第54話 幼き生き神と贄 《四条灯視点》⑥

 目の前には、顔を真っ赤にした男の子──。


 唇を割って、口の中に入ってくる柔らかくて温かい感触──。


「んむっ……!んむむっ……!!」

「んんっ……? んんんっ……??」


 !!? !!?


 恋人同士のする事を教えてくれると言った真人に、口を口で塞がれ、舌まで入れられ喋る事も息をする事も出来ず、パニックになった私は、彼を両手で押し退けた。


「ぷはっ! ハァハァッ……。いきなり何をするの?!」

「ぷはっ! ハァハァッ……。い、いや、だから、恋人同士のする事を、教えてっつーから、ちゅーを……////(うおー! 初めてちゅーしてしまった! あかりの唇、柔らかくてとってもいい匂いがしたぁ!)」


「ちゅー?? これが、恋人同士のする事なの?」


「あ、ああ……。////大人の男女は、こうやって口を合わせて愛を確かめ合うんだぜ!」


 !!||||||||


 真人がかけた言葉に、私は愕然とし、母様に物心ついた頃から、言い聞かされていた言葉が頭の中に蘇った。


『あかり。あなたは、将来、生き神としてこの島を守る役割を果たさなければなりません。


 初めての儀式では、男に触れた事のない清らかな身を捧げなければならないのです。

 この屋敷から出る事なく、その心と身を常に清く保ちなさい。間違っても恋などしてはなりませんよ』


 この屋敷の中には贄様以外は女性しかいなかったし、母様の言葉がピンと来なかった私は、「男に触れる」とはどのような事か、聞いた事がある。


 そしたら、母様は、長い沈黙の末、躊躇いながら……。


『皮膚の粘膜同士を触れ合わせる事です。手を繋ぐとか、肩や頭を手で触られるぐらいなら大丈夫ですよ。まぁ、この屋敷にいる限り、心配はいりません』


 と……。


 私は母様の発言を思い出して青褪めた。


 さっき、真人と口を合わせた時、口の中の粘膜同士が触れ合っていたわ!


 私、初めての儀式に捧げるべき『清らかな身』を失ってしまったんじゃ……!||||||||


「うわああ〜ん! 私、もう、生き神になれないわぁっ!! 真人のスカ◯ンタンッ!」


「あっ。あかり、待ってくれ!」


 真人が引き止めるのに答える余裕もなく、私は大声で泣きながら、その場を走り去ったのだった。


        ✽


 翌日、儀式三日目の朝──。


 あれから、御屋敷に帰っては来れたものの、私は生き神としての資格を失ってしまったかもしれないという重い心配事のせいで、全く食欲がなかった。


「あかり? 食が進まないようですが、どうかしましたか?」


「あ。いえ……。何も。考え事をしていただけで……」


 部屋で、朝食に手がつかない私を心配した母様に声をかけられ、慌てて誤魔化す。


 神の力の働きで、生き神は病気にならないから、仮病は使えない。


 すぐに、何があったのかと追及されてしまうかしらと私がドキドキしていると……。


「まぁ……。こんなに儀式が長く続くのは、あなたが生まれる前以来だから、構われなくて、寂しく思うのは分かりますよ? あともう一日の辛抱ですからね?」


「母様……」


 思いがけず、労りの言葉をかけて下さる母様に有難くて、そしてとても申し訳なく思った。


 母様の言う事を聞かずに、御屋敷の外へ出てしまってごめんなさい!

 その上、こんな事になってしまって……!


 何も言えずに、目に涙が滲ませていると、母様は私ににっこりと微笑まれた。


「この儀式が終わったら、沢山遊んで差し上げますからね? では、私はスタッフとの打ち合わせで少し外しますが、ゆっくり食べていてください」


「は、はい……。母様……」


 戸口から母様が、出て行かれると、私は大きなため息をついた。


 優しい母様。


 でも、私が男の子との接触で次代生き神の資格を喪失してしまっていたとしたら、どんな顔をされるだろう?


 がっかりされる? 怒られる?

 悲しまれる?


 生き神としての役割を果たせない私は、屋敷から追い出されてしまって、母様とは会えなくなってしまうのかしら?


 ああ。どうしたらいいの……?


「「次代生き神様、大丈夫でございますか?」」

「!」


 両手で顔を覆う私に、心配そうな顔の精霊達が声をかけて来た。


「昨日からずっとお辛そうな顔をしています。」

「姿を消す術をかけている間に何かあったのですか?」


「キーちゃん……、ナーちゃん……」


 脅すようにして術をかけさせた私を心配してくれるなんて、優しい子達……。


 でも、この子達も私が次代生き神だから慕ってくれるのよね……。


 本当の事はとても言えない。


 私が本当に資格喪失してしまったのかだけでも確かめられれば……。


 そう願った時、今日は母様の三日目の儀式の日だという事を今更ながらに思い出した。

 

 そうだ! この手があったわ!!


「キーちゃん、ナーちゃん。何かあったとかではないのだけど、私、将来、母様のように立派に儀式のお務めができるか悩んでいるの。だから、もう一度だけ……」



*あとがき*


 読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

 m(_ _)m


 今後ともどうかよろしくお願いします。

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