第26話 布団の思考

 意識がまだある状態、俺はタオルケットのまどろみの中で思考する。いったいいつから、俺は飛騨の「ナイフ」が公然と晒されることを望むようになったのか、と。遠い記憶に、俺が飛騨を尊敬していた時期があったことを思い出す。それはまだ俺が、飛騨の隠れた「ナイフ」を知らない時期である。でもあの本物のナイフが見つかってからだろうか。俺は無性に、そうやって飛騨が隠しているものが晒されてしまうことを、望むようになっている。

 それは本性という名の「ナイフ」。実体としてある本物のナイフではない。カバンの中に隠されているあの、本物のナイフではない。それは、飛騨の中にある本物の飛騨である。狂気に満ちた、ナイフを握り締めた、本物の飛騨という姿である。それが本性という名の「ナイフ」である。

 俺はそんな飛騨の「ナイフ」を知っている。しれっと連中を威嚇する「ナイフ」。カバンの中にナイフを隠すという「ナイフ」。もう一度言うぞ。下がれ。死にたいか。なんて台詞を口にするという「ナイフ」。タオルの下で舌を鳴らすという「ナイフ」。

 そんな飛騨の「ナイフ」が晒されてしまうのを、俺は無性に望んでいる。望んでしまうようになっている。飛騨がその「ナイフ」を隠そうとする演技を、痛々しい目で見ながら。

 もしも俺がまだ飛騨に対する尊敬心を持っているのなら、果たしてそんなことを俺は飛騨に望むのだろうか。尊敬する人間の「ナイフ」を暴露して、公然と晒して、本人から全てを奪って見せようだなんて、そんなことを考えるのだろうか。

……俺は嫉妬しているのだ。飛騨という男を。

「ナイフ」を隠したままその威厳や力だけを我が物として表出させている飛騨が。醜い「ナイフ」による成果、功績が、この世界で正しく評価を得ているという事実が。何も持っていない俺よりも「ナイフ」を隠し持った飛騨に、可愛い後輩たちが尊敬心を抱いているということが、誰とでも友だちになれるということが、成績優秀なことが、信頼が厚いことが。

 ずるい。不正だ。

 そう思った。

「ナイフ」を持っているということの罪は棚に上げられて、本人はいたって英雄であるかのようにこの世界で認められている。

「ナイフ」を持っていない者は平和に静かに何も成さず、弱々しく生きている。

 こんな馬鹿な話があっていいのか。

「ナイフ」を持たない平和主義者が、この世界では弱々しく生きている。

「ナイフ」を持った本性は危険な人間が、この世界では認められて生きている。

 そんな馬鹿な話はない。

 そんな馬鹿な話はない!

……出せ。飛騨。その「ナイフ」を。

 いつからか、俺は変になっている。飛騨のあの本物のナイフを確認したときから。

……。

 いや。飛騨が俺に迫って来た時から。俺が飛騨に嫉妬し始めたときから。

 飛騨、お前はずるい。不正をしている、と。

 出せ、と。

……やはり変だ。

 そう思った。最近の俺はやはり、変だ。俺は、こんなことを考える人間だったのか。

 仰向けの状態から身体をもぞもぞ捻じって、横を向く。思考の流れが、一旦途切れる。途切れた合間にそれを俯瞰して見て、やはり俺はそれの明らかに醜いことを認める。不正をしている、奴は。と、そんなことを考える俺はやっぱり変だ。と。

 大きな枕に対して、顔が横向きに沈んでいく。俺は、眠りに落ちる。

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