第53話 幼き生き神と贄 《四条灯視点》⑤
「キーちゃん、ナーちゃん、やっぱり、今日も、あの姿を消す術をかけてくれる?」
「ええ!! 一度だけと申したではありませんか!💦」
「お願い! もう一度だけ! 厨房のスタッフさんにお願いして、今度、キーちゃん、ナーちゃんの好きなお菓子を用意してもらうから」
「「お菓子は有難いですが、だがしかし……」」
キーちゃんとナーちゃんを困らせて悪かったけれど、二人に頼み込み、もう一度術をかけてもらえる事になった。
『黒髪で目の大きい女へ
昨日は負けたが、これで勝ったと思うなよ?
昨日と同じ時間に神社で待っている。
来ないと、お前もお前によく似た母さんも、不名誉な事になるからな?
絶対来いよな?
ジャンケン最強王より』
賽銭箱に貼ってあったというあの手紙状には、明らかに私に対して再びの勝負を仕掛ける内容が書いてあった。
私が行かなければ、私と母様の名誉を傷付けるような悪口を周りに言いふらすかもしれない。
もう一度あの子に会って、今度こそ完璧に打ち負かしてやらないといけないみたいね。
私は髪を一つに結び、以前勉強に気合が入るようにと、贄様からもらった鉢巻きをしめると、昨日と同じ様にして御屋敷を抜け出し、決戦の地へ赴いたのだった……。
✽
「手紙なくなっているけど、あいつ、見たのかな……?」
姿の見えない膜に包まれたまま、拝殿前に降りていくと、賽銭箱の辺りをウロウロ、キョロキョロしている男の子がいた。
「くそぅ……。あいつめ、逃げるなんて卑怯だぞ……」
太い眉をハの字にして、勝ち気な瞳を曇らせ、唇を噛み締めているその子は、まさしく昨日強引にジャンケン遊びに突き合わせた後、私に「スカ◯ンタン」と言った、あの男の子だった。
「私は卑怯者じゃないわっ!」
パチンッ!
「わぁっ!」
後ろから大声で叫んでやると、男の子は驚いて30cm程飛び上がった。
叫んだ瞬間に私の姿を隠していた膜は破裂し、彼から見たらまたも私が突然現れたように見えただろう。
「賽銭箱にあんな果たし状を貼るなんて……! 望み通り、勝負をしてあげるわ。けど、もうこれで終わりよ?」
鼻息荒くそう言い放った私を見て、男の子は目を大きく見開いた。
「あ、あかり……! 来てくれたんだな//」
「あなたが呼んだんでしょ?」
顔を顰める私に、何故か彼は嬉しそうに近づいて来た。
「ポニーテール、可愛い。鉢巻きもよく似合ってる!」
「え。あ、ありがとう……?」
いきなり褒められて、私は目をパチクリさせた。
「こ、コレ! やる!」
「わっ? これって……??」
彼に握り締めていた何かを差し出され、武器か何かかと肩をビクッとさせたけれど、それは、白い小さな草花だった。
「女は花が好きだろ? あかり、嬉しいか?」
「ええ? 確かに綺麗だけど、土から引き抜いて、茎を切ってしまっているから、この子、長くは生きられないわ。可哀想……」
「そ、そうかぁ……」
数日の命の植物に胸が痛む思いで答えると、男の子は肩を落としたので、私は首を傾げた。
何でこの子、悄気てるのかしら?
そう言えば、西洋では決闘の前に手袋を投げるものと先代贄様から教わったわ。もしかしたら、この島の子たちの間では花を贈るのが勝負の前の約束事だったりするのかしら?
そう思い至って、男の子に差し出された花を手に取った。
「でも、どうしてもと言うなら受け取って置くわ」
「本当か?」
男の子は目を輝かせると、花を持っていない方の私の手を取った。
「元気に生きてる花も見せてやるよ! 来い、あかり」
「わっ……。ちょっと!」
またも、その子に引っ張られるまま、階段を下りていき……。
一番下まで降り、少し横へ逸れた草原まで来ると、男の子はやっと止まってくれ、私を振り返って得意げな笑みを浮かべた。
「ここ、綺麗だろう?」
「あっ。この花と同じ花だわ……!」
草原には男の子にもらった白い花が沢山咲いていて、私も思わず笑顔になった。
「ええ。とっても綺麗……。だけど、勝負はいつ始まるの? 私、自分と母様の名誉を守りたいのだけど……」
美しい光景に見惚れながらも、戦意喪失をする前にと、肝心の用件を切り出すと、男の子はきっぱりと告げる。
「いや、もう勝負はとっくについてるんだ! 俺の負けだ!!」
「ええっ。いつの間にっ?!」
その答えに私が目を剥いていると、男の子は頬を紅潮させ、頭を擦りながら語り始めた。
「ホ、ホラ、惚れた方が負けって言うだろ?あかりは黒髪がサラサラしていて、目が大きくて、肌も白くて、とっても綺麗で、俺とは大違いだ」
「???」
どういう事?
