わがまま


 他愛ない話をして、お茶、それに持ってきてくれた和菓子たちを食べていく。ゆずちゃんが普段どうだとか、ひまりが学校で猫かぶってるだとか、思わず笑ってしまうエピソードばかり。


「ん?そろそろご飯の時間じゃないか?」

「あ、そうですね。今から食堂にご案内しますね」


 こっちに、と促されるがままに移動していく。最初に入ってきたおそらく本館だろう建物に戻ってきて、今度は奥に入っていく。そこにも高級旅館のような風呂場の入り口があったり、一般の家のはずなのに自販機があったりびっくりする。

 巨大な宴会場のような部屋をいくつか通り過ぎると、小さな個室の部屋が出てくる。


「ここでいただきましょう」

「へえ、私、ここは始めて来たかも」

「そりゃあそうです。いつも私がご飯を食べている部屋ですから」


 中に入ると、綺麗に掃除され、毎日行けられているのだろう生花や、なんと書いてあるかわからない掛け軸が床の間に置かれた、教科書で見た様なお手本のような書院造りの小部屋。


「いいとこだな。ちなみに、ここは食堂なのか?」

「うーん、というより、さっき通った宴会場、ここらへんの小部屋郡、大食堂全て合わせて食堂と言っています」


 確かに、小部屋が食堂っておかしいですね、と少しゆずちゃんは笑った。


「ちょっと待っててくださいね。四人分、もうじき運ばれてくるはずですから」


 そう言うと、外から何かを運んでくる音が聞こえてくる。


「お嬢様、よろしいでしょうか」

「良いですよ。入って下さい」


 さっきの仲居さんの声にゆずちゃんが答えると、すっと襖が開き、何人かの人が入ってくる。俺たち四人の前にお盆をおいて、一礼して下がる。


「それでは、お楽しみ下さい」


 またすっと小さな音で襖を閉める。


「じゃあいただきましょうか」


 みんなでいただきます、と言って、箸をとる。天ぷらの盛り合わせだが、店で食べたものより衣が綺麗で、良い匂いがする。塩からして違うようで、少し付けて食べてみると、サクッとした食感と一緒に、食材の旨味、それに塩の塩辛さだけでなく、塩の旨さも感じられた。


「美味しいな」

「はい。こんなにすごいのを高町ちゃんは毎日食べてるの?」

「まあ、こんな感じの事が多いですね。ただ、今日は皆さんが来る日ですから、一番好きな料理の天ぷらをリクエストしてあります」

「うん!おいしい!」


 おいしい、という言葉に、少し嬉しそうな顔をするゆずちゃん。普段この美味しさを共有する相手が少ない、ということで、一緒に美味しいと言い合える人間がいて嬉しいらしい。

 ひまりはとんでもない勢いで食べ、俺は落ち着いて味わいながら食べる。……あ青魚の天ぷら。美味しい。

 咲ちゃんは一口一口幸せそうな顔で食べ、ゆずちゃんはその俺達を見て、ほのかな笑みを浮かべている。


「お友達とご飯をいただくのって、楽しいですね」

「うん。俺たちも咲ちゃんが来てから食卓が楽しくなったからなあ」


 こんなに良いものとは、と、その感覚を共有する。一緒に食事する人が一人増えたらそれだけでずっと楽しくなる。じゃあ、何人も増えたらどうだろう。じゃあ、逆は?



 ●●●



 全員が食べ終わり、ごちそうさまの合掌の後、全員で部屋に戻る。なんでもそのままにしておけば、勝手に持っていって洗ってくれるらしいが、少し申し訳なかったりもする。そう言うと、


「そのために雇った人の仕事を奪うわけには行きませんから」


 と、苦笑いしていた。


「じゃあ、何する?正直、私もう勉強飽きちゃった」


 ひまりは教科書を読むだけだったので、すっかり何周もし終え、暇になっているようだ。

 それを見て、ゆずちゃんも咲ちゃんも苦笑いして、遊ぼうか、と言った。二人も集中していたみたいだし、長くしすぎるのも考えものかもしれないので、良かったんだと思う。


「よし!一上がり!」

「なっ……!トランプでもひまりさんに一番を取られてしまいました……!」


 それは運だと思うよ。と思いながら、トランプ。


「王手!」

「え!?高松ちゃん強すぎない!?」


 咲ちゃんと俺に圧倒的な強さを見せつつ、将棋。……こら!ひまり!センスだけでゆずちゃんを圧倒するんじゃない!凹んじゃうだろ!


