第2話「秋本消」

「秋本さーん、どうぞー。」


病院の待合室に響く名前。

間違いなく僕のことを呼んでいる。

僕は【診察室】と書いてある部屋に吸い込まれるように入る。


「失礼します」

「こんにちは」


野田先生が「座って」と僕を促す。

最初は不安でいっぱいだった診察室の雰囲気も今はもう見慣れている。


「どう?誰かにカムアウト出来た?」

「仕事の上司だけには出来ました」

「どんな感じだった?受け入れてくれた?」

「はい」


僕は体は女性で心は男性であると自認したうえでこのジェンダークリニックに通っている。

通いだして半年でやっと「性同一性障害」の診断が下りた。

野田先生の判断でまずは信頼出来る人にカムアウトしてみることを試みている。


「良かったね。そろそろホルモン注射も始めてみる?」

「出来れば始めたいです」

「分かった。でも、焦らずゆっくりいこうね」

「はい」


焦ってはいなかった。

徐々に男性になってゆく自分を観察してみたいから。

信頼出来る人にだけ伝われば良いとも思っている。


「仕事先の人には少しずつカムアウトしてみても良いかもね」

「そうですね」


その時、金田さんの顔が浮かんで消えた。

仕事先の人…だよな…。と自分に言い聞かせて。


「誰か浮かんだ?」

「え…あ、はい」

「きっと、受け入れてくれると思うよ。頑張ってみたら?」

「そう、ですね…」


確かに金田さんなら受け入れてくれるとは思う。

だから、顔が浮かんで消えたのだろう。


「金田さん、か…」


ショーウインドーに僕の顔が映った。

その顔を僕はしばらく見つめることしか出来ない。


「秋本さん…?」


声をかけられた。

明らかに女性の声だ。

その声に聞き覚えがある。

僕はその顔に会いたくて振り返る。


「こんにちは、金田さん」

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