第17話 先輩の引導

「さあ、行ってこい」

 二番目と四番目の俺と山中さんは、一番目と三番目の飛騨と磯貝さんのいるスタート位置の反対側へと行く。その際に、山中さんが飛騨に向けて、そう言った。

「さあ、行ってこい」

 と。

 他の三年生三人も、無言にして拳をグッと掲げて、力強く頷いた。

 やったれ、

 と。

 物凄く大きな引導を渡された。

 そう思った。

 一位以外に、取る順位などない。

 俺と山中さんは反対の位置まで走って行き、しゃがむ。そこで一番目の飛騨の様子を見ている。

 飛騨は虎のように静かな目をして、静かにスタート位置で落ち着いていた。周りの走者たちがピョンピョンと跳ねたり、上下に屈伸をしたり、トラックを囲う群衆に楽しそうにアピールしたりしている中で、潔白な道着に黒帯を結んだ飛騨は、静かに、堂々と、ただひたすらに、前を睨みつけていた。

 明らかに、その集団の中で突出するものがあった。

 やがて係の人間から赤いバトンが渡された。飛騨は静かにそれを受け取る。周りの走者がそれをポーンポーンと上に投げたり、ストレッチの仮用具として使ったりしている中で、飛騨はその赤いバトンを右手に持って、ずっと黙ったまま。

 緊張感がある。

 飛騨が緊張しているのではない。周りに緊張感を醸し出しているのだ。

 もちろん、飛騨一人にフォーカスなどしていない周りの連中からしてみればそう大したことのない様子に見えるのだろうが、飛騨に注目している空手部員の、特に俺の目には、その様子がとても狂暴なものに見えていた。

 静かに、黙って、微動だにせずに、ただスタートの合図が鳴るのをひたすらに待っている虎。合図が鳴れば一瞬にしてその秘めたる狂暴性をさらけ出して、獲物を追うように走り出す虎。

 その右手に握り締めたバトンが、徐々に、あのナイフに見えてくる。刃渡り十五センチもあるあの大きな、本物のナイフ。そう軽くは扱えない、峰の一部がギザギザとした本物のナイフ。プラスチックでできた軽いバトンのはずなのに、それが、変に重々しく見えてくる。

「位置について」

 ピストルを鳴らす者が、それを高々に上げる。左手で左耳の穴を塞ぎながら。その刹那に、どよどよとしていた空気は真っ新に生まれ変わって、一つのシンとした一体感を持って、次に音が鳴るのを待つ。

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