第49話 幼き生き神と贄 《四条灯視点》①
逆上した風切冬馬に蹴られ、背中に、肩に、次々と重い衝撃と熱い痛みが加わる中、私はうつ伏せの姿勢を取り、必死にお腹の命を守った。
外傷部分は神の力で次々に修復しているけれど、無限に使える訳ではない。
キーちゃんとナーちゃんは敵方に操られ、先ほど眠るように倒れてしまった。
助けを求めたくともこの部屋の中では、外の気が感知出来ず、真人や他のスタッフさんは安否すら確認出来ない。
ドガッ! ガッ! ゴッ!
「アバズレ生き神がぁっ……! この僕に泣いて詫びろよっ!! オラァ!」
「いやぁっ!! 痛いっ!! やめてぇっ!!」
ひっきりなしに続く痛みに精神を削られ、徐々に疲弊し、意識が遠くなりかけた時、ドアの開く音と助けを求めていた少年の気を感じたような気がした。
それと同時に風切冬馬が私の体から急に離れて行った。
「こんのクソ野郎っ!!」
「なっ……、おまっ、まひっ……?ぐふっ!」
ガシッ! ガターン!!
「贄様っ!!」
!??
「あかりにっ! 何をやってやがんだぁっっ!?」
ガッ!! ドガッ!!
「ぐっ! ぐふっ!」
霞む視界で、誰より会いたいと思っていた私の贄、真人が、倒れている風切冬馬の上に馬乗りになり、彼を殴り付けている。
意識を失う前に、私は自分に都合の良い幻覚を見ているのかしら……。
目の前の光景を現実かどうか疑っていると……。
「そんなに暴力振るいたかったら……、自分の股間でも蹴ってろよ!!」
ドゴム!!!!
「ごっぎゃあぁぁっっ!!!」
!!
真人の膝が、股間にクリティカルヒットを加えると、風切冬馬は断末魔のような悲鳴を上げた。
こ、これは、私の想像を絶する幻覚だわ……。やっぱり現実……?
「いでー!💥 いでー!!💥」
「けっ。しばらく、生き地獄でも味わってろ!」
痛みに転げ回っている風切冬馬に吐き捨てるように言うと、真人は私の元へ来てくれた。
「あかりっ! あかり! 大丈夫かっ?」
「ううっ……」
「っ……!」
真人が私を抱き起こしてくれた。すぐ目の前に心配そうな目をした真人の顔がある。
とても嬉しいのに、体が上手く動かない。
真人無事でよかった! 私とお腹の子を助けてくれてありがとう。
そう言いたいのに、体がどんどん重く、視界が暗くなっていく。
「……ひと……? ううん……」
「あかりっ! あかりぃっ!」
どこか遠くで彼の声を聞きながら、安堵と嬉しさに私の意識は緩み、闇に沈んで行った。
真人……。
出会った10才の頃から私はずっとあなたを待っていた……。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
《四条灯10才》
社の御屋敷和室にてー。
「今度の暴風雨は島を直撃しそうですね。精霊達に相談しましたところ、明日から三日程儀式を行う必要がありそうです。準備をお願いしますね」
緊張気味に座っている私の隣で、母様がそう告げると、贄様と菊婆は頭を垂れた。
「「了解致しました」」
その凛々しいご様子はまるで女王のようで……。
長く美しい黒髪に、白い肌、大きな黒い瞳、赤い紅を引いた唇、私は母様の気品のあるお美しい顔立ちを見上げ、ほうっとため息をついた。
母様は神の力を持つ生き神様で、私の父様に当たる贄様と協力して、儀式を行い島の全ての命を守る尊いお方。
やがては私はその役割を引き継ぐのだと、母様や贄様、周りのスタッフの人達から何度となく言い聞かされて来た。
今はまだ神の力も弱いけれど、母様に少しずつ使い方を教えて頂いて、他の人の気をほんのり感じたり、軽いケガをした時に体の中に力を巡らせて直るのを早めたり出来るようになっている。
先代贄様には、島の子供達が「学校」で習う教養を教わり、時々は、可愛い双子の精霊、キーちゃんとナーちゃんに遊んでもらったり、昔の生き神様の話を聞かせてもらったりする事もあった。
御屋敷から一度も外へ出た事はないけれど、私は母様のような生き神様になる事を目標に日々努力していて、何の不満はなかった。ただ……。
「あかり。儀式の間は、部屋を開ける時間が多くなるけれど、お利口さんにしていてね?」
「は、はいっ。母様!」
母様に念を押され、すぐに返事をしたけど、内心はがっかりしていた。
儀式の時は一日中、主役のお母様と贄様、精霊のキーちゃん、ナーちゃんだけでなく、屋敷中の人が慌ただしく動き回っていて、私はなかなか構って貰えず、一人、部屋で過ごさなければならない。
それが三日間も続くなんて、寂しくてつまらないわ……。
私のそんな気持ちを読み取ってか、社全体の責任者で、いつも私に優しくしてくれる菊婆が相好を崩して笑った。
「次代生き神様は、まだお小さく寂しい事もおありでしょうに、聡明でしっかりしていらっしゃいますね。生き神様と比べるのもおこがましいですが、同じ年齢の家の孫とは大違いですじゃ」
「! 菊婆、お孫さんがいるのね!」
いつも屋敷にいる菊婆に家族がいたとは思わず、私がビックリしていると、母様は、頬を僅かに緩めた。
「男のお孫さんがいるのよね」
「ええ。お恥ずかしながら不肖の孫でして、ちょっと目を離すと、イタズラをしよるか、他の子を泣かせるか、無茶をして怪我をするかで困りものですじゃ。そろそろ許嫁も探さなければならない時期なのに、こんな状態で嫁の来手があるかどうか……」
と、菊婆は額を押さえていた。
屋敷の外の男の子ってひどい事ばかりするのね。
私は次代生き神だから、「学校」に行かなくてよいから、関わり合いにならずにすんでよかったわと正直ホッとしていた。
だけど、母様は私のようには思わなかったようでぷっと吹き出した。
「ふっ。ふふっ。男の子はその位元気がある方がよいですよ。その子に一度会ってみたいわ」
「「「えっ」」」
艶やかな花のような笑顔を浮かべた母様にそのように言われ、私はもちろん、贄様も菊婆も目を見開いていた。
物静かで威厳ある雰囲気の母様がそんな風に感情を露わにするのは珍しい事で、しかも、限られたスタッフの前にしか姿を現さない生き神様という立場で社の外の人に会いたいと言うなんて、普通はあり得ない事だったから……。
母様は、私達の反応にハッと気付いたらように、すぐに表情を元に戻した。
「ああ。言ってみただけですよ。聞き流して下さいね」
「でも、菊婆の孫はどんな子か私も興味がありますね。
その子を菊婆の後継者として育てて据えてもよいのではないですか?」
「ぇ゙」
気まずそうな母様をフォローするように贄様に涼し気な笑顔で提案され、私は変な声が出してしまった。
「いえいえ! そんな恐れ多い! あやつはそんな器ではなく、却ってご迷惑をおかけしますのでそれだけは謹んで辞退させて頂きますじゃ! もう後継の者は大体決まっておりますので……!」
「そう……」
「そうなのか……」
「(ホッ……)」
頭を下げて必死に辞退する菊婆に、母様と贄様は残念そうな声を漏らし、私は密かに安心して息をついた。
まさか、関わり合いたくないと思っていたその男の子と、思いがけない場所で出会ってしまうなんて、その時は思いもよらなかった……。
*あとがき*
読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます
m(_ _)m
今後ともどうかよろしくお願いします。
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