まだ……


 両親からメールが来た。十亀会長の家で話し合いをしたこと、仕事に急いで戻るので、家に帰れないということ。

 ひまりに伝えると、想像以上に興味なさそうな返答。


「お兄ちゃんはいるんでしょ?」


 とのこと。嬉しいが、少し複雑だ。

 あと、咲ちゃんをたくさん呼べるという理由もあるそうで、嬉しそうに顔をほころばせていた。親たち、不憫である。

 咲ちゃんはと言えば、なんと言えば、と言ったような表情で曖昧に笑う。


「それにしても、明日から学校だけど、まさかなんかいろいろクラスメートに追及されたりしないだろうな」

「あ、それは大丈夫だと思います。事件のことは伏せて、作業中に生徒会の沢本さんをかばって怪我したことになています」


 頭の中に、ピースを向けてくるお嬢様の姿が思い浮かぶ。……きっと手回ししてくれたんだろうな。後でお礼をしておこう。

 

「というか、今日は休みの最終日だろ?ずっと寝ちまったけど、良いのか?」


 ひまりと咲ちゃんはぽかんとした様子だ。「休みなんだから、別によくない?」と言わんばかりの表情だ。


「ほら、二人はだれかと遊ぶ時、外で遊んだり、ショッピングしたり、結構活動的だろ?それと比べると、非生産的な休日になってしまったんじゃないかと思ってな」

「別に、私達生産性とか気にして遊んでないよ?」

「はい。今日は先輩と過ごしたいと思ったからここに来たんです。すごく楽しかったですよ」


 今日は寝て、起きた後はさっきまでトランプをしたり、三人で夕飯を作ったりしてのんびり過ごした。その時間が楽しかったと言ってもらえるのは、きっと幸せなことなんだろう。


「ありがとな。病院にいたときもひまりと咲ちゃんが毎日来てくれて、なんだかんだ嬉しかった」


 だから、偶には素直に、自分の気持ちを言うのも良いかもしれない。



 ●●●



「おう!久しぶりだな!」


 教室にはいるやいなや、あまり落ち着かない視線にさらされる。


「なあ斗真、この目線、なんだ?」

「うーん、まあ、女子の先輩を怪我を厭わず助けて、自分が怪我を負うことで傷一つつけなかった英雄へ向けられる視線、かな」


 俺に気がついた凜花ちゃんが近づいてくる。


「和人、女子でも少し話題になってるよ。なんか、ああいうことを出来る人はカッコいいみたいな感じで」


 斗真はうへえ、といった表情を浮かべ、「後輩ちゃんたちになんて説明すんだよ……」とつぶやく。


「なんでこんな事になったんだ?」

「んー……お前の生徒会での気に入られ具合を舐めてたな」


 なんでも、とりあえず嘘と本当を混ぜた「沢本さんをかばって資材で怪我をした」というストーリーを広めることになった生徒会は、まるで英雄を称えるように過剰に武勇伝かのごとく語り始めてしまったらしい。

 更に、学校での求心力がものすごい十亀会長が


「彼は一人の女性を、自らをいとわず助けた模範生徒です!」


 と、大々的に全校の前で宣言したことで、嘘ではないことが証明され、大きな話題になっているみたいだ。

 昨日送った学校での評判に関するお礼の言葉は取り消すのが良いだろうか……


「まあ、しばらくはこの目線がくすぐったいだろうが、慣れろ。大体お前これからいろいろさせられて目立つ気しかしないから。うまく利用しようぜ」


 悪い笑みで斗真は言う。が、それに気がついた凜花ちゃんがチョップ。


「まあ、しょうがないところもあるんじゃない?正直、私が思うに、和人はいつか生徒会の陰謀でこんな感じになってたと思うし」


 生徒会、どんだけだ?まあ確かに、生徒会は美男美女揃いかつ仕事ができる、という印象で、俺以外の先輩たちは相当な人気を持っているらしいが……俺まで巻き込んでくるか。

 やっぱりあの生徒会の一員だけある、という尊敬の眼差しがすごい。


 そこに一つメッセージが。山口先輩より。

――生徒会の一員なんだから慣れろ。それに、少し経ったらマシにもなるだろう


 まるでこの状況を見透かしたかのようなメッセージ。いや、見透かして、この様な状況に追い込んだのだろう。


「まじかあ……しばらくこれ?」


 ちらりと遠野先生を見れば、気まずそうに顔を反らした。……さすがに、これだけの影響をかき消すことはできないんだろう。とは言えど、メールで、本当に不便なら連絡してくれ。なんとかする。と送られてきているあたり、本当に優しい人だ。


