくるからな」


 そう言いながら本隊の方に戻って行くと同時に子馬の翼馬もその場から離れていった。


 ―― これは、保身をはかって助けを呼ぶことは無いな。こうなったら自分でどうにかするしかない。そう思いながらバジリスクにたいした時、背後から声がした。


「口元をふさげ!」


 そう声が聞こえた瞬間、目の前にティツィアーノ=サルヴィリオが降り立った。

 彼女は何かをバジリスクに向かって投げつけた。

 あざやかな赤い液体がベッタリとバジリスクに付くと同時に、きょうれつげきしゅうがして、思わず布で口元をおおうと、彼女は私のうでを引っ張り走り出した。

 ちらりと後方を見ると魔物はその刺激臭をものともせずこちらを追いかけてくる。

 バジリスク用のいやがるにおいか何かを投げつけたかと思ったが、ちがうようだ。


「何を投げ付けたんですか!?」

だまって、もうすぐ着くから!!」


 その時、高いがけに退路が塞がれた。

 この崖は流石さすがに登れない。―― やはり、私が倒すしかないか。

 そう思った瞬間、彼女はせまってくる魔物に向かって不敵にほほんだ。


「さようなら」


 そのがおに目がくぎけになった瞬間上空からワイバーンがバジリスクの頭上にのしかった。

 さらにもう一、尾をわしづかみし、二羽でそれを引きちぎり崖の上空にある巣へと持ち帰っていった。

 あまりのあっという間の出来事にぼうぜんとしてしまう。


「あの刺激臭は、バジリスクの感覚をくるわすものでも何でもなく、真っ赤な液体でワイバーンが見つけやすいように付けたもので、落ちにくいりょうにしたら臭いが強烈になっただけだから」

 つまり、彼女はここにワイバーンがいることを把握していたということだ。この巣は野営地から見えにくいところにあるが、いつここを知ったのだろうか。

 そうおどろきながら彼女を見ていると、スッと彼女の目が細められ、低い声で聞かれた。


「ところで、どうして三人を隊に戻した? 一人であのバジリスクはぼうだと思わなかった?」

「……四人で死ぬより僕一人のせいで済むならと思いまして……」


 本当は一人であれと対峙した方が楽だったからだ。

 簡単に倒せるとは思わなかったが、それなりのダメージをあたえて逃げる時間はかせぐ自信があった。


「僕一人の犠牲?」


 彼女は濃いブラウンの瞳に怒りをたぎらせ、かえした。


「はい、彼らはまだ新米騎士ですし、未来ある若者です。民の為にも……戦って命を落とせるならほんもうです」


 本当は国の為に死んでも良いなんて思っていないけれど、自分の命を重たいものだとは感じない。戦争や討伐で消えていく命を数えきれないほど見てきた。

『戦って死ぬ』それが私の人生だ。

 もちろん簡単に死ぬつもりはないけど、自分の人生にしゅうちゃくはない。

 そんなことを考えていた瞬間、むなぐらをつかまれ後ろの木の幹にたたけつけられ、しぼすような声で彼女は言った。


「死ぬことは許さない。どんなじょうきょうでも生きることをあきらめるな。命令だ」


 その瞬間心臓が大きくねたのが分かった。

 彼女に向けられた瞳は、らすことを許さないものだった。

 こんなにも強い光を瞳に宿した女性を見たことがあっただろうか。いつも寄ってくる女性はキツイこうすいの香りをただよわせ、とても好ましいとは思えない視線を向けてくる。

 こびを売るだけでなく、私の価値をみし、自身をかざてることに全てを注いでいる。

 でも、今目の前にいる彼女は訓練で日に焼けた小麦色のはだに、剣だこの出来た手で私の胸ぐらを摑み、化粧っけの無い肌をさらし、その瞳はきらきらと生気にあふれている。

 視線をその美しさから引き離すことなどできず、自分の全神経が彼女に集中する。


「貴方の犠牲でどれだけの人間が悲しむと思うんだ。家族や、仲間、……この瞬間をこの短い時間を共有した私ですら貴方が死んだら心は苦しい」


 私は部下に、周りの人間にそんなことを感じたことなどない。

 戦う立場にいる以上それは当然のことと受け入れているし、戦場にいる人間はそう感じている人間が多いだろう。

 でも彼女は心が豊かで、きっと人の心にえる人間だ。

 私が死んだらつらいというその言葉は、今の彼女の表情が、瞳が、真実だと表している。


「私は騎士団長として、未来のおうとして国民の命を守る立場にあるが、騎士達の命だって変わらない。全ての命を守ろうだなんて、ごうまんな考えだと分かっている。この手からこぼれていく命だってある。……それでも私の手の届くはんだけでも守らせて。だから、貴方も自分の命を簡単にあきらめないで欲しい」


