令嬢娘は恋をする

『先輩に教えてほしいんです』


 体育祭が終わり暫く経つと、テストがある。一学期中間は、この学園では実施していないので、評定に直接関わってくる、結構大切なテストだったりする。


「おい、斗真は流石に今回は大丈夫なんだろうな」


 三学期末、とんでもない成績で大量の補充を課されていた友人を見る。

 斗真は気まずそうに目を逸らすが、その逸した先には凜花ちゃんがいる。


「まあ、私が今回はずっと見てるから。赤点なんて取ったらぶちのめすから大丈夫!」


 凜花ちゃんは笑みを浮かべながら、自身有りげな表情で斗真の肩を叩く。


「相当自信あるみたいだが、なんかいい方法でもあるのか?」

「うーん、というか、斗真は私の前だときちんと勉強してくれるんだよ」


 馬鹿だよねえ、そこが好きなんだけどさ。と嬉しそうに凜花ちゃんが言うのを見て、恥ずかしそうに斗真は目を伏せる。

 なんにも言えないのは、きっと前回のテストの点数の結果が物語っていたからだろう。


「久しぶりにこの三人で勉強してもいいな」

「うーん、良いお誘いだけど……」

「ああ。今回は遠慮しておくよ。というか、お前はきっと勉強会はどちらにしてもすることになるだろ?」


 うん?いままで、勉強会という勉強会はしたことないんだが、だれとすることになるんだ?もしかしたら、咲ちゃんとか、ひまりに教えてほしいと言われることを予想しているのかもしれない。


「確かに、あの二人とやることになるかもな」

「ああ。最悪、お前は勉強しなくても大丈夫な人間だろ?俺たちは本気で集中しないと、成績を維持できないから」


 確かに、小学生の時からの習慣で毎日予習復習をやるようになってから、テスト前に特別なにかしなくても高得点を取れるようになった。ひまりや、咲ちゃんの国語の点数には敵わないが、赤点とは縁のない成績だ。


「ま、何にもなかったら暇つぶしに勉強すればいいか」


 予習復習の確認や、前回のテストの研究など、しようと思えば出来る。特に意味があるかと言えば疑問だが、暇つぶしぐらいにはなってくれるだろう。


「俺は絶対暇にはならないと思うぜ」


 わかりきったことだと言わんばかりの斗真に、俺は少し肩をすくめる。



 ●●●



「今度のテスト、勉強を教えていただけませんか?」


 帰宅途中、突然思い出したかのように咲ちゃんが口を開く。


「そう!そのことお兄ちゃんに話すの忘れてた!」

 

 ひまりも同意するように手をにぎにぎして話す。


「うん?でもそれなら、ひまりが咲ちゃんに教えてあげれば良いんじゃないか?」

「それはそうなんだけど、咲ちゃん一人だけなら私が国語以外は教えてられる。でも、今回は、もうひとり来るんだよね。流石に二人分教えるのはね」


 何かがあるようにそっと目を逸らすように話すひまり。……うん。もしかして、ひまりが手に余る何かがあるのかもしれない。


「中学までは、咲ちゃんもその子と同じだったんだけど、最近はそんなことなくなってたから、どう教えればいいかわかんなくて……」


 うん?と、心当たりがなく首をかしげると、咲ちゃんが肩を突っついて耳元でそっと囁く。


「あの、私入試の時、ひまりちゃんからじゃなくって、先輩に教えてもらってたじゃないですか。あの時、ひまりちゃんの教え方が感覚的すぎて、基本のしっかりしてなかったときは分かりづらかったからなんです。」


 なるほど。あくまで成績は良いけど、基本ができてない、と。確かに、まるで前の咲ちゃんのようだな。


「ま、わかったよ。うちでやるのか?」

「うん。一応そのつもり。ただ、人見知りの子だから、最初はお兄ちゃんに寄っていかないかも」

「まあそれはしょうがないな。まあ勉強をするだけなら特に問題ないか。ちなみにいつからだ?」


 ひまりは考えていなかったという顔でうーん、と唸り、「明日から?明後日?」と、考えだした。それを見てか咲ちゃんは口を開く。


「それなら、今週の土曜から、というのはどうでしょうか。それまでに先輩にその子を紹介できますし」


 ちょっと引っかかったが、確かに人見知りの子なら、直接初対面の状態で家で会って勉強するよりも良いかもしれない。


「ひまり。そうしてやったらどうだ?」


 ひまりは少し怪訝そうな顔をしたが、まあいいか、という顔をして「わかった」といった。

 すぐにスマホをいじり始め、きっとメッセージを送っているのだろう。数歩歩くと「大丈夫だって」という返事が届いたあたり、その子は几帳面な性格なのかもしれない。


 家に帰り、着替え、布団にどん、と寝転がる。

 他の家なら自分の匂いで安心できるかもしれないが、女の子のいい匂いがするからそんなこともない。例のごとく潜り込んでくるひまりと、家に遊びに来たときに偶に寝転がっている咲ちゃんの匂い。

 落ち着かないなあ。と思いつつも嫌な気持ちはしない。


「ん?」


 枕元のスマホに着信がくる。電話だ。


「もしもし?」

『もしもし。今大丈夫でしたか?』


 電話の相手は咲ちゃんだった。


「どうかした?」

『……ぅー』


 咲ちゃんはちょっと無言で小さな声を漏らしている。目線をあっちこっち動かしてるのが簡単に想像つく。


『先輩。気づいているでしょうが、今週の土曜日からにしようって言ったのは、わざとなんです』

「だろうね」


 明らかに様子おかしかったし、挨拶してからにしても流石に後すぎるんじゃない?と思った。特に、咲ちゃんとひまりは、思い立ったら即行動の人間なので、ここまで遅らすのはおかしいと思った。


『なんで私があんなに遅らせたかわかりますか?』

「そこまでは……なんか今週は都合が悪かったりする?」

『……この鈍感さん』


 ポツリと呟く声が少し聞こえてくる。誰が鈍感やねん。


『私に、つきっきりで教えて下さいよ。入試の時みたいに』

「ん?それだけ?」


 そのために、勉強会をずらしたの?


『私は、先輩に教えてほしいんです』


 はっきりと、そう咲ちゃんは断言する。こうして言われると嬉しいな。そんなに俺と勉強するのが楽しかったのだろうか。


「わかった。じゃあ、明日からやろうな」


 そう言うと、え!という驚いた様な声が聞こえてくる。


『良いんですか!?本気にしますからね!ひまりちゃんに、明日から今週は一緒に帰れないっていっちゃいますよ!?』


 それでも、「ああ。良いよ」と、はっきり断言すると、すごく上機嫌な、「やったあ!」という声が電話先から聞こえてくる。

 そんなに楽しみにしてくれているのだろうか。……今のうちから、準備しとくか。俺は電話先のはしゃぐ声を聞きながら、去年の教科書を引っ張り出し、ペンを走らせた。

 

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