第36話 あかりの涙

 その後、それぞれのスタッフを見回り、大体仕事が片付いたところで、俺は必要な荷物を持って、和室に待機していたあかりのところへ向かった。


「あかり、大丈夫か? 色々あって疲れたろう?」


「私は何もしていないわ。それよりも、真人、さっき、刈谷さんからお腹を壊したと聞いたわよ? そんなに働いて大丈夫なの?」


「うぇっ?! 刈谷さん、恥ずかしいから言わないでって言ったのに……!//

 だ、大丈夫、大丈夫! 出すもの出したら、スッキリしたし、元気元気!」


 下痢だった事を知られ、俺は決まり悪い思いで力こぶを作って見せたが、あかりは顔を顰めて、間近に寄って覗き込んで来た。


「やっぱり、顔色が冴えないわ……。ちょっと、触れるわね?」

「あかりっ……。うわ、くすぐってぇ

 !//」


 急に腹の辺りを手で撫でられ、俺が悶えていると……。


「暴れないでね? 今、力を送るから……!」


 ポウッ!


 「うわっ! あっつっ!! くあぁっ!!」


 あかりに手を当てられている腹の部分が急激に熱くなり、それが体全体に巡っていくのを感じた。


 先代贄に殴られた後、あかりに治療してもらった事があったけれど、あの時の何倍も強い力が送られているような……。


「はいっ。どうかしら?」

「ハッ!……!!」


 あかりが手を離した時には、もう腹部の痛みは綺麗さっぱり消えていた。それどころか、体中に力が漲っている。


「す、すげー!! 完治してるっ! あかり、力メチャメチャ強くなってない? これってやっぱり儀式の影響?」


「え、ええ……。そうみたい。以前出来なかった事も出来るようになったのよ」


 目を見張っている俺に、あかりはそう告げ、躊躇いながらショックな事を知らせて来た。


「あ、あの……。実は、あなたのお友達の飼ってる鳩さんが、今朝、矢を射られて、瀕死のケガを負っていてね……。」


「えっ! 伝七郎が?!」


「ええ。でも、治癒して、元気になったから大丈夫。ナーちゃんにお友達の元まで送り届けてもらったわ」


「!! よ、よかったぁ……!」


 一瞬青くなったが、伝七郎が無事トシの元へ戻れたと知り、心底ホッとして、俺はその場に座り込んだ。


「あかり、ありがとう! でも、瀕死の生き物を蘇生させるなんて、すごい力がいるだろうに……! その上、俺まで治療して、あかりは大丈夫か?」


「ええ。 鳩さんの時は少し休めば回復したし、今のは真人自身の生命力を循環させて、それ程力は使っていないから大丈夫よ」

「そ、それならいいけどさ……」


 あかりは困ったような笑顔で答え、満面のとはいかないまでも、久々に彼女の笑顔が見れた俺は少しだけ安心したのだった。


「にしても、伝七郎に卑劣な真似をしやがった奴ら、許せねーな!

 大方、島民会もしくは冬馬達だろうが。

 トシは連中に何か出任せを吹き込まれていたらしくて、伝七郎の帰りが遅いのは俺が何かしたものと誤解されて喧嘩しちまった。


 俺とトシを断絶する事で、島民会で反対派を拡大するのを防ぐ為の画策だろう」


「そんな事が……! でも、今はトシさんの元に鳩さんが戻っていて、誤解は解けた筈だから、仲直りする事は出来るのではないの……?」


「そうだな……。どうだろう?」


 あかりに言われ、俺は渋い表情で考え込んだ。


 トシ、御堂さん。


 長年信頼していた二人と一日の内に決裂する事になり、人間関係の脆さを思い知った。


 そして、警告ともいえる伝七郎への凶行。


 例え、友情を取り戻せたとしても、一介の高校生が敵方への有効な対抗手段になり得るだろうか?


 ただいたずらに親友と周りの人を危険に晒すだけのような気がして来ていた。


「あかり……。俺に先代贄のような知力と行動力があればっ……。

 力が足りなくて本当にすまない」


 俺が苦しい思いで頭を下げると、あかりは信じられないという表情で目を見開いた。


「な、何を言っているの? 力が足りないのは、私の方よ! 私がもっとしっかりしていれば、こんな事態には……! それなのに、真人は一生懸命力を尽くしてくれてっ……」


 ギュッ。


「ま、真人っ??」


 あかりが言い終わらない内に、その柔い体を抱き締めた。


「それでも、俺では力が足りないんだ。せいぜい先代贄が帰るまでの時間稼ぎをする事ぐらい。スタッフさんも全員覚悟している。」


「ま、真人は何を言っているの……?」


 抱き締めた身体から体温と不安げに高まる鼓動を感じながら、俺はあかりの耳元に囁いた。


「あかりは優しい生き神様だから、島の人を見捨てて逃げ出すなんて抵抗があるのは分かる。

 けれど、生き神様の選択を尊重せず、第二の贄を勝手に決めて、社を思うままにしようだなんて……!


