春休みに中学最後の思い出を3
「美味しかったですねー!」
ルンルン気分の咲ちゃんは、スキップでも始めそうな勢いである。
制限時間まで色々食べ続けた俺たちは、目の前の胃袋ブラックホール咲ちゃんとは違い、中々に腹がいっぱいになっていた。特に……
「うう、きつい」
ひまりである。調子に乗って食べて、最後は死んだ目になっていた。歩いてるうち多少はましになるとは思うが、自業自得だからな。……というか、なんかひまり食べ物関連でいっつも自滅してないか?
「おいおい、今から雑貨屋に行くんだぞ?そんなにグロッキーになってどうする」
「大丈夫……つくまでには大丈夫にする……」
かなり苦しそうだが、目に力が戻ってきた。なんだかんだ、ひまりは雑貨屋を楽しみにしてたからな……
言葉の通り、ひまりは雑貨屋に着いた頃には、多少ましになっていた。少なくとも普通に店内を物色する分には問題ないと、勇んで店内に入っていくが、すぐに戻ってくる。
「中見たら意外と広かった……ちょっと、一緒に行かない?」
……締まらないやつ。
咲ちゃんとひまりを連れ、今度は三人でその雑貨屋に入る。内装はかなりおしゃれな感じで、俺は早速居心地の悪さを感じ始めた。
「なあ……ここって俺みたいなセンスの欠片もない男がいても大丈夫なとこなのか?」
「あはは!当たり前ですよ!」
こぼれた言葉を聞いた咲ちゃんは笑いながらそう答える。
「さ、行きましょ!最初は小物とかですね!せっかくですし、私とひまりちゃんの髪留めとか見てみましょうか」
店内の天井からぶら下がる案内のとおりに向かうと、沢山の髪につけるアクセサリー類が並んでいる。ひまりはツーサイドアップ、咲ちゃんはボブの髪型である。そして中学の頃から、おそろいのヘアピンをつけている。そのヘアピンをそろそろ更新するということか。
「ねえ、お兄ちゃんはどんなのが良い?」
ひまりが様々な種類のものを見ながら問いかけてくる。今ひまりと咲ちゃんがつけているのはパチっと留めるタイプで、単にオレンジに色がついたもの。それを見た後、商品を眺める。同じタイプのヘアピンには様々な色だけでなく、飾りがついたものまであった。
……うーん、悩ましいな。ひまりには合うけど、咲ちゃんには合わないかなと思ったり、その逆もある。
「咲ちゃん。ちょっと来て」
「はい、何でしょう」
「ちょっとそこに二人で並んで」
不思議そうな顔をしながらひまりと咲ちゃんが並ぶ。あまり背丈の変わらない二人だが、こうしてみれば随分と見た目の印象が違う。その気持ちを持ちつつもう一度商品棚を見てみると、コレ良いな、と思うものがあった。
「なあ、二人共、これつけてみてくれないか?」
俺は二人にそれぞれ違うデザインのヘアピンを渡す。ひまりには四葉のクローバーのデザインが施されたもの、咲ちゃんにはシロツメクサのデザインが施されたものを。
渡されたものを二人は今つけているものと交換でつける。そうして顔を見合わせ、微笑んだ。
「お兄ちゃんにしてはセンスあるじゃん」
「確かにこれなら同じじゃなくてもお揃いですね」
クローバーはシロツメクサの葉。全く同じわけじゃないが、分かる人にはすぐにお揃いだと分かる。それに、クローバーは天真爛漫なひまりによく似合っているし、シロツメクサは可愛らしい印象の咲きちゃんにピッタリだ。
「私、これ気に入ったかも」
「ひまりちゃんも?私もこれが良いな」
「じゃ、これにしよっか!」
二人は微笑み、かごにそのヘアピンを入れる。……が、俺はそれを止める。
「それは俺に買わせてくれよ。二人にプレゼントとしてさ」
「……え?それは申し訳ないので……」
「なんか私も最近お兄ちゃんになんか買ってもらい過ぎ感あるから……」
「いやいや、高校進学のお祝いだと思ってさ」
多少強引に二人の手からそのヘアピンを取る。
