第1章 婚約破棄と新しい婚約者③



*****



 翌日、視察から帰ると、レグルス公爵ていから使いの人が来ているとの事だった。


「レグルス公爵邸の執事の方がお待ちです。お嬢様がご不在でしたのでお帰りの時間は分からないとお伝えしたのですが……。お早いお帰りでしたね」

「それが、視察中変な視線を感じて、けいの見直しをしようと思って早めに切り上げたのよ」

「今は隣国もおかしな動きをしていますから、気がけませんね」

「そうね、しかもそのリトリアーノの、カミラ皇子に似た人を見かけて……いっしゅんだったから見間違いかもしれないけどね。……とりあえず調査するよう指示は出したんだけど」


 そんな話をしながらリタと応接室に向かう。

 緊張しながらノックして部屋に入ると、執事服を上品に着こなした男性が立っていた。

 質の良いメガネと、すらりとそこに立つ姿はよく出来る有能な人間だという印象を一目で相手にあたえるたたずまいだった。


「初めまして、ティツィアーノ=サルヴィリオと申します。お待たせいたしまして申し訳ありません」

「とんでもないことでございます。こちらこそ突然の来訪の無礼をお許しください。私はレグルス公爵家で執事をしておりますアーレンドと申します、以後お見知り置きを」


 彼はそう挨拶をすると、大きな花束を差し出した。


「こちらは私の主人のレオン様からで、レグルス邸にく花で公爵様が作られた花束です。本日は主より一つ指令を受けて参りました」


 にこりとおだやかに笑いこちらの緊張をほぐしてくれようとしているのだろうが、『一つの指令』とやらに不安を覚え、受け取るのにも余計に緊張する。


「な、何でしょうか……」

「お嬢様のお好きなお花は何ですか?」

「……はい?」

「お嬢様のお好きなお花は何ですか? 必ず答えを頂いてこいと命を受けておりまして。お答えを頂かないと、私は本日屋敷に戻れません」


 アーレンドさんは悲しそうに言うが、私は予想外の指令過ぎて、頭が働かなくなってしまった。


「……え、あ、……お花……ですか。野に咲くお花も、たんせい込めたお花もどれも綺麗です」

「それでは、嫌いなお花は何ですか?」


 当然彼の期待に沿う答えでは無かったようで、違う方向から聞かれた。


「……嫌いな花は無いですが、いて言えば香りの強い花が苦手です」


 すると、彼は満面のみで「ありがとうございます」とお礼を言った。


「これで、主人の下へ胸を張って帰れます。あ、こちらは主人からお嬢様への手紙です」


 そう言ってふうとうを渡し、彼は帰って行った。

 部屋に戻り、また机の上で手紙とにらめっこする。


『あなたのお好きな花が分からなかったので、レグルス公爵邸に咲く庭師自慢の花達です。以前伯爵領をおとずれた際に触れた街の活気も、自然の美しさも忘れられません。貴方の尽力あってのことと思います。国境で他国と魔物達から国民を守る為に戦うティツィアーノ嬢のいやしに少しでもなればうれしい。それから、もしも貴方がレグルス公爵家に入った後騎士団に入ることを望まれるなら全力でサポートします。戦場で貴方が側にいてくれるならこれほど心強いものはない』


 そして、前回同様赤面してデスクにくずちた。


「リタ……このお花、部屋に飾りたいからびんを用意してくれる?」


 机に突っしながら言うと、「かしこまりました」とリタがめずらしく口元を緩めながら言った。

 国境警備も、魔物との戦いも、当然のことと思っている。だから誰も、……アントニオ王子だって、社交界で会う大人も、同年代の子も、こんな風に気遣ってくれる人なんていなかったし、そうして欲しいとも思ったことなんてなかった。

 彼のメッセージに心がじんわりと温かくなり、なぜか少し瞳がうるんだ。


「噂の公爵様とはイメージが違いましたか? お会いするのが楽しみですね」

「そうね……」


 返事を書かなくては……そう思いペンと紙を用意するも、なんと書いたら良いか分からなかった。

 彼の訓練を見たことがあることを書こうか。レグルス家でも騎士として必要としてくれたら嬉しいとか、会うのを楽しみにしていると書こうか……。

 そんなことを思っているとふとアントニオ王子の言葉を思い出す。


『お前のような女らしさのかけらもない剣を振り回す野ザル』


 あんなクズ王子にどう思われようと構わないが、言っていることはごくもっともで、部屋にある鏡台に映った自分を見てため息をついた。

 あの婚約破棄を言い渡された日、王子の横に立っていたマリエンヌ嬢は、輝く金髪に、深いエメラルドグリーンの瞳。白魚のような手にけるような白いはだあかく色づくくちびる

 きゃしゃでありながら出るところはしっかりと主張をしている女性らしい体つきをしていて、まさに欲をそそるような女の子だった。

 それに比べ、自分はどうだろうか。ありきたりなうすい茶色い髪に、い茶色の瞳、焼けた肌に剣だこの出来た手は荒れている。

 立ち姿もどこか男らしい気がする。りょくどころか、女らしさという言葉を感じさせる部分が何もなく、一体どこに公爵様の目に留まるところがあったのか理解できない。むしろ本当に私を見たのならかれることはないのではと思う。

