第777話 現実のような異世界の私――異世界から操られている私


 大美和さくら先生は、預言書を書き終える――

 肩の力を抜くと、ひとまず大きな深呼吸。

 キーボードから両手を放して、ぶらーんと筋肉を解してから、今度は「んぐー」と背伸びする。


「……でも、ふふっ。この最終改訂版も、ぶっちゃけ今までの新子友花が書いてきた預言シリーズのように、なんだかねぇ……」

 画面にはワードで書き終えたラノベの内容が表示されていて、先生はその文面をおおよそに追い眺めてから、一人小さく微笑むのだった。

「ありましたね……。私、新子友花さんに『ぶっちゃけ、ゲームの水没後とか……。ふふっ。新子友花さん。好きですね~』なんて揶揄っちゃいましたっけ」

 思い出したのは、懐かしい彼女と自分が出題したラノベの課題についてだ。


『んもー!! だって、フィクション書けっていったじゃんかい!!!』


 先生からフィクションを書いてくださいと出題されたから、その通りフィクションの未来を書いた挙句に、どこかで見たこと読んだことがある作品と似ていますね~なんて言われたもんだから、新子友花はムキにツッコんだ過去――

 ちなみに、どのフィクションを書いても大美和さくら先生が同じような調子でツッコんだ……。


「青春ですね――」


 大美和さくら先生は新子友花のその姿、それからオリジナルラノベを次々に書いていこうとする率直な姿に、青春という言葉でエールを小声で贈る。

 自分にはもう二度と訪れない青春を寂しく感じて、羨ましくもあり……


 あつかましいですか? でもね、応援しようと思います。




       *




「新子友花さん!」

「はにゃ~」

「新子友花さん……どうしました? オリジナルラノベを書き過ぎて疲れましたか?」

「はにゃ~」


 ラノベ部の部室に、新子友花の寝ぼけた声が響く。

 開きっぱなしのノートPCの前に、机に前屈みに眠っていたようだ。

「ああ、大美和さくら先生…… あたし、部活中に」

「はいな! ちゃんと起きて部活動してくださいね」

 教卓の横に着席している先生、その左向かい最前列の席に新子友花が座る。

 他の部員は誰もいなかった。

 顧問と部員と二人だけの部活動である。


「どうしました? 何か怖い夢でも――」

「……はい」

 寝ぼけた自分を起こそうと、頬っぺたをぺんぺんと叩いてから、金髪ロングヘアーの乱れを手櫛で梳く。

「そうですか、まあ、異世界物のラノベを書いているとたまに見ますよね?」

 例えば、長時間RPGを遊んでいていたら、いつの間にか眠ってしまい夢の中で冒険している感じである。

「大美和さくら先生、あたし……なんだか現実のような異世界という夢――を見ていました」

「……どういうことですか?」

 う~ん……。

 よくは思い出せないけれど、それにどう説明していいのかも難しい……。

 それが夢だと断言すればそれまでではあるけれど、新子友花はなんとか足りない語学力を振り絞って説明しようと思った。


「ぶ……ぶっちゃ……。日本も含めて、この世界が無茶苦茶になっちゃう夢です……」


 新子友花は簡単に思い切って、自分の夢の内容を説明した。

 というより、大雑把じゃやね?


「……そうですか? 世界が終わる夢ですか」

 先生は驚かなかった――

 そして椅子から立ち上がると――

「もしも、私達が生きているこの世界と全く似ている異世界があったとして、それは、もう……私達の現実世界とは何が違うのか? 理解することはできませんね」

 そして、新子友花のノートPCに映るワードのラノベを読みながら――

「大美和さくらはね、ある時―― この現実は、私が生まれた世界じゃなくて……死ぬための世界だと、そうパラレルワールドに感じたことがありました」

「そ……そうなのですか?」

 びっくりくりくりだった。


「ええ……それからこんなことも考えたことがあります。RPGというゲームの中で生きているキャラクターこそが自分の本当の姿なのであり、それを操作しているプレイヤーの私は、すでに自分の生まれた世界から転生して、新しい世界――死んでいくための世界なんじゃないかって」


 その思いが、RPGを遊ぶ自分と重なって――

 私達が、何か不思議なプレイヤーによって……この異世界を生きているんじゃって……


「死んでいくための世界なんじゃないかって……。でも、ゲームに登場するキャラクターは……新子友花さん、覚えていますか?」

「それって……」

 しばし考え中。

 ああ……と手の平にポンッ! 頭の上にビックリマーク。

「それって、ずっと前にあたしに出された課題の時の話ですね。フィクションの本質――」

「そうです。キャラクターは死なないですよ」

 先生は新子友花の頭を撫でた。


「先生は聖人ジャンヌ・ダルクさまではありませんからね……。ただの一般人でありNPCですから、ラスボスと闘う力なんて到底ありません。魔女みたいに魔法を使うこともできませんし……」

「お……大美和さくら先生、あたしも同じです」

 同調して見せて、先生の思いを共感しようと思ったのか?


