第22話 鷹岡の横槍

 パチパチパチパチ、と入り口から連続して刺々しい音がして、空気がブチ壊された気がした。型が終わって最後に礼をしたそのコンマ一秒後、間髪入れずにそう耳に聞こえてきたのだ。型をしている最中には、その存在に全く気が付かなかった。

 斜め後ろを振り返って見ると、そこにはラフな格好をした大きな男が、入り口部分に体重を預けて立っていた。

 空手部顧問の席を埋める、柔道部顧問の鷹岡だ。

 妙な目力がある。

「凄いな。いや」

 未だ拍手をしながら首をゆっくり縦に振ってそう吟味する様子から、

 ブラボー。

 なんてこの場では場違い過ぎる言葉がいま発せられるのではないかと、少し身構える。

 どうも、という風に部長の飛騨が少し会釈をする。

「よし、お茶飲んで」

 飛騨がすぐに小休憩を挟む。さっき入れたばかりの小休憩だが、やむを得ない。こう邪魔が入ると、伸び伸びとした動きもできなくなる。「帰れよ」と思いながら無言で俺たちは汗を拭いたりお茶を飲んだりする。

「ちょい。飛騨」

 見ると、鷹岡が組んだ腕をほどかないまま、右手の小さな動きで飛騨を呼んでいた。その仕草が一端の偉そうな顧問という感じで、しかもそうやって右手の小さな動きなんかで呼ばれるということに、呼ばれているのが自分でなくとも多少腹が立った。

 ——チッ。

 ここの高校の教師に歯向かったところでよいことなんて一つもない。しかしこうやって稽古を邪魔されるのが、しかもそれが一応は武道経験者によるものだということが、加えて、これまで稽古に顔を覗かせたことなど一度もない鷹岡によるものだということが、汗を拭くタオルの中で、飛騨の舌をいま小さく鳴らせた。

 俺はその音を、ちゃんと聞いていた。

「ちょっと頼むわ、裕也」

 タオルから顔を上げた飛騨の顔は、つい舌を鳴らしてしまうような顔ではなく、いつもの、あの飛騨誠司の顔だった。

「ああ、分かった」

 飛騨が腕を組んでいる鷹岡の下へ走って行く。俺は、タオルの中に隠れていた飛騨の顔を想像する。きっと誰にも知られたくない、バレたくない、舌打ちして当然の、醜い表情をしていたのだろう。

「ナイフ」を持っている表情を、本物の飛騨の表情を、していたのだろう。

 この世界でただ一人、そういったカモフラージュを取り除かせる力を持った、最大の王手を隠している俺。それを指してしまえば、飛騨はこれまでの威厳も迫力も力も、その全てを失う。「ああ、そのナイフに拠るものだったのか」と周囲を納得させてしまう。そして演技などする必要のない、凶器に満ちた本物のお前が公然と晒される。

 お前のナイフは俺には勝てない。俺はお前よりも強いもの、そう、お前よりも強い「ナイフ」を隠しているのだから。お前の背後でそんな「ナイフ」を俺が隠し持っていることなど、お前は、知る由もない。お前の背中を見て俺が何を考えているかなど、お前は、知る由もない。俺の隠れた「ナイフ」を、お前は知る由もない。

「よし、じゃあ打ち合い行こうか。そうだな。長田と三隈、藤沢と基山に別れて」

 飛騨がいなくなって俺の相手がいないため、一年生四名での打ち合いを俺が見ることにする。飛騨は、腕を組んだ鷹岡と何やら話をしている。

 一年生が防具を着ける。俺はピッピッピ、とタイマーをかける。

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