この気持ち


「みんなが私に取り入ろうとして仲良くなろうとしてると思っちゃうようになった。それから、ぜんぜん学校も楽しくなくって」


 そうして出来上がったのが、敬語の私なんです。と、困ったように笑う。


「勘違いしないでほしいのは、さっきまでの、いわゆるタメ語の私は、あくまで私の子供の頃を再現しただけ。今の素は、こっちですから」


 少し安心した。さすがに、俺達の前でも皮を被っていたとなると少し落ち込みそうだからな。


「そして、暫く経って、中等部に入学して、そこできちんと『取り入られる』経験をして、もっと人が信用できなくなりました。そこで出会ったのが、十亀先輩です」


 なんでも、普通に廊下を歩いていたところを捕獲され、生徒会室に連れて行かれたらしい。俺と同じか……


「お互い、大変だな……」

「……?まあ、そこから十亀先輩との交流が始まりました。十亀先輩は、知り合いの家の子がひどい顔して歩いていたから連行した、と言って、なかなか話してくれませんでした。知り合いの家の子、といわれ、てっきりまたこの人も私の家目的か、と思ってました。でも十亀先輩は、この家以上に成功して、この家とも関係があり、本人にも信用できる友達がいて、まるで私なんていなくたって完結している人でした」


 初めて感じたことでした。この人には、私の存在がなくたってなんの問題もないんだ、って思ったのは。そう言った顔は、内容に反して、非常に嬉しそうなもの。


「あんまり良くはないかもしれないですが、私は初めてここで十亀先輩が信用に足りる様な気がしました。家族以外では、かなりぶり……いや、初めてできた信用できる人でした」


 わかるかもしれない。十亀会長は心にすっと入ってきて、勝手に信用してしまうような魅力がある。


「そこから、なんだか日々が加速したような気がします。今の高等部の生徒会総務部の皆さんに会わされたりもしました。びっくりしました。各人が、まるで私だけじゃなくって、十亀先輩へも、完全に信頼だけを向けていたのです」


 はじめての目線でした。そう言う、寂しげな表情。


「はじめてきちんと人を見る事ができました。すると、十亀先輩が『それが本当の目線だよ』と。私は、ようやくきちんと友達を選べ、と言われた意味がわかりました。クラスに帰っても、本当に私に不快な目線を向けてきていた人は少なかったのです」

「別にゆずちゃんは悪くないだろ」

「いや、私も悪いんです。……それに気がついて、しばらくして、おばあちゃんが謝ってきたんです。心から申し訳無さそうに。『あんな事を言うには幼すぎた。私は苦労してほしくなかっただけなんだ』って」


 泣いていた、とまで言う。俺は知らないゆずちゃんの祖母の一面。


「今までの誤解を解き合いました。家の道具の話は、あくまで好きな人がいなかったら、お金持ちである家を利用して、ある程度苦労しない金持ちの家に嫁ぐという手もある、と示しただけに過ぎないこともわかりました」


 少し安心する。何だ。別にゆずちゃんはおばあちゃんに嫌われていたわけではないのだ。


「ま、どちらにせよ、一定の年齢までそんな人が現れなければ嫁入り、という話はされましたが」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんなんです」


 微笑むように言う。そこは俺がどうこういう問題ではないだろう。


「さて、私ですが、そこから日々が好転しだしました。でも、私はすっかりコミュニケーション能力を失っていました。友達の作り方も、どんな人と友だちになれば良いかも忘れてしまっていました。そこで、十亀先輩に話に行ったのです」

「気に入った人間を拉致する人間に聞くのか?」

「頼れる人学校の人が、十亀先輩しかいなかったんですよ」


 悲しいな……それ。確かに、十亀先輩が中学の時だから、山口先輩たちもまだ他校だし。


「そうしたら、コツを教わったんです。簡単です。『自分がいなくても完結している人間、それに、自分が興味を持った人間に近づいていけば良い。それ以外はそこそこで良いの』でした。……そして、私はクラスを見渡し、興味を持った人を探し続けていました」


 でも駄目でした。と笑う。


「友達なしぼっちお嬢様の私はその状態で中等部を終えました。ずっと主席でした。誰も近づいてきませんでしたけど」

「ええ……」


 なんと言って良いのか……そう思っていると、「そこ、笑うとこですよ」とツッコミが入る。いやいや。


「ちなみに、中等部のうちで一番興味がそそられたのは、十亀先輩が何回勧誘しても生徒会に入ってくれないから新しく役員を作ってまで強制的に入れられた高等部一年の先輩でした」


 くすくす、からかうように笑ってくる。何だこの勘違い系元ぼっちコミュ障お嬢様が……!