「ありがとう、新子友花さん……」


 聖人ジャンヌ・ダルクさま――

 胸の前で十字を切る――


「新子友花さん、一つ聞いていいですか?」

「……あ、はい」

 信心深い姿を見せたかと思うと、大美和さくら先生は我に返り新子友花の顔を見た。

 驚いたのは彼女である。

「あなたがせっせとオリジナルラノベを異世界物語を書いているその自分自身って、本当にあなた自身が書きたいと思って書いている小説なのでしょうか?」

「どういうことですか?」

 何を聞かれるのかとドキドキしていたけれど、まったく先生の伝えたい意図と意味がわからない。

「つまりね……」

 顎に人差し指を当てて、もう少し彼女にわかりやすい表現に解そうと先生はしばらくシンキングする。

 先生が考えるときのこの癖は、ハルマゲドンが訪れてもするんでしょうか?


「ラスボスの攻略方法をネットで知ってしまって、同時に、自身の精神レベルもマックス状態にまで成長したとしたら、もうこのRPGを遊ぶという行為自体が面白くなくなってしまって―― だから、この世界は」

 大美和さくら先生は、自分の言いたい話の内容をゲームに例えることにした。

「ラスボス……、RPG……。この世界は……?」

 一方の新子友花はというと、それでも意図をつかみ切れないでいる。

「この異世界は大美和さくらにとって、本当の……すでに本当の現実となっていたのです。ラスボスに支配され倒される役目である私が、ある時、私を操るプレイヤーから異世界の攻略本をもらってしまい……ですから、私は……私にできることはないだろうかと考えて」

「……」

 やはり……チンプンカンプン。

 首を傾ける新子友花。


「私は預言を書き残したのです――」

 大美和さくら先生は微笑んだ。

 いつものように優しい表情を新子友花に見せてくれた。


「預言……書き残し。大美和さくら先生!」

 偶然の一致?

 正夢??

 ゲームによる例えはよくわからなかったけれど、預言という言葉を聞くなり新子友花が立ち上がった。

「そ……それ、あたしがさっき見ていた夢の内容と同じです」

 とても驚いた様子だ。

 これをデジャヴというのか?

 新子友花が見た夢の内容は、大美和さくら先生が世界崩壊の預言を書き残す。まさにそのままだった。

 そして、先生の口から預言を書き残したと聞いたものだから、彼女は自分が見た夢の内容を鮮明に覆いだすことができたのだった。


「そうでしたか……、では、あなたが見た夢が、今もこうして続いているのかもしれませんね」

「……それって、あたしまだ」

 つまり、大美和さくら先生が書き残そうと預言を書いている夢を見ていた新子友花が、先生に起こされてその夢の内容を伝えたら……それも自分の夢の続きなのかもしれない……と先生が教えてくれる。

 胡蝶の夢の夢である。


「ふふっ! 先生の冗談ですよ」

 大美和さくら先生が明るく微笑む。

「新子友花さん。……自分を中心にして物語を書いていると作者と主人公と、どちらが本物なのかわかりますか? 私が死なない物語に登場する主人公の私と、私が死んでいくこの世界で物語を書いている私と、どちらが――」

「……はにゃにゃ??」

 猫語が登場したということは、新子友花の思考回路はマックス状態ということである。


 それを喜ぶべきか否か――

 私には、わかりません。


「聖人ジャンヌ・ダルクさまは仰いました。我は思う。故に我は今も生きている……ですね♡」

「……先生?」

 そんなこと教会の授業で習ったっけ?

 新子友花は目を丸くしてしまう。

「本日のラノベ部の活動はこれくらいで終えましょうか? ねぇ! 新子友花さん――」

 大美和さくら先生は微笑み続けたまま、彼女の頭を優しく撫でた。








 新子友花さん……



 どうか、その日を越えてください。

 越えて、どうか……あなたの人生を完成させてください。

 イルミナティのその目的は、預言の完成であって決してあなたの死を目的としていません。

 このことを、しっかりと覚えておいてください。



 この預言ラノベは大美和さくらの義務なのです。





 終わり


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

 登場人物と団体名等は、すべて無関係です。

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