 昼休み、例のごとく高速で咲ちゃんが訪問。最近はこの速さにもなれてきて、弁当を食べるスピードはかなり早くなったと思う。


「あ、先輩!想像以上に先輩のいい噂広まってますよ!」


 咲ちゃんは焦ったように言う。しかし……


「もうしょうがない。諦めた」


 諦めるしかないのは、生徒会に入るまでは目立たない子であった星野先輩からさっき伝えられた。


「うーん、女子の中でも、先輩の評価が上がっちゃって、私とひまりちゃんはどう攻略すれば良いのか……」


 ブツブツと独り言をつぶやく咲ちゃん。廊下でやっているので、かなり目立つ。


「は!生徒会の先輩方、もしかして私達から先輩を奪おうと!?こうしていられません。先輩たちとお話してこなきゃ!」


 何を思ったか、突然駆け出そうとする咲ちゃん。その手を掴み、なんとか阻止する。


「おいおい、廊下は走るもんじゃねえぞ」

「離して下さい!私は、いかねばならぬのです!」


 覚悟を決めた様な表情でジタバタするが、全く動かない。俺、咲ちゃんよりは流石に力が強いみたいだ。


 とにかく、咲ちゃんを止めねばと抑えてはいるが、ずっとこうしているわけにも行かない。

 覚悟を決めて、こういうときのひまりを止める際の必殺技を使う。抱きしめて、頭を撫でる。


「ひっ……先輩!?いきなりはびっくりしますって!」

「落ち着いた?」

「落ち着きましたけど……なんか、ちょろい女みたいに思われてそうで苛つきました」

「ごめんごめん。咲ちゃんは可愛くて、魅力的な女の子だよ」

「……ん、許します」


 機嫌良さそうに咲ちゃんが、笑顔を浮かべ、ほっと一安心した時、後ろから衝撃が来た。


「私のいないところでいちゃつくな!」


 今度はかなり不機嫌そうなひまりだった。


「このすけこまし!もう知らないから!」


 ひまりはそっぽを向いてしまうが、その目はチラチラとこちらを伺うように見てきており、きっと褒められたいのだろうことが伝わってくる。

 俺はひまりの正面に立って、頭を撫でる。


「ひまり、お兄ちゃんはお前のこと愛してるからな」

「……ふーん。どんな愛?」

「もちろん、兄妹愛だよ」


 そう言うと、ひまりは少し口を尖らせるが、うんうんと何度か頷いて、


「今はそれでいいよ!」


 と笑った。


 二人の対応が終わり、ほっと一息つき、教室の中を見てみると、ショックを受けたような女子生徒が何人か。そして、それより目立つように爆笑している二人組。俺の視線に気がついたか、廊下に出てくる。


「お前ら、教室の直ぐ側の教室でいちゃつき出すなんて、傑作だな!」

「しかも、和人のことちょっといいかもなんて思ってた子たちもいるのに、その目の前でやるなんて……!悪魔かと思った!」


 あはははは、と、また大笑いしだす。

 教室でいちゃついてるのはお前らもだろ、と言ってやると、二人共今度は少し眉を潜めた。


「あのさ、俺たち、さすがそこまでやってねえぞ」

「自分たちは気がついてないかもしれないけど、世の中のバカップルたちが呆れるほど自分たちの雰囲気になってたんだけど」


 二人から責められ、少し居心地が悪くなる。

 さっきまで呆れた表情をしていた斗真は、またいつものにやけた顔に戻り、


「なあ、お前ら、どっちかと付き合ってんの?」


 と口を開いた。


 それを聞いて、俺たちは三人で一斉に言った。


「まだ……付き合ってない!」

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