第3章 落とされた恋
―― 三年前の
サルヴィリオ家騎士団には主に二つの仕事があり、
魔物と言っても、
魔物を
魔石には、『
基本高値で取引されるが魔石の価値もピンからキリまでで、騎士団で討伐された魔物はサルヴィリオ家が
今回は定期的に行われる魔物討伐ということで、事前に作られた日程や目標討伐数などが記された計画書も伯爵から
そうして討伐に参加する際、どこにでもいそうな人間に見える魔道具の指輪を使用した。
シンプルな銀の指輪は
魔法のかかった魔石は指輪の裏側に
伯爵の手回しで彼女の部隊に配属してもらい、近くで彼女を観察することができた。
彼女の
『茶色の
サリエ=サルヴィリオ伯爵
まさに生ける伝説の彼女は身長も優に一九〇センチを
ところが、ティツィアーノ=サルヴィリオは
ガタイの良い騎士達に囲まれ、頭二つ分近く小さい彼女に何とも言えない
彼女は魔の森全体が
周りの側近達も新米の団長である彼女の指示を心配するでもなく、一心に耳を
魔物の討伐は
思わぬところから大物が出てくる事もあるし、それが必ずしも体が大きいとは限らない。
目視出来る
その魔物討伐を
―― 計画書通りに行くかどうか、……お手並み拝見だな。
そう思いながら見ていると、騎士達を集め、彼女が話し始めた。
その声は早朝の
「騎士団の諸君。今回の討伐はあくまで村近辺の魔物の討伐だ。功績を求めて決して深追いをしないこと。単独行動しないこと。無理だと思ったら
騎士団に逃げろ? サルヴィリオ家は国境を守る任についているにもかかわらず、そんなことを言うようになったのかと正直
「あ、あの! それでは騎士団の
一人の新米らしき騎士が彼女に向かって言った。
「貴様
ティツィアーノ=サルヴィリオの横に立っていた副官らしき人物が
確かあの男は以前から第一騎士団の副官を務めていたルキシオン=バトラーだ。サリエ=サルヴィリオ伯爵夫人に絶対の忠誠を
たのか。
その副官を手で制したティツィアーノ=サルヴィリオは新米騎士に向かって言った。
「ルキシオン、いいの。……
そう言った後、彼女は力強く笑った。
誰一人欠けることなく? 騎士達にそれを言うのはお
―― とんだ
新しい国境警備を担う団長に落胆を感じながらも、森に入っていった。
森を進んでいくにつれ現れる魔物達の種類に合わせた魔法
どこにどんな魔物が、どれくらいいるのか分かっていたかのようだが、魔物は決まったところに巣を作らない種類が多く、事前に予測を立てることは不可能だ。
しかも、経験の少ないであろう新米騎士達は常に討伐の簡単な魔物と戦っているし、明らかに
こんな采配は不可能だ。戦力が
彼女の
『誰一人欠けることなく』
その言葉に現実味を感じ、ぞくりと体を何かが
そうやって単調過ぎるほどの討伐が進み、日が頭の真上に
「全軍引き揚げさせて。もうあらかたの討伐は終わったから
「かしこまりました。では、後は私に任せて先にお戻りください」
「ありがとう。よろしくね」
そう言って彼女は顔立ちのよく似た
副官は全騎士団に
―― 北の国境警備も問題なさそうだな。思った以上に有能な団長だ。
そう思いながら騎士団と共に陣営に戻ろうとした時、部隊から
三人組の新米騎士達のようで、先ほどティツィアーノ=サルヴィリオに意見していた者も交ざっていた。
「オイ、騎士団から離れて
「大丈夫だって。俺たちあんなに魔物倒したじゃねーか」
「もう少し魔物を倒して魔石を山分けしようぜ。せっかくモンテーノ領からサルヴィリオに移ってきたんだ。前よりはよっぽど良い
そう言いながら彼らはどんどん奥の方へ進んでいった。
三人組は数
「右だ!!」
思わず
深い緑と、
「「「っ……うわあああぁぁぁあ!!」」」
その
装備品として
本来なら一個小隊できちんとした連携を取り討伐すべきサイズの魔物だ。
「あ、あんた、すげえな……」
「た、助かった……」
「ここは、俺に任せてお前達は本隊に知らせに行け」
三人にそう言うも、翼馬の子どもが気になるようで、戻るのを
「自分の命と魔石はどっちが大事だ? すでに軍律
そう言うと、三人がぎくりとする。
「そ、そうだな、すぐに助けを呼んでくるからな」
そう言いながら本隊の方に戻って行くと同時に子馬の翼馬もその場から離れていった。
―― これは、保身を
「口元を
そう声が聞こえた瞬間、目の前にティツィアーノ=サルヴィリオが降り立った。
彼女は何かをバジリスクに向かって投げつけた。
ちらりと後方を見ると魔物はその刺激臭をものともせずこちらを追いかけてくる。
バジリスク用の
「何を投げ付けたんですか!?」
「
その時、高い
この崖は
そう思った瞬間、彼女は
「さようなら」
その
さらにもう一
あまりのあっという間の出来事に
「あの刺激臭は、バジリスクの感覚を
つまり、彼女はここにワイバーンがいることを把握していたということだ。この巣は野営地から見えにくいところにあるが、いつここを知ったのだろうか。
そう
「ところで、どうして三人を隊に戻した? 一人であのバジリスクは
「……四人で死ぬより僕一人の
本当は一人であれと対峙した方が楽だったからだ。
簡単に倒せるとは思わなかったが、それなりのダメージを
「僕一人の犠牲?」
彼女は濃いブラウンの瞳に怒りを
「はい、彼らはまだ新米騎士ですし、未来ある若者です。民の為にも……戦って命を落とせるなら
本当は国の為に死んでも良いなんて思っていないけれど、自分の命を重たいものだとは感じない。戦争や討伐で消えていく命を数えきれないほど見てきた。