 今まで、恩恵を与え続けてくれた生き神様に対して、この仕打ちはあまりにひどい。もう守る必要ないと思う。


 島の人達は生き神様を犠牲に生きて来た報いを受ける時が来たんだよ」


「……! 真人! だから、何を……!」


 俺の胸を押しのけるあかりの綺麗な黒髪や紫色の光を帯びた瞳を間近に見詰めて俺は告げた。


「屋敷にバリアを張ってもらっているが、何かあればすぐにキーとナーにはあかりを安全な場所に匿い、先代贄が帰って来たら合流するように言ってある。

 このリュックに数日分の食糧や水等入れておいたから、俺やスタッフさんの事には構わず、その時は逃げてくれ」


「……!!|||||||| 真人! そんな事出来ないわ!」


 荷物を足元に置き俺がそう頼むと、あかりは悲鳴のような声を上げ、ぶるぶると首を横に振った。


「そんな危険な目に遭わせてしまうぐらいなら、 あなたこそ今から社から逃げて! 元許嫁の茜さんに取り計らって貰えば、助けて貰えるのでないの?」


 必死に縋るようにそんな事を言われ、俺は寂しい思いで笑った。


「ハハッ。今更元許嫁の元へ戻れってか? 俺、そりゃ頼りないけど、あかりにとってはそんなに必要ない存在か? 」


「そんな…わけっ……」


 あかりの綺麗な顔が歪み、大きな目に涙が盛り上がっていく。


「冬馬とは知り合いっぽかったよな? 悪い奴と知っても、逃げるよりは奴を第二の贄とした方がよかった?」


「そんなわけ…なっ……」


 辛そうに閉じた彼女の瞳から大粒の涙がポロポロ零れた。


 その涙が彼女の純真の証のように思えて、俺の胸は強く痛んだ。


「ごめん……。何か言えない事情があるんだよな?」


「っ……! ごめんなさいっ……」


 辛そうなあかりの頭をポンポンと叩くと、俺は彼女を安心させるようにニッと笑った。


「心配するな! 今のは万が一の話だよ。俺達だって、簡単にはやられない。

 だから、この騒動が片付いたら、あかりが心に抱えている事を全部教えてくれ。どんなに重い事でも受け止めるからさ……」


「ま、真人っ……」


 あかりは躊躇い……、神妙な顔でコクンと頷いてくれたのだった。







*おまけ話* 双子の精霊 不穏の兆候


「すぅすぅ……」

「ややっ! ナー?」


廊下で体を横たえて寝息を立てている赤髪赤い目の相棒を見つけ、白髪白銀の目の精霊キーは目を見開いた。


明日はいよいよ島民会&風切総合病院との対決が予定される日。


屋敷内の見回りをして来ると言った筈のナーが戻って来ないので、生き神であるあかりに言い置いて探しに来たキーであったが、見つけてみればうたた寝をしているという体たらくに、呆れて相棒を揺り動かした。


「おい、ナー! こんなところで寝るでない! 見回りはどうしたのじゃ?」

「ハッ」


飛び起きたナーはキーの前で気まずそうに頭に手を遣り謝った。


「す、すまぬ! 見回りをしておった筈なのに、疲れからかほんの一瞬意識が消失してしもうて……。もう、年かの……」


「何を言っておるのじゃ。疲れといっても、沢山の力を使った直後ならともかく、普段精霊に睡眠を取る必要はないじゃろう。」


キーに言われ、ナーは困ったように首を傾げる。


「それはその筈なんじゃが、最近たまにこういう事があっての……。キーは何ともないかの?」


聞かれて、キーは難しい顔になった。


「う〜む。言われてみれば、この前、数分だけ意識が消失している事があったの。生き神様に呼ばれてすぐに目を覚ましたのじゃが、失態であったわ……」


キーは、気まり悪そうな顔でそう言うと、ナーに真剣な顔で呼びかけた。


「今は、社の一大事。あの真人すら覚悟を決めておるのじゃ。儂らも生き神様をお守りする為、いっそう気を引き締めねばならんぞ?ナー」


「お、おう! キー、分かっておる。出入り口を見回ったら、すぐにそちらに戻る。お前は先に生き神様の元に戻って警護を続けてくれ」

「おう!無論そうするつもりじゃ」


二人の精霊は厳しい表情で頷き合うとそれぞれ目的の場所に別れて行ったのだった……。









*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る