第32話 異能力とは?

「は!」


 ふわふわとした感触、ではなく固いアスファルトに落とされた俺の全身は悲鳴を上げる。


「痛っだ!」

「大げさすぎ、リアクション大王じゃん」

「ハ○ション大魔王のパロディか、それ」


 こっちの様子も向こう見ずで何やら話し合う二人。って此処はどこだ? 見覚えのない地べた、壁、何をどう考えても数分前の食堂とは似ても似つかない。

 天井がなく青空が透き通ってるから屋上っぽいところなんだろうが、ジェットコースターの上り坂ぐらい高い気がする。


 ジンジンと痛みを放つケツを抑えながら俺は直立する二人の人間に目をやった。一人はさっき助けてくれた爺さん、もう一人は、


「またとんがり帽子…コスプレ少女か?」

「ねえ爺じ、こいつ殺しちゃおう」

「どのみち殺気は抑えておけ。こやつとはわしが話をつける、そのまま見張っとれ」


 はあぃっと言いながら瞼を重ねる少女はそのまま座り込む。常人には看取できない霊異的な能を探求しているのだろうか。って、創作物の世界じゃあるまいし………。


「まずはわしの話を聞いてくれんか?」


 不審さが漂う空間に仕切りを入れるよう音が立った。ハッと返せばこちらに向き合う爺さん、怖気つきながらも俺は問いかける。


「教えてくれ。何が起きてんだ」

「尋常じゃないくらいヤバイことが起きとる」

「えらく抽象的⁉︎」

「たとえじゃよ、たとえ」


 ガハハ、としわがれた笑い声を一層際立たせる。空気が腑抜け、つい先ほどの緊張感に支配された俺の心は気づけば安息を得ていた。


―――慣れない冗長を配慮してくれたのか?


 三回目にして人の印象が変わるのは初だった。


「さて……何が起きてるのか。それを知るにはわしらの正体も知ってもらわねばならん」

「爺さんは結局、人間じゃないのか?」


 屋上で問いかけた質問、だがやはり爺さんは首を横に振る。


「何度でも言う、わしは人間じゃよ。それが人知を超えた力であってもそれは変わらない。そしてそれは、………お主と親しい人間も同様じゃよ」


 ピシッと指を差される俺。「どういう意味だそりゃ?」そう発しようとし寸前、爺さんが先立って話し始める。


「今から教えることは他言無用で頼む。それぐらい限られておる情報じゃ」

「……分かった」


 向かい合う俺たちに数刻、間が取られた。しわがれた口が重要な何かを知らせるように機能する。


「わしらは警察の秘密部署に属す者。その名は「特殊能力取り締まり執行部署」、通称「執行人」と呼ばれておる。どうじゃ、カッコいい名前じゃろう」


……………………………………………………………………。


「すまん、言ってる意味が分からない」

「ん? ほう、んーとのぉ、ざっくり言って人知を超えた力を持つ人間、異能力者を取り締まったり保護するのを仕事としている人間のことじゃよ」


―――は? 何言ってんだこのじじい。


「異能力っつうのは?」

「代表的なのじゃと、空飛んだり、手から火を起こせたり、後は…」

「ああ、もういい」


 真面目に説明する爺さんにこっちが嫌気が刺す。適当にあしらうと、俺は言葉を強める。


「異能力者なんてんなもん居るわけないだろ、 存在すんのはテレビのおもちゃ、漫画やアニメの中だけ。それとも夢と現実の区別できないくらい、ボケたのか?」

「……、お主バカにしておるな?」

「はあ」

「やっぱバカにしておるじゃろう?」

「うるせえ」


 先刻から様子の変な生徒だの、ナガッチだの、不思議な七色の光の瞬間移動だの、さらに異能力ときた。ここは中世ヨーロッパの魔女狩りの国でも剣と魔法のファンタジー世界でもないんだぞ。頼むから俺を現実から返してくれ。


 ため息を吐く俺に、「では、あれは?」と一つの疑問を投じられる。


「お主を襲った長山とやら、、あれはどう説明してくれる。明らかに芝居や悪ふざけではないのは感覚で分かるじゃろう」

「疲れてたんだ、あいつは」

「本当に? なら学校中の人間を操っていたのは?」

「金でも受け取ってたんだろ」

「国が管理する公立高校にできるわけなかろう」


 やれやれと小さく息をつき、爺さんは俺の核を打ち砕く。


「のぉ、気づいておるんじゃろ。何か特殊な力が働いているのを。じゃがお主の頭が常識という楔くさびが外さない。いや、外せないんじゃろ」

「……」


 確かに、……言いようには納得出来なくはない。


 正気を失った生徒、法則を無視した動き。どう見ても何を感じたところで科学的には解説できない。別に超常現象を真っ向から否定するつもりはないが、こんな身近で起こった現実に頭がついていかない。


「……っ」


―――この爺さんは最初に、警察の秘密部署に所属しているって言っていた気がする。異能力者を守る組織ってことも。ていうか、マジでそんな組織があるのかよ。


 超能力的存在を目前で見た人間だからこそ、秘密は何らかの力で守られてるかもしれない。今は一旦飲み込んで、コイツの話を聞くのが最善なのか。


「…………………………続きを言ってくれ」

「わしら執行人は何かしらの能力が先天的に付属しておる。任務以外で使うのは禁止じゃがな、わしのは瞬間移動。昨日の屋上にいきなり現れたのも、学校の食堂に出てきたのも、お主の言う通りここ東通りの高台にお主を連れてきたのも全部そうじゃ」

「…!」


―――どうやっても説明できない出現、今までは全部異能力…俺を助けてたってことか?


  そう思えば過去のやり取りのどれも辻褄が合う。どうもこの爺さんには数多くの恩を抱えきってしまったようだ。大人しくお礼を告げ、少女に向く。


「ということはあの子もそうなのか?」

「勿論じゃ。あやつの能力は人間に付随する生気を感じ取って居場所を把握できるというもの。半径100メートルという制限がつくがそれでもかなりのもの。わしの瞬間移動も一度目視したの限定じゃし、必ずしも能力には制限がつくかもな。ともかく、それでお主たちを見張っておった。三日前からのぉ」

「! 新学期初日から!」


 次々に新しい能力が出てくる。能力者ってそんなポンポン居るんだっけ。そんな力があれば甚大な被害をもたらす災害だって防ぐことだってできる筈だろ。


ーーーは、それで内密な秘密警察ってことか。


「三日前から見張ってた。だったら今学校で暴れてるナガッチだってなんとかできたはずだろ?」


 その途端、場を重苦しい沈黙が支配した。苦虫をすり潰したような顔をして爺さんはきつく舌を噛む。


「……してやられた、我々の痛恨のミス」

「なんだ?」

「事前に能力者が居ることは掴んでいた。じゃが能力者の存在が表向きになってはいけない以上、生徒が日常を謳歌する中で能力者を保護する作戦を立てたんじゃ。先日から始まった経過観察、潮時に怪しまれないよう長山陽葵のもとに行き、なんとか彼女の了承を得るまで説得するという名目のな」

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