変わった


 朝起きると、既に高松さんの姿はなかった。

 その代わりなのか書置きが残されており、そこには朝食の時間、昨日の礼、そしてもっと気軽に接してほしい、という事が書かれていた。


「親子、似てるなあ」


 そう思わざるを得ない。


 布団を畳み、朝食の為に昨日も何度か行ったあの食堂の一部屋についたが、まだ誰もいない。まあ、まださっきの紙に書かれていた朝食の時間まで結構な時間があるから当然かもしれないが。

 まあしょうがない。ゆずちゃんの部屋に戻ろう。

 ゆずちゃんの部屋の離れに入り、和室の襖をたたく。


「起きてるか?」


 返事が聞こえない。今度はもうちょっと大きく叩いてみる。反応がない。


「しょうがないか……セクハラとかには、ならないよな?」


 ゆっくりと襖を開ける。

 三人は仲良く眠っていた。ゆずちゃんはきれいに寝ていた。咲ちゃんは横向きになって、かわいらしく寝ていた。……ひまりは、掛けていた布団を蹴り飛ばし、豪快に寝ていた。


「みんな、そろそろ起きろ。時間も時間だぞ」

「んぅ……和人さん?」


 ゆずちゃんが反応するように伸びをしながら起きた。咲ちゃんも薄目を開けていた。


「ひまり。抵抗は無駄だぞ」


 ひまりは蹴とばしていたはずの布団を顔にかぶって、何とか二度寝に持ち込もうとしていた。

 それを剥がしてやると、「お兄ちゃん!横暴だ!」とわめく。じゃあちゃんと起きろよ……


「じゃあ、そろそろ朝ごはんみたいだから、行こうか」

「ちょっと寝すぎちゃいましたね。ありがとうございます」


 ゆずちゃんは頭を振って眠気を飛ばし、キリッとした表情になる。そのしぐさがかわいくて、思わず笑ってしまう。


「むぅ……なんで笑うんです?」

「いや、かわいいなと思って」

「かわっ……そんな簡単にかわいいなんて言ったらいけないんですよ!」


 頬を赤くしたゆずちゃんは咎めるように、でも少し嬉しそうにそっぽを向いた。


「ねえ、先輩。私は?」


 咲ちゃんはまだ少し寝ぼけているのか、とろっとした表情で腕に抱きついてくる。

 おう……これ、破壊力やばいな……


「かわいいよ。咲ちゃんも」


 そういうと、咲ちゃんは嬉しそうににへっとした笑みを浮かべて、ぴょんっと跳ねながら廊下に出て行った。

 それについていくようにゆずちゃんも出ていくので、それを追いかけようとすると、後ろ袖をつかまれる。


「ねえ、お兄ちゃん、私も……」

「ん?なんだ?」

「ほら!さっき咲ちゃんと柚子にしてた……!」

「何のことかわからないなあ」

「うー……あほお兄ちゃん……!」


 お寝坊姫にだけは言われたくないな。



 ●●●



 食堂に着くと、今度こそちょうどいい時間で、料理を持ったお手伝いさんと仲居さんがいた。


「お嬢様、今日は少し遅いようでしたが……」

「和人さんに起こしていただいたのです。遅れてすいません」


 ゆずちゃんは何ともなく笑う。その顔を見て何もないと安心したのか、お手伝いさんたちも安心した表情を見せる。

 中に食事を置き、お手伝いさんたちが去った後、ゆずちゃんが口を開く。


「少し騒がしかったですか?普段私が遅れてここに来ることがないので、心配させてしまいましたね」

「みんなに大切にされてるんだな」


 そういうと、少し驚いた表情をした後、恥ずかしそうに笑った。


「そうなんです。少し過保護なくらい」

「愛されてるな」


 そうですね、と笑う。ご飯を食べだし、自然と会話が途切れる。これ以上は触れてくれるな、と言っているようだった。


 ご飯を食べ終わる。おいしいご飯だが、バランス重視といった感じで、過剰ではないちょうどいい量だった……のだろう。

 だが、俺は男子高校生。これくらいの量で足りるわけはなく、何ならおいしいものを食べ、かえっておなかが減っている。

 毎朝俺と同じメニューを食べているひまりも同じだったようで、「自販機の所でなんか買ってくる!」と走って行ってしまった。咲ちゃんもついて行ってしまったので、二人きり。


「そういえば、和人さんは昨日はどこで寝たんですか?あの部屋はいらっしゃいませんでしたよね?」

「喜十郎さんの所だよ」


 今日一番の驚いた顔を見せる。「お父さんのですか!?」信じられないような顔だ。


「お父さんは、私室に人を入れることは全然ないんです。それこそ、家族と認められたもの以外は入れません」

「それは不思議な話だな。誘ってきたのは向こうからだったから」

「うーん、なんででしょうか?」


 色々考えているが、結局わからないという結論に達したのか、はあという溜め息と共に肩をすくめた。


「何かお話を?」


 言っていいのか迷った。ただ、彼女の父とした話を、娘であるゆずちゃんに言わないのは、なんとなく気が引けた。


「ゆずちゃんが変わった、っていう話かな」

「どんな?」


 そういった瞬間、ゆずちゃんの雰囲気が変わった。


「全部、かな」

「そう、ですか……」


 難しい顔をした。何とも言いかねているような……これを言っていいのか、迷っている。そんな顔。


「……ねえ、もし、私の本心をさらけ出しても、あなたは受け止めてくれる?」


 一瞬、誰が話したかわからなくなった。もちろん、この場にいるのは、俺とゆずちゃんだけだ。

 しかしその話し方も、表情も、普段と全く異なって見えたのだ。それでも、返事は決まっていた。


「……もどれなくなるくらい、大切な情報かも」

「それでもいいよ」

「……お人よしさん」


 そうして、ゆずちゃんは語り始めた。


「私に母はいないの。これは隠してるわけじゃないし、わかってたでしょ?」

「ああ、昨日聞いてもいたしね」


 「お父さんめ……ほんとにすべて話したな?」と、いつもと全然違う様子で語る。


「お父さんは忙しいし、私は頼れる人がいなかったの。今考えてみれば、あのころからお父さんと一緒にいればよかったかな、なんて思うけど、あの頃は迷惑かけちゃいけないっていう一心で避けてたから」


 馬鹿な話だよねえ、と、おどけるように笑う。それが、痛々しかった。


「私を教えていたのは、おばあちゃん。お父さんから聞いてると思うけど、私も、あんまりあの人が言う事まともに受け取ってなかったんだ。でも、習い事は将来お父さんの為になるかもって頑張ってたんだけどね」


 寂しそうな顔をする。それはそうかもしれない。お父さんの為になる、そのために磨いた習い事は、良いところに嫁ぐためでしかなくて……


「家の道具。そういわれたとき、世界から色が抜け落ちたみたいだった。でも、おばあちゃんは何回も、何回も、私にそう言った。……そのうち、それが私にとって『本当の事』になった」


 実際のところ、お父さんがどう思っていようと、それに過ぎないんだから、早めに現実知れてよかったけどね。と笑う。彼女は、きっとこのままおばあさんが用意した結婚相手と結婚することになってしまうのだろうか。


「おばあちゃんも、無理やりそうしようとしたわけじゃないんだ。『いい人を見つけたらその人と結婚するのもいいわ』って。でも、おばあちゃんがそのあと、友達は選べ、って言って、それから、私の友達はいなくなった」


 悲しそうに笑う。ゆずちゃんが別の道を選んでいたら、今頃どうなっていたのだろうか。

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