ほのかに君と語らう


 ほのかさんと出会って、俺はそのままの足で近くの喫茶店にやって来た。


 風野はとりあえず俺がほのかさんに何らかの関係があるらしいことを感じ取ると、近くのおすすめの喫茶店とホテルの場所を教えてくれたので、とりあえず喫茶店の場所のメモだけ受け取って腹に軽く一発入れておいた。


「ええと、席は……」


「おかまいなく。普通のお席で大丈夫ですよ~」


「じゃあ、二人で。禁煙席で」


 店員さんに「お好きなところへどうぞ」と言われたので奥の方の席に向かった俺を、ほのかさんは何も言わずについてきた。


 かつかつ、かつん。足音二つと杖ひとつ分の三つのリズム。


「どーぞ」


「ふふ、紳士さんですね。ありがとうございます」


 俺が椅子を引いて座る様に促すと、ほにゃりと微笑んだほのかさんが腰かけて白い杖を脇に置いた。

 その後、とりあえず飲み物を注文して、しばらく待ったところでお互いの飲み物が運ばれてくる。

 俺がアイスコーヒー、ほのかさんは温かい紅茶である。


「いい香り」


 ほのかさんはティーカップを楚々とした仕草で持ち上げると口をつける。

 生まれた時からずっとそうしてきたのだというかのように自然で、品のある仕草だった。


 お嬢と違って随分薄い、ほとんど白髪と言ってもいい髪は、伏せられた長いまつ毛まで同じ色。

 たれ目がちな澄んだ翠色の瞳は、彼女の壊れ物の雰囲気もあって硝子細工のようで。


 本当に、美人な姉妹だなとと思う。


 お嬢がおとぎ話から出て来た少女なら、かけがえさんが絵画の中の美女なら、ほのかさんはどこか硝子細工を思わせるような透き通る美しさと、壊れ物のような儚さがあった。


 ふと、ほのかさんが俺の視線に気づいたのか小さく首を傾げた。


「どうかされましたか?」


「え、あー、いや、お嬢とかもそうだったんですけど、綺麗な仕草で飲むなあと」


 ほのかさんは「褒められると照れちゃいますね」と言いつつも、余裕を見せる態度でゆったりと湯気の立ちのぼるティーカップをソーサーに戻した。


「コツがあるんです~。子どものころから飲みなれていたらこのくらいはですね」


「へえ、あんまり冷ましてなかったですけど熱くないんですか?」


 ふ、とほのかさんが微笑んだ。


「いえ、すごく熱いです。口の中をやけどしました。まったく冷まさずに飲んだせいですね」


「そんなににこにこ笑顔なのに口の中がそんな一大事に!?」


「ちょっと泣いちゃいそうです」


「水飲んでください……」


 俺がお冷を差し出すとほのかさんがこくこくとグラスの中身を傾ける。


 何だろうこの人……ちょっとズレているのか?


 これが御伽々ほのか。

 お嬢とかけがえさんのお姉さんで、もう死んでしまった御伽々翁の最初の娘。

 長女でありながら、御伽々の後継者から外されてしまった人、か。


 そんな人が、なぜ大学で俺を待っていたのだろうか。


 いや、それは聞いてみたらはっきりするか。

 こればっかりは俺だけが悩んでいても仕方のないことだ。


 俺はアイスコーヒーに口をつけて、その苦みで気持ちを切り替えると居住まいを正す。


「それで、ほのかさん、今日は―――」


「ストップです」


 言いかけた俺の唇をぐっと体をこちらに伸ばしたほのかさんの人差し指が押しとどめた。


 身体を前に倒したせいでその豊かな胸部がゆさりと揺れ、服の胸元がたわませていたので、思わずぎょっとして体をのけぞらせてしまった。


「きゅ、急に何するんですか」


「いえいえ、実は私、今日ここに来たのはこっそりなの。なので、お名前は呼ばないでくれないと助かるな~。

 いま君と話しているのは、大学でたまたまあった年上のおねーさん、それで手を打ってほしいなって」


「名前も呼ばないって、じゃあどうやって話すんです?」


「偽名でいいんじゃないかな~少年くん」


「しょ、少年くん?」


「私がおねーさんなのですよ? なら年下の君を『少年』と呼んでもおかしくないでしょう? だから相性も込めて『少年くん』です」


「は、はあ……」


 ほにゃりと体を揺らすほのかさんはなんだか楽しそうである。


「なら、俺は何と呼べば?」


「んー、じゃあカムパネルラさんとかでお願いしようかな~」


「カムパネルラって、銀河鉄道の夜の?」


「お、少年くん知ってるねぇ」


 俺の言葉にほのかさんは嬉しそうに目を細めた。


「そう、そのカムパネルラです。口にしたときの響きはジョバンニが好きなんだけどね、ジョバンニは男の子なので~」


「ならジョバンニは俺ですか?」


「あは、それならここはさしずめ銀河鉄道列車の中かな?」


「それは、とっても素敵だね~」と口にして、ほのかさんは紅茶に口をつけた。


 なんだか、すごく不思議な人だ。


 硝子のようにきれいで、透き通っていて、壊れそうで触れがたいのに、言葉やたたずまいはふわふわしてる。


 この人が何を考えているのかはわからない。

 でも、彼女からは嫌なものはまるで感じなくて、話し方とか、言葉のチョイスで、なんとなく「ああ、お嬢のお姉さんなんだな」なんて、思わされていた。


 その人が、俺に会いに来るなんて、何があったのか。


「実はね、今日は少年くんにアドバイスをしに来たの」


 そして、彼女は今日の本題を切り出した。

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