第44話 上倉希の敗北

「ギャーーーッッ!!!!」

「ひゃっ!? え〜ん! ごめんなさ〜い!」


 下半身に電撃のような苦痛が走り、断末魔のような悲鳴を上げるに驚いて、茜は半泣きで身を離した。


「いっ、いっでー!! お、俺の……あ、あったぁ!」


 一瞬、全てを失ったかと思う程の痛みが走ったが、恐る恐る目視で確認すると、幸いジュニアは健在でホッとした。


 しかし、バッチリ歯型がつき、血が滲んでいる。

 俺は急いでジュニアをしまうと、トラウマ級の体験をさせられた恨みの籠もった目で茜を睨みつけた。


「いきなり何すんだ、お前はぁっ!! 上倉と冬馬に、俺のジュニアを亡き者にしろとでも言われたかぁっ!?」


「ち、ちがっ……! ただ、私は真人を誘惑するように言われたから、き、気持ちよくさせてあげようとっ……」


「どこが気持ちよくだ? ああんっ? 地獄の苦しみだったぜっ!! 今すぐ男に転生させて同じ苦しみ味あわせちゃろうかっ?」


 慌てふためいている茜に俺が拳を握り締めた時……。


 ドンドン! 


「ど、どうしたっ!? 入るぞっ!?」

 

「「!」」


 外で切羽詰まったような声が響き、戸口から上倉が血相を変えて飛び込んで来た。


「な、何があった!? 無事かっ?」


「か、上倉さんっ……そのっ……」

「上倉っ……! 無事じゃねーよっ! こいつにジュニアを食いちぎられそうになったぜ!」

「な、何……だとっ…!?」


 更なる敵、上倉の登場に茜は気まずそうな表情をし、俺は警戒を強め、噛み付くように叫ぶと、上倉は何故か衝撃を受けた様子だった。


「ひ、人のジュニアを食いちぎろうとするなんて、何て非道な事をするのだっ!? この痴女がぁっ!!」


「うっわ〜ん! ごめんなさい!! 何で私、上倉さんにまで怒られているのぉっっ!?」


「??」


 上倉は強く責められ、茜は号泣する場面を前に俺は首を傾げた。


 確かに、なんで上倉は今の贄で奴らの計画に邪魔な存在ある俺の事で怒っているんだろうか? 何かの作戦……にしては、えらく平静さを欠いているような??


「そ、それで、ジュニアの容体はどうなのだっ? 早く、手当てをっ!」

 カチャッ!

「わっ。何すんだよ、やめろ! この痴女集団!!// 別に手当てが必要な程じゃねーから、いいよっ!(っていうか、お前らには死んでも手当てされたくねー!)」


 俺のベルトにかけようとする上倉の手を必死に振り払いつつ、一番心配な事を尋ねた。


「それより、あかりは!? 彼女に何かしてやしねーだろうな!」


「……! もはや、生き神などどうでもいいだろう……! 先代贄は、羽坂を通じて、お前に毒を飲ませたと言っていたぞ?」


「「えっ」」


 怒ったようにそう告げる上倉に俺と茜は目を剥いた。


「遅効性の毒で、あと数時間で症状が出て死に至るとか。 助けたくば、生き神を解放しろと言って来た。

 先代贄は血を分けた身内だけでも助けたいとシャーシャーと言ってのけたわ!」


 先代贄が……!

 羽坂さんは、俺に下剤を盛ったと言っていたが、あれはもしかして毒だったかも知れないって事か?


 あと、数時間で症状が出て死に至る……!


