はじめてのギョーザ



「深鏡が来たわ!」


「うわあ急にノックもせず入ってくるな!」


「ま。いらっしゃいませ、かけがえさん」


 ある日、家の扉を蹴破ってかけがえさんが入って来た。


 かけがえさんはいつも通り厚顔不遜な態度で、いつものように不敵な笑顔を浮かべて靴を脱いで今に上がり込んでくる。


 かけがえさんがこの家にやってくるのはお嬢を連れてきた時以来だから、2度目ってことになるのかな。

 会うのはこの前買い物行ったとき以来だから、たぶん1週間ぶりくらい?


 かけがえさんが部屋に入ってくると、食卓に座っている俺とお嬢に問いかけてくる。


「で、これは何してるの?」


「餃子作ってんの」


「ギョーザ」


 事の起こりは昨日にまで遡る。

 何でも、俺が大学に行っている間いつものように再放送される恋愛ドラマを見ていたらしいのだが、その時にCMで「家族で餃子!」みたいなフレーズが流れて来たらしい。

 CMでは家族が手作りで餃子を作るシーンがあったらしく、お嬢が帰って来た俺に「これって私たちにもできるんですか?」と聞いてきた。


「それで簡単だしやってみようってことで、今日の夕飯は餃子パーティになったんだよ」


「へえ、パーティね」


「せっかくですしかけがえさんもぎょうざを作って、食べていかれませんか? ちょうど今から包むところだったんです」


 お嬢が目を輝かせながら食卓の上にあるボウルに作ってある大量の餃子のタネと、スーパーで買ってきた餃子の皮を見せた。

 その様子にかけがえさんは悩ましそうに眉を寄せた。


「いや、深鏡は今日はちょっと寄っただけだから……」


「見てくださいかけがえさん。ぎょうざの中身……タネ、というそうなのですが、これはひき肉とキャベツとニラをありったけ刻んで混ぜ込むんです。それでにんにくと塩コショウと―――」


 かけがえさんは最初は断ろうとしてたけど、珍しく興奮したように説明してくるのにびっくりしたように目を開いた。

 そして、今度は薄く微笑んで、ぽんぽんとお嬢の頭を撫でた。


「フッ、まほろがそこまで言うのならご相伴に預かろうかしら」


「ま。本当ですか!」


「見せてあげるわ、深鏡の唯一無二の餃子をね……」


「どんなギョーザ?」


「とりあえず食べた瞬間に空木はあまりのおいしさに失神するわ」


「包む工程でどんな奇跡が!?」


 タネの味付けしたのは俺だし、誰が包んでもそんなに変わらないと思うんだけど!?


 そんなこんなで、3人で分担してギョーザ包みを始めることに。


「で、こうやって皮を手に乗せて、その上にボウルの中から餃子のタネをスプーンで取って乗せて包むわけよ」


「なるほど」


「フッ、楽勝ね」


「という割になんかタネの量が多くて零れそうだけど?!」


「深鏡のように器の大きな人間は餃子の中身も多くなるわ」


「焼くときにあふれちゃうんだよ」


「この皮じゃ深鏡に釣り合わないわ。もっと大きくて頑丈なものはないの?」


「一人だけ何作ろうとしてるの?」


 たぶん普通のギョーザではない何かなんだろう。


「空木さん、空木さん」


 くいくい、と袖を引っ張られた。


 どうかしたお嬢?


「タネを乗せたのですけれど、このままでは皮と皮がくっつかないのではないですか?」


 そう言って掌の上のタネの乗った餃子の皮を俺に見せてくるお嬢。

 どこかの誰かさんとは違って、俺がお手本で見せたような適切な分量である。


「ああ、このままだと皮がくっつかないから、こうやってふちを濡らしておくとくっつきやすくなるよ」


 言いつつ、準備してあった水の器で指を濡らしてお嬢の手の上の餃子の皮のふちを指でなぞった。


「ほらこうやって」


「ひゃっ」


 お嬢の口から高い声が漏れた。


 至近距離で俺とお嬢の目が合って、お嬢が恥ずかしそうにうつむいた。


「す、すみません……急に触られてくすぐったものですから……」


「そ、そっすか。こっちこそ急に触って悪かったですね」


「い、いえお気になさらず」


 消え入りそうな声で答えるお嬢。


 そして、ぽんと俺の肩が叩かれる。


「そういうことでいいのかしら?」


「とりあえず言い訳していいかけがえさん?」


 まあ、そんなこともありながら、俺たちはぐだぐだといろんなことを話して餃子を包んだ。


 かけがえさんは流石に器用で、5個目くらいからはコツをつかんだのか俺が一つ作る間に三つくらい餃子を包んだりしていた。

 対してお嬢はかけがえさんとは違って、ゆっくりと丁寧に一個ずつ包んでいた。だが、なかなか苦戦しているようで、中には皮が破れてしまったり、たまに中身が少なくなりすぎたりしてしまっていた。