いつの間にか、見た目が綺麗かどうかの勝負になっていたという事??
「おまけに、あかりは男にも負けない度胸もあるし、ジャンケンも強い。
女なんて、すぐ泣いて、ギャアギャア騒ぐだけだと思っていたけど、お前は違う。
何か、すっげービビッと来たんだ!」
男の子は、目をキラキラさせて私に迫って来るけれど、言っている事がますます、さっぱり分からない。
ビビッと? 静電気の事?? キーちゃん、ナーちゃんは悪い事をする人に、静電気のような攻撃を仕掛ける事ができるそうだけど、私はそんな能力持ってないし……。
首を捻って、どんどん難しい顔になっていく私に男の子は慌てたように言った。
「いや、分かっているよ! あかりにも選ぶ権利があるって。い、今、好きな奴とか、許嫁候補の男とかいるのかっ……?」
この子の言う事は理解できないけれど、大層必死な様子で訊かれて、私は質問に答えるため一生懸命考える事にした。
う〜ん? 好きな人と言って今すぐ浮かぶのはやっぱり……。
許嫁って、島民の子が小さい内に決めておくという、将来の結婚相手って事よね?私は生き神で、結婚なんて出来ないからそんな人がいるわけないし……。
「好きな人は母様かしら? 私に勉強を教えてくれたり、お世話をしてくれる人達も嫌いではないわ。
許嫁はいないし、いらないわ」
「えっ。好きな人、母さんなんだ?! 許嫁もいらないんだ?!」
正直に答えると、男の子はとてもびっくりした顔をした。
「ま、まぁ、でも、それならよかった! じゃあ、俺、どうかな?//」
「ん? どうって……」
自分の胸に手を当てて、更にずいっと近付いてくる男の子に戸惑いながら、私はそのまま感じてる事を言った。
「強引にジャンケン遊びに誘って来て、負けたら怒って悪口を言って来て、果たし状を送って来たから来てみれば、花を見せてきて、もう勝負は終わったという人……?」
「ぐっ……! (俺、そんな訳わからん奴な印象なんか……)そ、そういうんじゃなくてさ……」
男の子は、ちょっとダメージを受けたようによろめいたけれど、次の瞬間、真っ赤な顔で叫んだ。
「だからぁっ! 俺、葛城真人はあかりが好きで、恋人になりたいって言ってんの! あかりの気持ちはどうなんだ?」
「えっ」
思いも寄らない事を言われて、私は胸がドキッとした。
「あ、あなたが私を好き……?」
胸に手を当て、反芻する様に呟くと、男の子はコクンと頷いた。
「お、男の子と恋人に……?」
許嫁=将来の結婚相手
※結婚相手は、家族になり、生活を共にして、仕事や子育てを協力し合って担う相手。
恋人=??
理解が追いつかない私に、男の子が更に叫んだ。
「葛城真人!」
「え?」
「男の子じゃなくて、葛城真人だ! 真人って呼んで返事をくれ!」
「ま、真人……。恋人って何? 具体的にどういう事をする関係なの?」
「……!//」
その名を呼んで、私が尋ねると、更に顔を赤くして、真人は黙り込み……。
やがて、小さな声で囁いた。
「め、目……閉じてくれれば、教えてやるよ」
「分かったわ!」
いやに教えるのを勿体ぶるわねと思ったけど、ここは素直に聞いておく事にした。
ーッ。ーッ。フーッ。ハーッ。
大きくなってくる呼吸音と共に、真人がそろそろと近付いてくる気配がする。
私は一言も漏らさぬようにと、耳を澄ませ……。
チュッ♡
?!
唇に柔らかい感触がして、驚いて目を開けると、焦点が合わないぐらい近くに真人の顔があった……。
*あとがき*
読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます
m(_ _)m
今後ともどうかよろしくお願いします。
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