 上倉に怒りを帯びた口調で告げられ、俺は不安で胸の鼓動が速くなるのを感じた。


 そして、彼の出立する前の言葉を思い出した。

 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


『お前に確認しておきたい事は二点だけだ』


『おう、何だ?』


『お前、生き神様の事を愛しているか?』


『お、おう……。///急に何だよ。当たり前だろう? 俺はあかりの事をこの世で一番愛してるぜ……!!』


 先代贄の突然の問いに照れながらも俺はそう答えた。


『そうか……。では、生き神様の為に命をかけられるか?』


『ああ! 例え、自分の命が半分になっても、死んでも、俺はあかりを守ってみせるぜ……!』


『その言葉、絶対に忘れるなよ…!』


 その答えに、先代贄に圧の籠もった目で再度確認され、俺は少し戸惑いながらも頷いた。


『お、おお…!あの子の命は俺の命も同然!俺達は一蓮托生だぜ!!』


『うむ。それが聞けて安心した。真人。後の事は頼んだぞ…。』


 熱血に拳を握る俺の言葉に満足し、先代贄は微笑んだのだ……。


 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


 そうだ。例え本当に毒を飲まされていたとしても、俺がやるべき事はただ一つ。


「お前は、生き神の為に捨て駒にされたのだ。それなのに、生き神を救う必要はっ……」


 上倉の言葉を遮って、既に覚悟が決まっている事を再確認した俺は、断固として宣言した。


「あるんだよ! 俺はあかりを愛している。だから、絶対に守ると心に決めている。例え俺の命に代えてでも……!」


「……! な、何……だとっ!?」


 俺は、愕然とする上倉に挑むような視線を送った。


「先代贄は無駄な事はしない。俺に毒を盛って、それが交渉材料になっているという事は、俺がいなくなると、計画に支障が出るという事か?」


「そ、それはっ……」


 動揺する上倉に追い打ちをかけるように言ってやった。


「先代贄の言う通り、俺は毒を盛られたらしい。さっきから、(不安で)胸が苦しいし、(鎮静剤の影響で)体がフラフラする。 けど、死ぬ前に、お前の計画を邪魔してやるよ! 


 今すぐ、あかりとキー&ナーを無事な状態でここに連れて来い!  


 でなければ、俺は治療を断固拒否する。

 無理強いするなら、今すぐにここで死ぬ!」

 チャキッ!


「……!!」

「きゃぁっ!|||||||| 真人ぉっ!!」


 近くにあった折りたたみ式のサバイバルナイフを開き、自分の首に当てると、上倉は目に見えて青褪め、茜は悲鳴のような声を上げた。


「や、やめろっ……。落ち着け、真人! 例え、生き神をここで助けたとしても、この島はもうすぐ未曾有の災害に呑まれ、皆死ぬのだ」


「! あかりが見たという夢の予言の話か?」


 恐ろしい未来を告げてくる上倉に問うと彼女は、何度も頷いた。


「あ、ああ。そうだ。あれは、出任せではなく、これから本当に起こる事だ。生き神はその役割上、島民と運命を共にするであろう。

 どうせ死ぬ女など諦めて、この島を離れて、新しい人生を生きよう? なっ。だから、まずは解毒を……」


 必死に説得を試みる上倉に、俺は小さく首を振る。


「それは出来ない」


「っ……!」


「俺は因習ばかりに縛られる閉塞的なこの島が大嫌いだった。ここを出て行きたいと何度も思った。 けど、あかりに会って、運命にがんじがらめに縛られた彼女が懸命に自分の役割を果たし、島を守ろうとする姿を見て、考えが変わった。

 その時から、彼女を支えて運命を共にする事が、俺の生きる意味になったんだ。

 だから、俺は例え何が起ころうとこの島を出る事は出来ない」


「そ、そんなっ……! そんなっ……!」

「うわっ?!」


 決然と告げる俺にショックを受けたのか、上倉は顔を大きく歪めた。


「お、お前の為にっ!! 平穏な生活も尊厳も全て捨て、長年に渡って数多の人間を傷付け、陥れ、身内すらも手にかける事を厭わず、血に染まる手で生涯地獄の道を歩み続ける業を背負った者がいたとしてもっ!! そ、それでもっ! お前は、ついこの間出会ったばかりの女の為に、命を粗末にするというのかっ!? 答えろ、真人っ!!」


「か、上倉っ? ちょっ! やめろって!」


 鬼気迫る表情で、上倉に捲し立てて近付いて来られ、俺は身を躱した。


「関係ない! そんな奴がいたとして、それは、俺が望んだわけじゃない。そいつが選んだ人生だ。 俺は俺で大切なものを選ぶだけ。俺はあかりと共に生き、あかりと共に死ぬ」


「し……、死ぬ……」


 きっぱりと言い放った言葉に、上倉は老婆のように窶れた顔で、大きく目を見開き、口をパクパクと動かしたかと思うと……。


「ああっ……!!  うぐぅっ……!! かはぁっ……! かひゅぅっ……!! ガクッ」


「上倉?!」

「上倉さんっ?!」


 俺と茜が驚く中、上倉は床に転がり喘ぐように苦しみ出し、やがて気絶した。


「ど、どうしよう……?」

「い、一体どうしたんだ? まるで、上倉が毒を飲んだみたいになって……?」


 茜が途方に暮れ、俺が戸惑っていると、後ろから声がかけられた。


「毒を飲んだのではなく、過呼吸の発作です。命には別条ありませんから、ご安心下さい。茜さん。贄様」


「「!」」


 振り向くと、いつもと同じように穏やかな笑みを湛えた彼女が立っていた。


「保坂さん……」


 俺は、社で一番近しくやり取りをしていた世話係のスタッフにして、上倉の仲間で俺達を裏切った彼女を複雑な思いで見詰めていた。




*あとがき*


 読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

 m(_ _)m


 今後ともどうかよろしくお願いします。

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