『戦って死ぬ』それが私の人生だ。
もちろん簡単に死ぬつもりはないけど、自分の人生に
そんなことを考えていた瞬間、
「死ぬことは許さない。どんな
その瞬間心臓が大きく
彼女に向けられた瞳は、
こんなにも強い光を瞳に宿した女性を見たことがあっただろうか。いつも寄ってくる女性はキツイ
でも、今目の前にいる彼女は訓練で日に焼けた小麦色の
視線をその美しさから引き離すことなどできず、自分の全神経が彼女に集中する。
「貴方の犠牲でどれだけの人間が悲しむと思うんだ。家族や、仲間、……この瞬間をこの短い時間を共有した私ですら貴方が死んだら心は苦しい」
私は部下に、周りの人間にそんなことを感じたことなどない。
戦う立場にいる以上それは当然のことと受け入れているし、戦場にいる人間はそう感じている人間が多いだろう。
でも彼女は心が豊かで、きっと人の心に
私が死んだら
「私は騎士団長として、未来の
きっと彼女は貴族社会の腹の
実直で誠実。でもその
「……よく……わかりました」
「え?」
ならば、私が彼女の手が
「そのままの貴方で国を守ってもらえるのなら、私たち民は幸せです」
そう言うと彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「貴方の為に死んでもいいと言ったら貴方は
そう笑いながら言うと、彼女はムッとしたように、「当然だ」と言った。
「では、貴方の為に生きることを許して頂けますか?」
そう言って、
すると彼女は自身の剣を
「貴方の生きる目標ができるまで、その心と忠誠を預かります」
騎士の忠誠は貴族、王族共に騎士が
剣が引かれた気配を感じ、下から彼女を見上げると、森に差し込む光が彼女を照らし、
全身は
大きく
その直後、泣きたくなるような、胸がじわりと苦しくなる感覚に襲われる。
彼女は王太子の
人生で初めて何かを
三年前のあの感情を忘れることは無かった。
*****
南の海域に発生している魔物の大群の報告の為に王宮に上がった時、
またアントニオ王子が父王に
出直そうとしたその瞬間思いがけない話が聞こえ、ドアの前で足が止まった。
「馬鹿者が!! あれだけ
婚約破棄?
たたきつけた? ティツィアーノ=サルヴィリオに?
今までにないほど……足元が
「アントニオ、なぜお前の王太子という立場が確固たるものとなっていたのか分かっておらんとは、
「父上! 何をおっしゃるのですか。おっしゃる通りに婚約
愚かな王子の言葉に
こんなにも自分が感情的だと思ったことはなく、常に理性的に物事を処理してきたつもりだ。その感情は
「お取り込み中失礼いたします。南海域の魔物大量発生について報告を申し上げたいのですが」
それでもなんとか取り
「あぁ、レグルス
アントニオ王子を
なぜ自分がこんなに𠮟責されているのか理解できていないアントニオ王子が、不満そうな顔で出ていこうとしたところを呼び止めた。
「
そう言うと、そうなんだ、聞いてくれという顔で話し始めた。
「僕にはティツィアーノのような
婚約解消の書類にまで署名しているとは……。
不満を言う愚かな
「黙れ! アントニオ! サルヴィリオ家を
「――陛下。その繫がりは私ではダメでしょうか?」
激怒する王にそう進言すると、彼はぴたりと固まった。
「レオン……。
「はい。貴方の
「それはもちろんそうだが。……お前はそれで良いのか? 今までどんな令嬢とも……」
今まで
「父上! それは名案です! レグルス公爵なら王家に連なる者ですから。僕も手を回しましょう。この縁談が
全く話を聞かず、勝手に話をまとめ始めたアントニオは、
「これを渡しておこう!!」
そう言って一枚の紙を渡してきた。
「……これは?」
見たら分かるのだが、まさか……。
「婚約期間中集めたティツィアーノの身上書だ。僕の周りの人間が勝手に作っていたものだが、個人的なことを調べてあるから使うといい。まぁ、こんなものがなくても、貰い手の無いあの女ならすぐに落とせるさ」
このクズ王子がティツィアーノ=サルヴィリオをここまで
彼女と約十年婚約期間があり、その間の彼女の情報はたったの紙キレ一枚。
しかも、家族構成や彼女の経歴など調べれは半日もかからないことばかり。
「……ありがたく
そうアントニオ王子に伝えると彼は満足そうに出ていった。
パタンとドアが閉まった瞬間、その報告書を
「レオン!? どうした!?」
驚いた王が玉座の上から声をかけた。
「いえ…、なんの役にも立たない紙キレなど、ゴミ箱に捨てる時間すら
「…………なるほど? そういうことか」
「いつからティツィアーノ嬢のことを?」
「そんなことより、アントニオ王子はこの縁談がうまく行ったら王位継承権を取り戻せると思っているようですが、国を
「そんな約束はしておらん。あやつが勝手に言っておることよ。我が息子とは思いたくないほどの愚かさにもうフォローのしようもない」
彼なりに息子を大事に思っているだろう。だからこそサルヴィリオ家との縁談をまとめたに違いない。
「アントニオ殿下にサルヴィリオ家の
「分かっておる」
自分が知る限り三度目のため息をついた彼は「もうその話は良いから、南海域の魔物討伐の報告を」と、話を逸らした。
――
もしかしたら彼女を私だけのものにできるかもしれない。
短い夢では終わらせない。一度見てしまった夢を、諦めることなどできない。
王に魔物討伐の報告をしながらも、心は彼女に
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