 暗い気持ちになりながら、手元の紙とペンを引き出しにしまった。

 それから毎日レグルス公爵様からおくものが届いた。

 可愛らしい、すずらんを連想させるペンダントとイヤリングのセットで、華奢なデザインになっているが、細工や使われている宝石は見ただけで高級品と分かる。


ごろの鈴蘭が貴方のように可愛らしく、どうしても届けたくなりました』


 その翌日はパステルグリーンと、パステルイエローのマーメイドラインのドレスが届いた。可愛らしい色合いだが、スッキリとしたラインが大人っぽさを出し、リタは「お嬢様のイメージにピッタリなドレスです!」とたいばんを押してくれた。

 アントニオ王子は誕生日にはいつもごうだけれど色の濃いドレスや、大ぶりの宝石を送ってきていたが、メッセージカードさえついていないそれは、きっと誰かに適当に贈らせたものだろう。王宮に行く時に着て行っても何も言わなかったし、興味も無さそうだった。

 また次の日は、茶色と黒のペアの可愛らしいテディベアが届いた。

 それを見たテトが、「茶色と黒のペアってまさか……。お嬢と公爵……?」と変な顔をしてぶつぶつ言っていた。

 ぬいぐるみなんて自分のイメージと違う気がして欲しくても手を出さなかった物だ。そして毎回、えられている手紙が私の赤面を習慣化させた。


『水平線のりんとした美しさに貴方を思い出した』

『倒したかいりゅうから取れたせきの輝きに貴方を感じた』

『貴方に贈る為、癒し効果のある魔石を持つクラーケンばかりを退治してしまいました。れた魔石を送るので、戦場で使う時にでも自分を思い出してくれたら嬉しい』


 なんでそこから私を連想する要素があるの? とツッコミたかったし、クラーケンばかりらんかくしては、魔物の生態系も崩れやすいのでまんべんなく退治するべきでは!?

 とか思うところが無かった訳ではない。……訳ではないが、次々と届く贈り物のお礼の手紙に書く内容も気持ちも日に日に変わっていった。

 一週間が経つ頃、結婚を受け入れるむねの返事を出した。

 父と、母のいる執務室に公爵様への返事を報告しに行くと、眉間に皺を寄せた母に、しょうげきの言葉を伝えられた。


「分かった。一週間後に挙式をすることになったから、準備をしておくように」

「……はい?」


 今結婚のしょうだくを決めた返事を出したと伝えたのに、なぜ挙式が決められているのか……。確かに貴族の結婚では顔合わせもせず結婚に至るケースも多いけれど……。


「あの、一週間後は公爵様がこちらに来られる日ですよね……?」


 聞き間違いだろうかと思い、確認する。


「どうせ結婚するなら早い方が良いだろう。公爵にも話はつけてある。挙式は王都の教会でする予定だ。何か問題があるか?」


 ありえないと思いながらも、嬉しい気持ちと、面と向かって顔を合わすのがこわい気持ちがないまぜになり、小さく「はい」としか返事ができず、そのまま執務室を出た。

 どことなく重い足取りで廊下を歩いていると、「姉上」と後ろから声をかけられた。

 振り向くと、サラサラの金髪で、十二歳になってもあどけなさを残した可愛い顔をした弟が嬉しそうにってきた。


「オスカー、どうしたの?」

「この度はご婚約にご結婚、おめでとうございます。レグルス公爵様といえばあの噂に名高い王国騎士団の団長を務めてらっしゃる方ですよね。とても立派な方だと聞いています。あのクズ王……じゃなくて、アントニオ王子と破談になって僕も嬉しいです」


 こんな可愛い弟にまでクズと呼ばれる王子なんてどこの国にもいないと思いながら、「ありがとう」と返事をした。


「姉上がいなくなってしまうのはとても寂しいけれど、僕がサルヴィリオ騎士団の団長になった時、立派になったと褒めてもらえるように頑張ります!」


 鼻息をあらくしながらガッツポーズを作り、尊敬の念をこめたキラキラした目で私を見てくる弟はとても可愛い。


「オスカーなら、お母様のように立派な団長になれるわ」


そう言うと、オスカーはキョトンとした。


「もちろん母上も尊敬する騎士ですが、僕は姉上のようになりたい」

「……え?」

「先日、魔物の大群が押し寄せてきた時、こちらの騎士団に死者が出なかったと伺いました! それから、隣国の人身売買を行う組織をばくして領民へのがいも出なかったと……。

 姉上が団長になってから被害はゼロと聞きました! 全て姉上のさいはいだと。みな自慢の団長だって口を揃えて言っています」


 興奮しすぎて酸欠気味なのか、オスカーの顔が段々と真っ赤になっていっている。


流石さすが姉上の弟だと、そう言われるよう僕頑張ります!!」


 私としては、母のように一人せんじんを切っていく姿が格好よく見えるが、私にはその才能も能力もない。今自分ができることをせいいっぱい頑張った。それを弟にそんな風に言ってもらえて嬉しくないはずがない。母に認められなくても、こうして認めてくれている人がいる。

 自分の努力はではないと……。


「ありがとう。すでに自慢の弟だけど、……貴方の成長がとっても楽しみだわ」


 そう言いながら、自分より一回り小さい体を抱きしめ、にじむ視界を彼からかくした。

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