第38話 白と黒の反転
『昨日、贄様が体調を崩されたのは、私のせいです。実は下剤を盛らせて頂きましたっ…。』
「え? え? 俺が下痢になったのって、羽坂さんが下剤を盛ったからって事?」
色々あってメンタル的に弱っていたので、お腹を壊してしまったものと思っていたが、思わぬ羽坂さんの告白に俺は戸惑うばかりだった。
「はい、そうです」
「いや、一体どうしてそんな事を?」
申し訳なさそうに、しかしきっぱりと答える羽坂さんに問い糺すと、彼女は真剣な顔をこちらに向け……。
「それが実は、私は、せ……」
「贄様、危ない!」
ドンッ!!
「どわぁっ!!」
不意に誰かに横から突き飛ばされ、俺は床に転がった。
「羽坂さんっ……!何をしているんですかっ!」
ドターン!!
ビビッ!!
「キャッ! 保坂さっ……!!ウッ!!」
カシャン!
「いてて……! 羽坂さん!? 保坂さん!?」
打った左腰をさすりながら起き上がった時には、保坂さんに押し倒されるように羽坂さんが倒れていた。
「ハァッ…ハァッ…。咄嗟に使ったスタンガンで、気絶させています。
羽坂さんはこんな物を贄様に向けようとしていました!」
「!!」
息の荒く保坂さんが羽坂さんから離れ、床から先端がキラリと光る物を拾って俺に見せた。
「な、ナイフ……。何で羽坂さんが……」
「辛い事ですが、羽坂さんは敵方に通じていたのでしょう……。第二の贄を迎え入れる為に、贄様を害そうとしたと思われます。もしかしたら、継嗣の儀の際、始祖様の石に細工をしたのも彼女だったかもしれませんね。部屋に入るのも、生き神様のお世話係の彼女なら造作もないことだったでしょうし」
「そ、そんな……」
関わりはそんなに多くなかったが、同じ社の仲間だった彼女にそんな画策をされていたのかとショックだった……。
「事実、身近にこんな裏切りがあるなんて、贄様が私達スタッフを疑われていたのも当然でしたね。今回、生き神様の警護を精霊様方のみにお任せされた事といい、贄様、見事なご判断でございました」
「いや、そこまで見越していたわけじゃないんだけど……」
と、保坂さんの称賛に俺は頭を掻き、考えてみた。
そう。あかりは、キーとナーに任せたから、安心。その筈だ。
だけど、この妙な胸騒ぎは何だろう?
トシとの絶縁
御堂さんの裏切り
その影響もあり、社は孤立。キーとナーにあかりの警護を任せ、保坂さんに社の責任者を任せる事になった。
羽坂さんが敵方だったという事実
その判断は間違っていなかったと証明される。
だが、流れが妙に一本調子に誘導されているような妙な違和感を感じる。
そもそも、さっき、保坂さんが羽坂さんについて言った事は、転じてみれば、保坂さんにも成り立つのではないだろうか?
不意に、下痢止めの薬に書いてあったメモを思い出した。
『ハ◯ホ●』
ひょっとして、あれは穴埋めの暗号ではなくて、◯が白、●が黒を示したものだったのでないか?
それによると、ハは白……。ハが表すのがもし、羽坂さんだとしたらホは……。
プスッ!
「てっ……! ?!!」
考えている途中で急に左腕に痛みを感じ、それと同時に目の前がぼやけ、俺は意識を消失した。
「贄様、大変申し訳ありません。あの方の目的の為、スタッフと一緒にしばらく眠っていらして下さいね……?」
意識の遠いところで、つい数分前まで全幅の信頼を寄せていた人の声を聞いたような気がした……。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
《四条灯視点》
真人やスタッフさんから離れた場所で、外で島民会の人達と社の警護に当たってくれている人達が大声でやり取りしているのを聞きながら、私が不安な思いで待機していると……。
「「……!」」
キーちゃん、ナーちゃんが、何かに気付いたように目を見開くと、興奮気味に報告してくれた。
「生き神様! 明人の気配が感じ取れる圏内に入った模様です!」
「間もなく、島に到着するでしょう!」
「……!! よ、よかった……!先代贄様!」
私は先代贄様の無事と帰りの知らせにホッとしてその場に座り込んだ。
「間もなく、移動できる範囲に入る為、秋人をすぐに連れて参ります」
「ええ。ありがとう! ナーちゃん!」
「頼んだぞ? キー!」
そうして、すぐにナーちゃんは先代贄様の元へ移動してくれたのだけど……。
✽
「ただいま戻りました。生き神様……」
「ありがとう。ナーちゃ……、!!?」
数秒で戻ったナーちゃんに駆け寄ろうとすると、先代贄様……ではない人を連れていた。
「今度こそ、会えたね? あかりちゃん」
「……!!!」
満面の笑みを浮かべてそこに立っていたのは、もう一人の贄候補で、島民会に第二の贄として担ぎ上げられていた風切冬馬だった。
「な、何故彼がここに……!」
信じられない思いで目を見開く私に、ナーちゃんは、感情のないガラス玉のような赤い瞳で、淡々と私に告げた。
「生き神様にふさわしい贄をお連れしたのですよ? 本来なら気の力の一番強いこの男性を選ぶべきでした。 あなた様は道を誤りました……」
「ナ、ナーちゃん……!」
ナーちゃんの隣に、キーちゃんも並び、同じく感情の感じられない白銀の瞳で私に言い渡す。
「その通り。責務を疎かにし、恋情を優先させる生き神様にはもううんざりです。是が非でもあるべきところへ収まって頂きましょう」
「キ、キーちゃん……!」
目の前で起こっていることが悪夢にしか思えず、震えている私にキーちゃんは手を伸ばして来た。
*あとがき*
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