 きっと彼女は貴族社会の腹のさぐいや、化かし合いはできない性格だろう。

 実直で誠実。でもそのじゅんすいさではこの貴族の世界は生きにくいはずだ。まして王家など欲望といんぼうにまみれたしょうちょうだ。


「……よく……わかりました」

「え?」


 ならば、私が彼女の手がよごれることの無いように、彼女のおもいを歪ませることの無いように、全てのものから彼女を守ろう。


「そのままの貴方で国を守ってもらえるのなら、私たち民は幸せです」


 そう言うと彼女は少し驚いたように目を見開いた。


「貴方の為に死んでもいいと言ったら貴方はおこるんでしょうね」


 そう笑いながら言うと、彼女はムッとしたように、「当然だ」と言った。


「では、貴方の為に生きることを許して頂けますか?」


 そう言って、かたひざき、騎士の忠誠をちかう礼をとった。

 すると彼女は自身の剣をさやごと外し、私のかたれるか触れないかのところでぴたりと止め、心地い声で言った。


「貴方の生きる目標ができるまで、その心と忠誠を預かります」


 つうはそんなことは言わない。

 騎士の忠誠は貴族、王族共に騎士がしょうがい死ぬまで誓うものだ。それを誓われるものは数を誇る。強制できない忠誠は自身を高めるものとされているからだ。

 剣が引かれた気配を感じ、下から彼女を見上げると、森に差し込む光が彼女を照らし、がみのようだと思った。

 全身はこうちょくし、彼女の美しさから目が離せない。

 大きくひびどうは耳に響き、ざわりと不快ではない何かが全身を駆け巡った。

 その直後、泣きたくなるような、胸がじわりと苦しくなる感覚に襲われる。

 彼女は王太子のこんやく者だ。

 人生で初めて何かをしいと思ったその瞬間、手に入ることはないと知った。

 三年前のあの感情を忘れることは無かった。



*****



 南の海域に発生している魔物の大群の報告の為に王宮に上がった時、じゅうこうなドアの外にも聞こえるほどのり声が響き渡った。

 またアントニオ王子が父王に𠮟しっせきされているようだ。

 出直そうとしたその瞬間思いがけない話が聞こえ、ドアの前で足が止まった。


「馬鹿者が!! あれだけじょくした上に、婚約をたたきつけたんだぞ! 手紙一枚で済まそうとは……アントニオ! 貴様にあきれてもう言葉もないわ!!」


 婚約破棄?

 たたきつけた? ティツィアーノ=サルヴィリオに?

 今までにないほど……足元がいた感覚に襲われ、それと同時にざわりと体の全てが落ち着かない感覚におちいる。


「アントニオ、なぜお前の王太子という立場が確固たるものとなっていたのか分かっておらんとは、おろかなのもここまでくると言葉が出てこないものだな」

「父上! 何をおっしゃるのですか。おっしゃる通りに婚約てっかいの手紙を送りましたから、ティツィアーノも落ち着けば取り消しの書類にサインしに戻って来ますよ。あんな乱暴者に他によめの貰い手などないのですから」


 愚かな王子の言葉にいっしゅんで怒りがふってんに達する。

 こんなにも自分が感情的だと思ったことはなく、常に理性的に物事を処理してきたつもりだ。その感情はれいを忘れ、重厚なドアを押し開いた。


「お取り込み中失礼いたします。南海域の魔物大量発生について報告を申し上げたいのですが」


 それでもなんとか取りつくろって表情には出さずに入室する。


「あぁ、レグルスこうしゃく。ご苦労、例の報告だな。……アントニオ、お前はもう少し頭を冷やして来い」

 