「後輩は先輩に気持ちよく奢らせるもんだぞ?」
そう言うと、ようやく二人は笑って、ありがとう、と言った。
その後も色々なものを見て周り、文房具やらなんやら、高校に行くにあたって必要なものを買い揃えていた。外に出たときには日も傾き、空がオレンジ色に染まっていた。
「ほら。さっきのヘアピン」
俺が購入したヘアピンを二人に手渡すと、ありがとう、とまた一回言って、いそいそと髪につけだす。
「なんか私久しぶりにアメリカピンつけるかも……」
「私もだよ。お揃いだったから」
手鏡を取り出して位置をしっかり整える咲ちゃん、ヘアピンの跡から、適当に位置を推測してつけるひまり。なんか個性出るなあ……それでもふたりともつけ終わり、こっちを向いたときにはどちらもとても似合っているのだ。
「それにしても、私、先輩に告白されてるのかと思いましたよ」
「なんで?」
「ほら、シロツメクサって、約束っていう花言葉あるじゃないですか。それに子供が、将来結婚しようね!って言ってシロツメクサの花かんむり送ったりとか」
確かに。全くそんな事考えてなかったが、そういう意味にも取れるか。
「まあ、ひまりちゃんと対面した時、そういうことか!って納得しちゃいましたけどね」
「そうそう!こんなにお兄ちゃんセンスあったっけ?みたいに思ったよ!」
「うっせ」
俺も前はセンスは完全になかったと思うが、勉強も完全に終わり、最近この三人で出かけることが増え、おしゃれな二人に最低限見劣りしないようにおしゃれの勉強をしている。正直服装に活かせてはいないが、こういうときのため、身につけておくのも良いな、と思う。
「あー……今日が終わっちゃいますね」
咲ちゃんは赤くなる空を見ながら言う。その横顔は楽しそうであり、それでいて少し寂しそうに見えた。俺たちは歩を進めており、駅までの距離はだんだん短くなっていく。
ひまりもその雰囲気に当てられてか、少し寂しそうな雰囲気をまとっている。
「今日、すっごく楽しかったね」
「うん。こんなに楽しかったのはじめてかも」
「やったことはそう多くないのにね」
二人は俺越しに顔を見合わせ、やはり微笑んだ。その仲の良さが微笑ましくもあり、そして少し羨ましくもあった。俺はそこに要るのだろうか。
「お兄さん変な顔してます」
「せっかくのお出かけなのに辛気臭い顔出てんじゃないよ!このこのー!」
ひまりがつんつん脇腹を突っついてくる。
「これからまた高校一緒なんだから、二人でまた来ればいいだろ」
心から思っていったはずなのに、存外冷たい声が出る。
しまった、と思って二人の顔を見ると、びっくりした顔をしたあと、今日一番の笑い声が響いた。
「んふふ……何?お兄ちゃんギャップ萌え狙ってる?そんなことで拗ねてたなんて、かーわいい!」
「大丈夫ですよ。今日楽しかったのは、先輩がいてくれたからです。今帰りたくない気持ちになってるのも、先輩とひまりちゃんから離れたくないからです」
その言葉を聞いて、俺は酷く安心した。もう高校生に上がる彼女たちに俺が必要なのか、不安になっていた気持ちは霧散し、高校に入ってからもどんな楽しいことが出来るかがどんどん頭に浮かぶ。
「ああ……そうだな。俺も二人と来たからこんなに楽しかったんだな……よし!じゃあもっと楽しむために、今日は家で晩御飯まで一緒に食うか!」
「良いんですか!?」
「お兄ちゃん!家の食料庫が!」
駅までの路、楽しい話と二人のかわいい妹と後輩。たったそれだけなのに、信じられないほど、俺の心は満たされていた。
「春休みに中学最後の思い出、つくれたか?」
俺がそう言うと、その笑顔で二人は
「はい!」
と元気よく返事をした。
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