「むむむ……難しいですね……」

「うおっと、体が当たってるよ」


 横にふらふらしながらなんとか曲がっている、レースゲーム。


 本当に楽しい時間だった。

 気が付くともう六時。家に帰らねばいけない時間だ。


「ゆずちゃん。そろそろ帰らないといけないかも」

「……あ、そう……ですか……」


 さっきまでの喜色満面の笑顔から一転、しゅんとした……というより、大きな悲しみを堪えたような表情になる。


「しょうがないですよね!皆さんにも……お家、が……」


 そこで一旦言葉を止め、うつむいてしまう。


「あ、あの、これは私のわがままなんですけど、ここに、今日は泊まっていきませんか?」


 その顔はまるで大きなことを決意したような顔で、軽く、「今日泊まっていく?」と聞く斗真のような気軽さはない。はじめて誘ったかのような初々しさが見える。


「わかった。ひまりもいいだろ?」

「もちろん!今日は夜通し話しまくるから!」

「私も連絡すれば大丈夫だと思います。親と高松さんのお父さんがお友達らしいので」


 三人でそう答えると、嬉しそうな顔、そして安心したような表情を浮かべた。


 ゆずちゃんが連絡をして、大体十分ほど経ったとき、夜用の和服が運ばれてきた。手ぬぐい、バスタオルなどの洗面道具も一緒で、自由に風呂に入ってくれということみたいだ。

 咲ちゃんも許可が降りたらしく、女の子三人、楽しそうにはしゃいでいる。


「夕飯の時間は決まってる?」

「ああ、人数が増えましたので、七時まで待ってほしいとのことです」

「なんだか申し訳ないな」

「いえ、私のわがままですから。後で私が謝っておきます」


 じゃあ、先に風呂に入ってしまおうか、ということであの高級旅館のような風呂場に入った。中の銭湯や温泉を思わせる鏡や、何個もある棚から、まるで個人宅とは思えない。

 服を脱ぎ、中に入ると、これまたたくさんのシャワーがある。

 その内の一つに座り、体を洗っていると、ドアが開く音がする。誰かが入ってきたようだ。それはそうだろう。ここはどう見ても一人用ではないのだから。向こうも気にしていないようだし。こちらも気にしないようにする。

 

 体を洗い終わり、大きな風呂の中に入る。流石に露天風呂があるわけではないが、外側に大きな窓があり、立派な庭園が覗く。窓は開けられるようで、近くの窓を開けると風が気持ちよく、まるで露天風呂にいるようだ。


「ん?君は……」


 さっき入ってきた人だろうか。五十くらいで、貫禄ある精悍な顔に、ひげ。まるで想像上の「偉い家の当主」という感じである。


「高松喜十郎さん……ですか」

「そうだ。君が高町和人くんだね?」


 高松さんはふつうに風呂に入り、少し近づき、そこで座り、顔を洗って、少し息を吐いた。


「俺はびっくりしたよ。これまで、柚子が家に友達を呼ぶことはなかった。それが突然今年になって、今日入れいていいかと。嬉しかったさ。それからというもの、毎日のように友達を入れるから言い始めた。君の妹だ。そして、二ヶ月。今日はお泊り会か」


 心から嬉しそうに、微笑みを浮かべながら言っている。


「だから、あの子の親として、本当にありがたく思っている」


 高松さんはこちらを向き、深々と頭を下げる。


「そんなそんな!私達がゆずさんと交友を持ちたくて、仲良くなったんです。頭を下げられるようなことはしてません!」

「それでも、感謝の気持ちだ」


 ゆっくり顔を上げた高松さんは風呂から上がり、脱衣所に向かう。


「もう上がられるんですか?」

「ああ。今日は早く仕事を終わらせないといけないからな」


 そういった高松さんが歩いて去っていき、俺と高松さんの初会話は終わった。

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