確知

「──探偵……?」

 シオンは隣でブランコに座るアザミを見た。

「ああ。俺のしていることに名前をつけるとしたら、それが一番適切だろうな」

「じゃあ、事件解決にたくさん貢献されているってことですか」

「まあそう言えば聞こえは良いが、実際に俺がやっていることはそんなキレイなものではなく、荒事がほとんどだ。法律違反もザラにある」

「え、それって、大丈夫なんですか。捕まったり……しないんですか」

「いや、かなり危険だ。近々俺は、警察に追われる身となるだろう」

 大真面目な顔でそう言うアザミに、シオンも大真面目に驚き、焦る。

「ええっ?! そんなっ、じゃあ、どうすれば……?!」

「……」

「……先生?」

「……冗談に決まっているだろう」

「はあ?! 冗談……もう、焦った……」

「フッ。シオン、お前はやはり、もう少し疑うことを知った方がいい」

 面白そうに笑うアザミに、シオンはムッとした。

「じゃあ、先生はどうしてあたしの学校に教師としてやって来たんですか。たまたま教師をやってたらたまたま赴任先が変わってたまたまそこにあたしとあの犯人がいた……なんてそんな偶然あるわけないじゃないですか。何か目的があるんでしょう?」

 ジトッとした目で見てやった。

「その通りだ」

 しれっとアザミは言う。「俺は教員ではないし、お前の高校に来たのも偶然ではない。とある事件を追っているからだ」

「とある事件?」

「俺が来る前に、物理の担当教員をしていた男がいただろう」

「あ、はい。オトギリ博士のことですよね」

「ああ。そのオトギリという男が、今回の連続少女誘拐事件に深く関わっている可能性が浮上してきた」

「えっ? 嘘……」

 まさか。そんな物騒なことからは最も遠いところにいそうな人間が。

「意外か?」

「はい……だってあの先生、授業は退屈だけど良い人だと思います。温厚でいつも穏やかで、怒っているところなんて見たこと無いし……信じられません」

 白髪混じりでいつもメタリックなフレームの眼鏡をかけている白衣男。やや曲がった背中に小さい歩幅は老人の門をくぐった人間の典型だろう。

「──人は、演じることのできる生き物だ」

 アザミはどこか遠いところを見ていた。「嘘をつくことができる生き物と言っても良い。シオン。その温厚で優しい白衣の初老という男が、裏表のないありのままの姿だと、誰かが一度でも保証したか?」

「それは……」

 確かに誰も保証はしない。だがそれなら人は、他人のことをこれがこの人間のありのままの姿だと保証することなどできるのだろうか。本当の自分か否かは本人にしかわからないことではないのか。「じゃあ、あたしたちの知るオトギリ博士は、彼の本当の姿ではなかったと……?」

「明確な証拠を掴んだわけではないが、その可能性は少なくない」

「……」

 シオンは俯いて、ゆらりとブランコを揺らした。

 ──信じられない。だけど……信じられないからこそ、真相を知りたい

「──先生。その事件の調査、あたしも手伝います」

 シオンは真っ直ぐにアザミを見つめ、言った。

「は──?」

「その事件の調査、あたしも手伝います」

 シオンは繰り返した。「この事件の真相を、あたしも知りたいんです」

「やめておけ」

 アザミの表情が冷たく、そして険しくなった。

「どうして──」

「危険だからだ。お前は先程の俺の話を何も理解できなかったのか? 自分の命を大切にしろと言っただろう」

 正論だ。つい先程、その言葉を聞いた。だが、シオンだってこれが危険なことくらいわかっている。

「わかってます。危険を承知で言っているんです。あたしはこの事件を追いたい。あたしが巻き込まれた事件は、あたしがかたをつけたいんです」

 アザミの視線は刃のように鋭かった。

「一介の高校生ができることだと本気で思っているのか」

「思ってません。だけど、先生が一緒なら。先生のお手伝いなら、あたしにもできるはずです」

 シオンは訴えた。

 アザミとシオンはしばらく互いを見合う──と言うよりも睨み合っていた。

「……お願いします」

 折れたのはアザミだった。はあ、と大きなため息をつく。呆れているようだった。

「たまたま十年前に救った少女が、こんなにも強情とはな。――いいだろう。だが、お前の身に何があっても、俺は責任を取らない。それでもやるか」

「──やります」

 ──やってやる。この事件の真相、絶対に掴んでやる。

 燃えたぎる何かがシオンを満たす。

「シオン。ひとつ訊きたい」

 アザミはシオンを見ていた。「なぜお前は、死ぬことを恐れない?」

「……」

「危険だとわかっていながら少女を救おうとあの男の後を追い、真相を知ろうと俺に協力を申し出る。怖くはないのか。そうまでしてこの事件を追うのはなぜだ」

 問われて初めて考える。

 何故だろうか。

 確かに自分はしなくても良い危険なことをしている。シオンが見ないふりをしたって、シオンにはなんの影響もない。むしろその方が、シオンの平穏は保たれるのだ。

 暫しの沈黙の後、シオンは自分なりの答えを言葉に紡いだ。

「──死ぬのは……怖いです。考えるだけでゾッとするし、今日だってあの子を尾行しているときは震えてました。建物の前に来た時は十年前の恐怖がフラッシュバックして、まともに立ってもいられなかったです」

「ではなぜだ」

「生きる意味が、わからないからです。今までなんの苦労もせず、ただ自分のことだけを考えてのうのうと生きてきました。だけどある時思ったんです。自分は幸せでも、誰かの役に立っているのだろうか……と」

「誰かの役に立たないと、生きる意味がないと思ったのか」

「そうです。もしあたしが死んだら、家族や友達は悲しんでくれるかもしれません。でも、生活に困りはしないと思うんです。だってあたしは誰かの生活の安全や平穏を支えていたわけではないから。だとしたら、そんなあたしに生きている価値なんてあると思いますか」

 アザミは答えず、感情の読み取れない顔で、ただ地面を見つめていた。

 シオンは続ける。

「生きている価値はない。でもだからといって死ねるほどの勇気もない。そんな中途半端な自分が情けないから、何とかして誰かの役に立とうとしているのかもしれません。どうせ死にきれないのなら、生きる方に意味を見出したい──これで……答えになってますか」

 アザミはやはり、無感情に下を向いていた。が、やがて

「その命を必要とされるがために、その命を懸けて闘うということか……」

 そう呟いて、シオンを見た。「矛盾しているが、悪くない思想だな。まるで昔の俺を見ているようだ」

 アザミはうっすら笑っていた。


「さて──そろそろ帰るか。家まで送ろう」

 ブランコから立ち上がり、二人は歩き始めた。


 

 

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教師と生徒と探偵と 霜月りんご🍎 @mizuna__aka2932

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