新たなノート
「ご自由にしていてください」
奥の和室に入った俺たちは、さっきまでの部屋にのような大きさはなくとも、明らかに子供部屋と言うには大きすぎる部屋の座卓に勉強道具を広げていた。
「広いなあ」
「うんうん。何回来てもそう思う」
のんびり、ぐでーっと、まるで家にいるかのように伸びをするひまりは数度来たことでなれているのか、全く物怖じしていないのか。
ともかく、この居間は、子供部屋のはずだが、下手すると家のリビングほどある。ここを四人で使うなんてなんと贅沢なことか。この環境をうまく利用して、勉強会を成功させないとな。
「おまたせしました。お茶です」
少し席を外していたゆずちゃんが戻ってきて、お盆をテーブルに置く。二人分の勉強道具が置かれ、俺が教えるために持ってきた教科書も置かれ、四人分のお茶も置かれ、それでいてゆずちゃんが勉強道具を持ってきても余りあるほどのスペース。田舎とかで宴会をするときに置くあの座卓に匹敵するほどの大きさだ。
「ここならゆったり勉強できそうだね。ありがとう高松ちゃん」
「……え?……ああ、良いんです」
ゆずちゃんは、咲ちゃんの言葉に一瞬呆けつつも、すぐにいつもの調子を取り戻して反応した。
もしかして眠かったりするのだろうか。
「ゆずちゃん、もしかして眠かったりする?」
「なんでです?昨日は七時間、しっかり睡眠を取りましたが?」
不思議そうにそう返してくるゆずちゃんは、全く嘘を言っているように見えない。きっと間違いなく七時間は眠ったのだろう。
じゃあ、さっきのもたまたまぼーっとしていただけか。まあ、いくら完璧そうな人間でも、ぼーっとすることぐらいあるだろう。
「じゃあ始めようか。もしわからないことがあったらすぐに言ってね」
各々は自分がしたいところをやりだす。咲ちゃんは相変わらず先週から何回も繰り返しとき続けている俺が作ったノート(そろそろ新しいのを作るか……)。ひまりは何故か教科書を読んでいる。大体勉強しなくても取れるからだろうか。そしてゆずちゃんは大きなA4のノートに一生懸命問題を写し、回答と照らし合わせながら解いている。
うーん、指摘すべきだろうか。ひまりと咲ちゃんは見慣れた勉強法で、全く不安感がないのだが、ゆずちゃんは少し、違和感があるんだよなあ。なんか、その勉強法が本人に向いてないみたいな。
「和人さん、良いですか?」
「はいはい」
呼ばれていってみると、かなり難しい問題だ、例題が掲載されてもいるが、たしかに少し難しいだろう。
「ここの例題見てみて。この場所で、どうしてこの答えにたどりつくかな」
「ああ、なるほど」
すごいな。「何処がミスしているか」という情報だけで、すぐに答えにだどり付いてしまった。……でも、それならやっぱりこのやり方は向いていないかもしれないな。
「ねえ、ゆずちゃん、よかったらなんだけどさこれ使ってみない?」
念の為持ってきていた、パソコンで作った簡単な全教科分のノート、咲ちゃんに作ったやつに近いものだが、咲ちゃんのものは理解に重点をおいたもので、こちらはどっちかと言うと発展を重視したもの。教科書の例題や、適当に作った問題で構成されている。
咲ちゃんは、理解さえできれば、その後の発展も難なくこなせる。でも、見た所ゆずちゃんは基礎は固まっているのに、発展でミスをしてしまう傾向にあるようだ。それがわかったなら、すべての問題をうつして解いてとするよりも、発展問題を重点的にこなしたほうが良い。
「どう?いっかい。咲ちゃんが使ってるのと似たようなやつだけど」
「あ、ありがとう……ございます」
ここまでしてもらえるとは思ってなかったのか、少し困惑気味にゆずちゃんはそれを受け取る。そしてそれを解き出し、目を輝かせた。
「すごいです!これ!わからない所がたくさんで、わかる所はないんです!これがあれば、わからないところだけ重点的にできます!」
ゆずちゃんは唸りながらも一問解き、後ろに付いた回答を見る。間違えたのだろう、「うぅぅ」と情けない悔しそうな声を出している。
ちなみに、その回答のところにも、間違えそうなところにはヒントを書いており、それがあればすぐに解けるようになるだろう。咲ちゃんのやつには書いていないので、少しパワーアップした点だ。手書きじゃないからできたことでもある。
「じー……」
「ん?どうした?咲ちゃん」
ふと気が付くと、咲ちゃんがじっとこちらを見つめていているのに気がついた。少し責めるような視線で、なんとなく居心地が悪く感じる。
「せんぱい、私以外の子にもそれ渡すんですね」
「ノートのことか?」
咲ちゃんは首肯する。
……うーん、これはもしかして、自分だけ特別にもらえるものだと思ってたのに、入場者特典でがっかりみたいな感じか?わからないが。
まあ、となると、咲ちゃんのノートが特別であることを示せば機嫌は良くなるはず!
