いい子(令嬢)


 ずいぶん早くなった食事を終わらせると、廊下に目を向ける。そこには、咲ちゃんと、同じくらいの体格の子が二人で話していた。


「咲ちゃん、その子が?」

「あ、先輩。そうです。早速紹介しに来ました!」


 廊下に出て、廊下に出て、軽く手を上げて挨拶すると、咲ちゃんは笑顔で、新しい子はお辞儀して返してくれる。


「この子、高松ちゃんっていいます」

「はじめまして。高松柚子と言います。ゆずとでも呼んでいただければ」


 咲ちゃんが手を差すと、ゆずちゃんは一歩出て、眠そうな目をこちらに向けながら名乗った。咲ちゃんやひまりは高校生に見えないくらい幼い見た目をしているが、ゆずちゃんも同じように幼く見える。制服を来ているためかろうじてわかるが、制服がなかったらまさかひとつ下とは思わないだろう。


「むぅ……なんだか失礼な目線を感じますねえ」

「え!?そんなことないんじゃないかなあ……あはは」


 拗ねたように周りを見渡した後、その目線が何処から送られてきたものであるか気付けなかったのか、可愛らしくこてんと小首をかしげ、「違ったみたいです」と俺を見つめなおす。良かった。バレてないみたいだ。


 「えっと、俺の名前は高町和人。ひまりの兄です」


 少し段取りは悪くなってしまったが、自己紹介をする。よろしく、と手を差し出すと、向こうは手をにぎにぎ。もしかして流行ってる?


「ふむふむ。これからよろしくおねがいします。和人さん」


 何かを見極めるようにこちらを見つめてくる。後ろを見たり、前を見たり、ズボンを見たり。少し恥ずかしいが、そう止めるほどでもない。


「うーん、身だしなみ、素晴らしいんですね。綺麗に制服を着て」

「まあ、生徒会役員ではあるから。それと、まあ綺麗にしといて損はないだろ?」


 他の役員の方々はもっと、オーラからして違うから、まあなんとかギリギリでも隣に立てるようにはじめたことだったが、今となっては後悔していない。十亀会長も「身だしなみは気にして損はないです。特に私達みたいな人の前では」って褒めてくれたしな。


「にしても、そんなことを言う君こそ、制服を綺麗に着こなして」


 この子、一年生とは思えない貫禄をしている。見た目はずっと幼く……おっと殺気が。それに、なんだか上品なオーラを感じる。まるで生徒会みたいだ。

 ぴしっとシワひとつない制服、所作、何から何まで嫌味がないくらいに整っている。


「私は事情がありますし、中等部からの内部進学生ですから」


 内部進学生。それはこの学校において特別な意味を持つ。

 この学園には中等部が存在するが、メジャーな存在ではない。全国模試などに参加することがないため、偏差値のデータがないためだ。

 しかし、知っているものは知っている。何故なら、この学園の中等部は、家柄の良い才媛だけが通える特別な学校だからだ。

 入試差別が行われているわけではない。もちろん、家柄関係なく入試を受けることが出来る。ただ、その内容が、歴史を引き継いでいるがため、一般の入試対策では入学できないのだ。

 

 例えば紅茶。入れ方出し方のマナー。例えば乗馬。上品に扱えるか。例えば姿勢。癖づいた姿勢かは、見ればわかる。そして身だしなみ。たとえ今から公的な場の式典に出なければならないとなったときにも問題ない身だしなみかどうか。

 それに付随して超難度の筆記試験、また第二外国語の試験が行われる。

 普通の家柄でも受けられはするが、対策のしようがない。今まで何例かは一般の生徒の入学もあったらしいが、その数も少ない。


「はあ、それはまたすごいね。十亀会長と同じか」

「はい。十亀先輩は、素晴らしい方です」


 となると、このゆずちゃんも相当な才能があるってことか。うーん、最近そんな子達とばかり絡んでる気がするなあ。


 ちなみに、中等部の試験、俺は今なら合格できる。その訳は、テストは流石に高等部のほうが難しいこと。そして、その他の要素は去年十亀会長に引きずられながらいろいろ教えられたからである。


「ちなみに、入学後すぐのテストの順位は?」

「き、聞いちゃいます!?」


 ぐぬぬ、と唸りながらも、何処からともなく取り出してきたファイルを手渡してくる。

 そのファイルを開き、すぐにある成績表を見ると、何だ。すごくいい成績じゃないか。全体的に高くまとまり、一番いいタイプだ。だが……


「そうですっ!ひまりさん咲さんに次ぐ、三位なんですよ!」

「それは、まあ……」


 まあ、規格外ですし。あの二人に勝つのは、並大抵の人間にはできることではない。少なくとも、食らいついているゆずちゃんはとんでもない。


「しっかりお勉強したのに……」


 ゆずちゃんはしゅんとしている。それもそうだ。咲ちゃんとひまりは入学式前に三人で遊んだり、短歌合評会の準備だったりで、全く勉強せずに主席と次席なのだ。


「そのことを十亀先輩に行ったら、笑われてしまって……『成績ばかり気にしちゃ駄目』と。そして、どうしてもと言うなら和人さんに会いに行け、と言われたのです」


 さっきのことを、少し引きずっているのか、少し不機嫌そうにゆずちゃんは話す。


「その話をしたら、なんと咲さんもひまりさんもお知り合い、何ならひまりさんのお兄さんではないですか!ということで、お会いしに来ました」


 今度は少し嬉しそうな顔で、ぴょん、とはねて近づいてくる。

 ……すごく表情がころころ変わるな。なんだかかわいい。


「そう言えば、和人さんにはお勉強を教えていただけるそうですね。そのことのお礼にも来たんでした。」


 「受けていただき、ありがとうございます」と、にこやかにそっと一礼するゆずちゃん。やっぱりいい子だ。


「よろしくね。そんなに教えることはないかもしれないけど」

「そんな事はありません。……後、お勉強会、私の家でやるのはどうでしょう。和人先輩と咲さんひまりさんなら大丈夫です。明日執事に確認取ってきますね」

「うーん、それは俺が緊張してしまうかもしれないなあ」


 ほんのちょっぴりいい子すぎるかもしれないけど。

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