「で、その先輩の名前を聞く前に入学してしまい、はじめてのテスト。私は当然主席になれるものと思いました。すると、私の順位は三位。……初めは本当に意味がわかりませんでした。成績もいいし、この順位を取るわけがわかりませんでした」


 確かに、この学校の定期テストはかなり難しく、一年生初めの学力確認テストは、例年最高点が70点近くになるくらいの高難易度テスト。そのテストで、平均90点取っているゆずちゃんが主席と勘違いするのもしょうがないかもしれない。


「しかし、外部進学から、化け物が二人いたのです。……なんですかあれは。あのテストで平均95超えるのって。ひまりさんはほぼ100点ですし。……ただ、そんなに長い間項垂れていたわけじゃないんです。すぐにお二人に興味が出てきて、話しかけに行きました」


 二人は有名人だっただろうし、見つけるのは簡単だったらしい。それに、ほぼずっとふたりでいるからな。


「会ったときは、この人達が?と思いました。もっと、勉強に全て捧げているみたいな人だと思っていたからです」


 普通の女の子でした。と、不思議そうに言っていた。


「まあ、それが良かったのかもしれないですが、どんどん仲良くなって、今では友達……なはずです」


 不安そうに目を逸らす。もしかしたら、向こうはどう思っているかわからないとかいう思考か?……わからなくもないけれども。


「そして、勉強を教えてほしいと言ったら、二人からやたら高評価の先輩がいるではないか!それに、ひまりさんのお兄さんとのこと。……すぐに十亀先輩に話しました。すると、その先輩こそ、中学の時から興味が尽きなかった例の先輩じゃないですかということで」

「じゃあ、出会ったときにはもう俺のこと知ってたんだね」

「そうなりますね。大好きでしたから」


 後半気になる言葉が聞こえた気がするが、無視する。


「それに、はじめて会ったとき、身だしなみも綺麗で……すぐわかりました。憧れたいた姿そのもので……」


 うん?雲行きが怪しくなってきたぞ


「先輩、この家にお婿さんに来ませんか?」

「冗談か?全くおちゃめだなあ」

「そんなわけないじゃないですか」


 ゆっくりとゆずちゃんが近づいてくる。

 いい匂い……じゃなくって!さっきまでシリアスな感じだったじゃん!


「ここまで心をさらけ出した人ははじめてです。……初めは恋に恋してるとか、憧れと恋心の区別がついてないのかな、と思ってました。でも違うんです。こうやって話しててわかります。私は、本気で先輩のことが好きです」


 おでこを俺の額にコツン、と合わせる。顔が近くて緊張する……

 かわいい系の顔で、ぱっちり二重。これで化粧とは無縁の生活を送ってきたらしい。

 じっと見つめられ、なんだかいたたまれなくなってくる。 


「ゆ、ゆずちゃん、お、俺は……」

「なんて、今はいいです。今だったら、絶対断られちゃいますもん」


 あはは、と笑いながら離れるゆずちゃん。

 なんだか、この話をする前とは、やっはり雰囲気が違う。なんだか、更に柔らかくなったような……


「私は、この家系らしく、落としてみせます!お父さんも、おじいちゃんも、そうしてきたって言ってました」


 ふんす!と、何やら気合を入れる。これからどうなってしまうのか、なんだか頭が痛いようで……口角が上がっている自分に気がついた。

 どれだけ楽しい日々になるんだろう。


「ただいまー!二人共、楽しそうだね!」

「どうかしたんですか?」

「話してたんです。私がお兄さんのこと大好きだって」

 

 その瞬間、この部屋の空気が凍ったように感じた。

 真っ先に動いたのはひまり。俺に飛びついてきて、「私も大好きだからね!」と。「わ、私も!」そう言って控えめに咲ちゃんも続く。

 ゆずちゃんは後ろからそっと抱きついてきて囁く。


「私がこんな事するの、和人さんだけですから」

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