「まあ、咲ちゃんのははじめて作ったものだし、咲ちゃんがいなかったらこのノートはできてないよ。それに、手書きのノートにかいて渡したのは咲ちゃんだけだし」
「そ、そうですか」
よし!成功したみたいだ。……昔からこういったときにすぐひまりが拗ねてきたので、少し慣れているのだ。
ちなみに、最近ひまりがそういう俺と誰かが話しているのを見て拗ねなくなった理由は、「せいさいのよゆーです!」らしい。
●●●
その後、「なんでも聞いていいからな」と言ったにも関わらず、勉強会中の四時間は誰も俺に話しかけてこなかった。……なんだか、自分のノートに自分の仕事を奪われた気分だ。嫉妬がすごいっ……!
「予定時間も時間ですし、少し軽く食べられるものでも持ってきましょう」
「一人で大丈夫?」
「問題ないです。お盆もありますしね」
ぱっと立ち上がったゆずちゃんはすたすた軽快に部屋から出ていく。咲ちゃんは大丈夫そうだが、俺とひまりはすっかり足がしびれてしまっている。立ち上がるのも億劫だ。
よくそんな状態で「一人で大丈夫?」なんて言えたなって?見栄だよ。
俺がゆっくり慎重に足を崩すと、咲ちゃんは俺の足がしびれていることに気がついたのか、微笑を浮かべ、こちらに近づいてきた。
「どうした咲ちゃん?その目、なんで?」
「ふふ、なんででしょうね」
駄目だ。なんか意地悪な目になってきている。これは……
「ひっ!」
「あはははは!」
つんと俺の足を突っついた咲ちゃんは俺の変な声に大笑いしている。
ひまりもそれに気がついたか、自分も足がしびれているくせに、果敢にも俺の足を突っついてきていた。
「んは!」
「お兄ちゃん、面白すぎ!」
ひまりもわはは、と笑い出す。む、少し苛立つな。
大笑いしているひまりの足にそっと近寄り、つんっと指で突く。
「ひん!」
ひまりは顔を真っ赤にして俺を睨んでくる。その間に咲ちゃんの足の裏をくすぐる。
「きゃっ!」
咲ちゃんまで俺のことを睨んでくるが、俺は白々しい顔をして一言。
「さっきのはひまりだろ」
そう言うと、くすぐられた方の足はひまりに近いほうだと気がついた咲ちゃんはゆっくりひまりの方に顔を向ける。
ここに、くすぐり大会が開幕してしまったのだ!
始まりの行動は咲ちゃん。その後、咲ちゃんを避けつつひまりが俺を押し倒してくる。
もちろん咲ちゃんもそれだけで終わるわけはなく、ひまりの上から更にのしかかってくる。
「きゃ!」
ひまりのそんな声が聞こえた瞬間、入り口の襖が開いた。
最初は何が起こっているのか理解できていなかったゆずちゃんは次第に青筋を浮かべ、呆れたような表情を浮かべた。
「なんです?勉強終わりだからって人の家でちちぐり合って。出ていきます?」
その後俺たちはすぐに土下座をして、許しを請うた。
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