 そのことをかけがえさんに指摘されるとお嬢はバツが悪そうに微笑んだりしていた。


「そう言えば昨日大学でさ……」


「テレビで見たのですけど、なんでも今年は―――」


「深鏡もこれは人から聞いた話なのだけれど」


 そして、餃子を包みながら三人で他愛もない話もした。


 俺の大学の話とか、お嬢の見たテレビの話とか、かけがえさんの嘘みたいな本当の話とか、まあそんな感じだ。

 大して中身はないし、一週間もすれば内容を忘れてしまってもおかしくないような、そんな感じのくだらない話。


 でも、そんな話をするお嬢とかけがえさんは本当に楽しそうで、俺もなんだが嬉しかった。


「フライパンで焼くんですね」


「うん。ホットプレートがあるなら食卓に出して焼いてもいいんだけど、流石に俺の今の家にはないからさ」


「へえ、途中で水を入れて蒸し焼きのようにして、タネの中まで火を通すのね。

 最初に油にかけて焼いているのは底面にしっかりと焼き目をつけるためね」


「いい香りですね。それにここまでぱちぱちって音が……」


「ちょ、二人とも近いって!」


 俺がギョーザを焼いている様子を横から覗き込んでくる二人を遠ざけつつ、一通り焼いてしまうと皿に移して食卓に並べた。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます、空木さん」


「いただきます。空木のお手並み拝見ね」


 お嬢が皿に大量に並んでいるギョーザを箸に取る。そして、器に注いだポン酢に端をちょぴっとつけて、口に入れた。

 しっかり味わうように咀嚼し、飲み込むと、お嬢は口を抑えつつ、感動したように目を輝かせる。


「おいしい……」


 その様子にかけがえさんもギョウザを口に入れて、ほう、と眉を上げる。


「おいしいわね。まあ、大量生産に重きを置いた味だけど、にんにくとキャベツ、ニラのバランスがいいわね。まあ、及第点、と言ったところね」


「かけがえさんはやたらと厳しいな……」


 俺も口に餃子を口に入れる。うん、美味い。


「俺としては100点なんだけどな」


「フッ、真の美食を知らない空木からするとそうでしょうね」


「ちなみに、かけがえさんが点数をつけるのならこのギョウザは何点なのですか?」


「92点、と言ったところね」


「大満足じゃん」


「かけがえさんはたまーに素直じゃないのです。ふふ」


「ま、まほろ!」


「あら、違いましたか?」


「……深鏡の負けよ」


 かえがえさんが唸る様に黙り込んだ。どうやら図星らしかった。


 お嬢が微笑みつつ新たにギョウザに手を伸ばす。

 その様子に、今度はかけがえさんが面白そうに目を細めた。


「あら、その形、まほろが包んだのじゃないかしら?」


 ぴく、とお嬢の身体が揺れた。


「フッ、早く食べて証拠隠滅、と言ったところかしら?」


「そ、そういうのじゃありません! ただ単に、これが目の前にあっただけで……」


「フッ、いいのよ。深鏡にはわかっているから」


「わかってません! う、空木さんも何を笑っているんですか!」


「え? あ、あー、俺は個性的な形でも味は変わらないしいいと思うよ?」


「う、空木さん!」


「ごめんごめん」


 俺が笑ってごまかすと、お嬢は講義するように拳を上げてジトーっと睨んでいたが、しばらくするとふっと目元を柔らかくした。

 その表情はすごく静かで、それでいて少し楽しそうだった。


「食事って、こんなに楽しいこともあるんですね。知りませんでした、私」


 今度は俺とかけがえさんが思わず頬を緩める番だった。

 この食事も、作るって工程も楽しんでもらえて、お嬢の思い出になったのなら、それは俺としてはすごくうれしい。


「そうね、すごくいい思い出になるわね。深鏡……わたしにとってもね」


 それはかけがえさんも同じだったようだ。


「でも、これだけのにんにくの利いた料理、明日には響きそうね……」


「う、そ、それは確かに……」


 女性陣の箸が少し鈍る。


「じゃあもう食べない? なら残りは俺がもらうけど……」


「そうは言ってないです」

「そうは言ってないわ」


「おお、声がハモった……」


 そういわけで結局、なんだかんだ言いつつ大量のギョーザは3人ですっかり食べてしまったとさ。


 ただ次の日までお嬢は「私いま息が大変なので近づいてはだめです!」とか言ってたけど。

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