 アントニオ王子をはらうように退室をうながした王は大きくため息をついた。

 なぜ自分がこんなに𠮟責されているのか理解できていないアントニオ王子が、不満そうな顔で出ていこうとしたところを呼び止めた。


殿でん。サルヴィリオ家のれいじょうとのご婚約を解消されたのですか?」


 そう言うと、そうなんだ、聞いてくれという顔で話し始めた。


「僕にはティツィアーノのようなばんな女じゃなく、もっとれんなマリエンヌという大事な人ができたんだ。でも父上はご立腹のようで、婚約解消の書類にまで署名したのに彼女とふくえんしろというんだ! そうしないと王位けいしょう権まで取り上げると……。君なら僕の気持ちを分かってくれるだろう!?」


 婚約解消の書類にまで署名しているとは……。

 不満を言う愚かなむすはさらに父王の怒りに油を注いでいることに気づいていない。


「黙れ! アントニオ! サルヴィリオ家をないがしろにすることがどれほど王家にとって、国にとって問題となるのか分かっておらんではないか。サルヴィリオ家とのけつえんつながりが国の安定に直結するとなぜ分からん!!」

「――陛下。その繫がりは私ではダメでしょうか?」


 激怒する王にそう進言すると、彼はぴたりと固まった。


「レオン……。そち方がティツィアーノじょうと結婚するということか?」

「はい。貴方のおいである私と、サルヴィリオ家の婚約なら国により安定をもたらすと思いますが」

「それはもちろんそうだが。……お前はそれで良いのか? 今までどんな令嬢とも……」


 今まですすめられたえんだんをここ数年かたくなに断り続けてきたのだ。彼の反応も当然だろう。


「父上! それは名案です! レグルス公爵なら王家に連なる者ですから。僕も手を回しましょう。この縁談が上手うままとまったら僕の王位継承権を取り消さないで下さい! レグルス公爵、少し待っていてくれ」


 全く話を聞かず、勝手に話をまとめ始めたアントニオは、かべにめり込ませたくなるようなドヤ顔で出て行ったかと思うと、秒で戻って来た。


「これを渡しておこう!!」


 そう言って一枚の紙を渡してきた。


「……これは?」


 見たら分かるのだが、まさか……。


「婚約期間中集めたティツィアーノの身上書だ。僕の周りの人間が勝手に作っていたものだが、個人的なことを調べてあるから使うといい。まぁ、こんなものがなくても、貰い手の無いあの女ならすぐに落とせるさ」


 このクズ王子がティツィアーノ=サルヴィリオをここまでおとしめる意味が理解できない。

 彼女と約十年婚約期間があり、その間の彼女の情報はたったの紙キレ一枚。

 しかも、家族構成や彼女の経歴など調べれは半日もかからないことばかり。

 しゅすら書かれていない。こんなあつかいを受けていい女性ではない。こんな男に人生をらされていい女性ではない。


「……ありがたくちょうだいいたします……」


 そうアントニオ王子に伝えると彼は満足そうに出ていった。

 パタンとドアが閉まった瞬間、その報告書をてのひらの上で一瞬で消しクズにする。


「レオン!? どうした!?」


 驚いた王が玉座の上から声をかけた。


「いえ…、なんの役にも立たない紙キレなど、ゴミ箱に捨てる時間すらしくて」

「…………なるほど? そういうことか」


 とつぜん理解したような顔をした王がまた大きくため息をついた。


「いつからティツィアーノ嬢のことを?」

「そんなことより、アントニオ王子はこの縁談がうまく行ったら王位継承権を取り戻せると思っているようですが、国をほろぼすおつもりですか?」

「そんな約束はしておらん。あやつが勝手に言っておることよ。我が息子とは思いたくないほどの愚かさにもうフォローのしようもない」


 彼なりに息子を大事に思っているだろう。だからこそサルヴィリオ家との縁談をまとめたに違いない。


「アントニオ殿下にサルヴィリオ家のうしだてがなくなったら、誰も支持しませんよ」

「分かっておる」


 自分が知る限り三度目のため息をついた彼は「もうその話は良いから、南海域の魔物討伐の報告を」と、話を逸らした。


 ―― がれて焦がれて……かなわないと思っていた。

 もしかしたら彼女を私だけのものにできるかもしれない。

 短い夢では終わらせない。一度見てしまった夢を、諦めることなどできない。

 王に魔物討伐の報告をしながらも、心は彼女にとらわれたままだった。


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